殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

アウトレット・2

2020年10月22日 11時19分04秒 | みりこんぐらし
病院で現役続行中の浩子さんとけいちゃん

引退した私ともう一人の4人が集まる食事会は、数年間続いた。

当初は月に1回のペースだったが、4人がほぼ同時に親の介護が始まって

だんだん間遠になっていった。


そして6年前、浩子さんは突然、職場で倒れた。

精密検査の結果は末期癌だったと、けいちゃんから聞いた。


一緒に働いている頃、浩子さんはよく話していたものだ。

「インスタントラーメンが好きで、毎晩食べてるの」

「子供に仕送りしないといけないから、節約のためにお風呂は沸かさないの。

もう何年もシャワーだけ。

夫婦2人だと、シャワーの方がガス代は安いと聞いたから」


ラーメンとシャワー…この組み合わせで連想するものといったら

私の場合、癌である。

昔、聞いた話によると食品添加物の塊で多塩分の上

麺を素揚げする油の品質は機械油といい勝負だそう。

そんな物を毎晩食べていたら、癌になる確率が高い…

と私は思っている。


これも昔聞いた話だが、シャワーもしかり。

湯船に浸かるのは、頭にタオルを乗せて「いい湯だな」を歌うためではない。

体温を上げるためだ。

湯に浸かって体温を上げると、癌細胞の増殖をある程度抑制する効果がある…

と私は思っている。


浩子さんがラーメン愛を語るたび

そして我が子のためにと、シャワー生活の節約話をするたび

私は癌になっちゃうよと何度も言ったし

両方が無理なら片方だけでも…とも言ったが、彼女は聞く耳を持たなかった。


通常は他人がどうなろうと知ったこっちゃない私だが、浩子さんの場合は違う。

不倫の末の略奪婚は、身体に良くないからだ。

科学的証明は無いと断っておくが

長年、この手の人々の観察をしてきた結果だ。

すったもんだの挙句、一緒になれても

片方が早死にするか、あるいは病いに倒れるケースが多い。


配偶者と子供を泣かせて手に入れた幸福は

危うくてもろいものなのだ…などと、わけ知り顔で言うのは容易い。

しかしそのような精神世界の話ではなく、物理的な理由。

大金持ちならいざ知らず、しょせんは庶民だからである。

別れた妻と子供に慰謝料や養育費を払いながら

次の結婚生活を営むのは経済的に大変なのだ。


経済的に大変なところへ、新しいパートナーとの子供ができる。

一方、前の結婚でもうけた子供たちも大きくなって知恵がつき

親を慕うそぶりで小遣いをせびりに来る。

すると物入りに加え、夫婦の間に秘密ができる。

パートナーが前の結婚で作った子供を愛せる人間はいないので

隠れて接触するようになるからだ。


そして秘密は必ずバレる。

前の結婚でできた子供に接触すると、必ずお金がかかるものだ。

離れて暮らす子供に、たとえわずかでも小遣いを与えたり

物を買い与えたり、食事やレジャーに連れて行きたくなる。

今の相手にのぼせ上がり、先妻と一緒に無残に捨てた子供であっても

血を分けた親とはそういうものである。


お金が減ると、現在の妻は気づく。

元々潤沢でないのだから、発覚は早い。

バレた時は大変だ。

すさまじい喧嘩が待っている。

秘密から始まった結婚は、秘密に過敏というのもあるが

他人の生んだ子供に払うお金は、1円だって惜しいものだからである。


節約と喧嘩の日々に、夢見た愛の生活なんぞ裸足で逃げ出す。

これがストレスでなくて、何であろう。

具合も悪くなるわいな。


というわけで、浩子さんには言わないが

ただでさえ健康リスクの高い結婚生活に

ラーメンとシャワーの後押しが加われば危険きわまりない。

ご主人は年取っているし、浩子さんが病気になったら

目に入れても痛くない一粒種の息子さんがかわいそうじゃないか。

だから心配していたのだ。


病気だと聞いて、やっぱり…という思いがあったが

たまたまかも知れず、因果関係は立証できないので

そこのところは何とも言えない。

残念なことに変わりはない。



浩子さんは仕事を辞めた。

誰にも会いたくない…お見舞いにも来ないで欲しい…

浩子さんが言うので、けいちゃんは心配しながらも

それきり会うことはなかった。

私とけいちゃんは時折、浩子さんを案じて話題にしたが

何もわからないのでそのままになった。



それから6年が経った、今月の2日。

浩子さんのご主人が、ひょっこり夫の居る会社に来たという。

義父の会社を辞めて以来、35年ぶりの再会だった。


ご主人は仕事を探していて、できればここへ戻りたいと言った。

しかし夫は、彼にあまり良いイメージを持っていなかった。

転職するのは自由だが、他の社員を誘って複数で辞めるのは

雇う側にとって、後ろ足で砂をかけられるようなものだからだ。

彼に誘われて辞めた方は、その後、仕事が続かず

やがて離婚して消息不明である。

仕事と友情をごっちゃにすると、たいていこんなことになるものだ。


が、問題はそれ以前のところにあった。

浩子さんのご主人は、すでに75才。

新規で入社するには年を取り過ぎている。

夫は丁重にお断りし、あとは世間話になった。

その時、ご主人が言ったそうだ。

「女房が死んだんよ」


根掘り葉掘り聞く習慣の無い夫のことだから

亡くなった時期も、どんな様子だったかも定かではない。

とにかく浩子さんが亡くなった…そのことだけが私に伝えられた。

ほんの数年とはいえ、同じ釜の飯を食べた同僚が亡くなるのは

なんと悲しいものよ。


けいちゃんには、すぐ知らせなかった。

LINEなど残るもので知らせるのは気が引けたし、電話もできなかった。

一人暮らしのけいちゃんに早々と訃報を知らせ

単独で悲しませるのは酷な気がしたからだ。


結局7日まで待って、出雲大社へ向かう道中

けいちゃんに浩子さんの死を伝える。

浩子さんと長く働き、とても親しかったけいちゃんは

私以上に驚いて、しばらくは口もきけなかった。


やがて時間が経つと落ち着いてきて

「誰にも会いとうない言うたんやから、仕方ないよね。

浩子さん、これで楽にならはったかもな」

けいちゃんは言い、私も同意した。

《続く》
コメント (4)
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