殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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続報・現場はいま…10

2020年10月04日 09時24分07秒 | シリーズ・現場はいま…
4日間続いた船の仕入れが終わり、会社には日常が戻った。

その日常とは、藤村の無茶苦茶な配車でさらなる赤字をたたき出す

いつもの光景である。


そこへ本社から連絡があった。

本社のパソコンに、藤村の音声付き画像が送信されたという。

発信元は、前日まで船で来ていた仕入れ先。

送られてきた画像は

藤村が船を見上げて罵詈雑言を吐く一部始終である。


最終日、藤村は荷下ろしをする船の人たちに文句を言ったのだった。

「おい!もっと静かに、うまく下ろせ!」

目撃者である夫の証言によれば、藤村が一人でわめき散らし…

と言ってもクレーンで荷下ろしをするため、騒音が激しくて

何かを直接伝えるには大声でわめくしかないのだが…

船の人たちは、それを静かに見下ろしていたという。


通常、船長を始めとする船の乗員に失礼があってはいけない。

いくら安かろう悪かろうの仕入れ先から来た船であっても

海の男への敬意を忘れてはならない…それが海の掟である。

藤村はそんなことすら知らず、いつも「買ってやる」という態度で

横柄にふるまっていたが、特に今回は虫の居所が悪かった。

別の罪を隠すために船での大量仕入れを目論み

途中で怖くなってキャンセルしようとしたが断られた…

藤村はその焦りと苛立ちで、何かに当たらなければ気が済まなくなったのだ。

オイル漏れで現場監督に怒られた時、伝票を破ったのと同じ心境と思われる。


昔なら袋叩きにされ、海へ投げ込まれても仕方がないところ。

しかし今どきは、スマホというものがある。

撮影して、相手が一番困る所へ送信すればいい。

海の男も進化したものだ。


もちろん藤村は、本社から厳重注意を受けることになった。

が、注意を授けるために飛んできたのは

入院中の河野常務の名代を務める永井営業部長。

藤村とは同じ穴のムジナ、仕事をする振りをさせたら天下一品のゲスだ。

遊びがてら来たようなもので、たいしたことにならなかった。

河野常務であれば、殴られていたかもしれないのに

これまた残念なことである。


そう、藤村はこれまで、常務の犬として首根っこを押さえつけられ

時にかばわれて、何とか普通以下のラインを維持していた。

ここにきて暴挙の連続になったのは、常務という鎖がはずれたからである。


数々の権限が夫から藤村へ移行したのと

常務の入院がほぼ同時期というタイミングによって

彼の野心はハジけた。

術後の経過が悪く、常務の復帰が大幅に延びたことも

彼の勘違いを増幅させた。

「常務には世話になっている」

「早く元気になって欲しい」などと、口では度々言いながら

その留守を狙って悪さを繰り返す彼のサガは

我々日本人には到底、理解し難いものである。



その翌日の水曜日、久しぶりに松木氏が会社を訪れた。

仕事ができないので工場長の肩書きをつけてもらい

遠くの生コン工場へ飛ばされた、藤村の前任だ。

うちとはもう無関係のはずだが、未練があるのか暇なのか、たまに来る。


「なんか、すごいことになってるらしいじゃないの」

そう言いながら、嬉しそうな松木氏。

「女を連れて、遊び回ってるんだって?

うちにも来たけど、あれはいけないね」


松木氏にとって、藤村はとても気になる存在。

自分が飛ばされた後、後任の藤村がちゃんとやったら困るからである。

よって、非常に満足そうだ。

「今月分の支払いは、相当なもんになるそうじゃないの」

把握している情報も正確だ。


こちらに居る時は、あれほど感じ悪かった松木氏だが

藤村に比べたら紳士に思える。

嘘と芝居は藤村と同等の実力で、夫はよく陥れられたものだが

少なくとも松木氏は、配車に手を出さなかった。

出そうとした時期もあったが、難しいことを知って諦めた。

彼には、難しいことを難しいと認識する頭脳があったわけだ。


「止めても言うこと聞かないし、藤村さんには困ってるんですよ。

何を勘違いしたんか、女までのさばって

こないだ入ったくせに俺らの上司気取りですから」

そう告げ口したのは、長男。

最新情報を得た松木氏は大いに喜び、帰って行った。

「ヒヒヒ…これで噂は全社に広まる」

ほくそ笑む長男。

敵の敵は味方法式だ。


その女、神田さんは元気に出勤しておられるご様子である。

息子たちの話によれば、下手くそなので行ける現場が少ないのと

入社早々からダンプをぶつけたり壊したりで

修理の方が忙しいらしい。


先日は狭い曲がり角で曲がりきれず、コンクリートの壁に当たって

複数の部品が落ちたが、神田さんは気づかずに行ってしまった。

すぐ後ろを走っていた長男が、タイヤで落ちた部品を踏み

部品はバラバラになった。

「急ブレーキは危ないから、停まらなかっただけだ。

道路交通法に従っただけで、わざと踏んだのではない」

空々しい長男の主張であった。


というわけで紅一点は、もっぱら仕事よりも

藤村の秘書気取りで一緒に行動することが多いそうだ。

神田さんとは縁が無いのか、私は未だに会ったことがない。

息子たちは、マスクをしていたらそこそこ見られるが

はずすと“プレデター”なんて、ひどいことを言っていた。

一生会わなくてもかまわない。


ついでに藤村の子分として、なぜか事務所に通っていた

他の支社の社員、黒石をご記憶だろうか。

彼の目的は、この数日で明らかになった。

ダンプの運転を練習していたらしい。

大型免許は持っていないため、うちで一番小さい3トンのダンプで

敷地の中を走り回っていたという。

これは藤村が、次男の前で口を滑らせてわかった。

「黒石も3トンのバックがうまくなったし…」。


つまり黒石は、我々が想像していた通り

藤村の手引きで、いずれこちらに来るつもりなのだ。

運転手としてではない。

3トンダンプは大型が入れない狭い現場や

隣の工場への定期的な配達に使用するもので

夫の管理下にある。

それを黙って乗り回すからには

夫の仕事に興味を持っていると言ってよかろう。


これを知った夫は、驚いていた。

じきに会社を去る身なので、黒石がどういうつもりであろうと

それはかまわない。

夫の注目は、業務日報にあった。


業務日報とは、1日の走行距離や行き先、時間などを記入する日誌で

運転日報とも呼ばれる。

仕事をした車は1台につき1枚、運転した者が必ず書いて会社で保管し

3年に1回ある巡回検査で提示することになっており

事故が起きた場合は調査の対象になる。


3トンダンプは夫が管理しているので、日報は夫が書く。

ここで問題になってくるのが、走行メーターの数字。

日報には始業時の走行距離と、終業時の走行距離を記入する。

だから前日の終業時の走行距離と翌日の始業時の走行距離は

当然、同じ数字でなければならない。

しかし最近、この数字が合わないのだ。


夫は几帳面な人間ではないが

自分の帰った後、あるいは休みの間に誰かが会社のキーを使い

3トンに乗っていると思うと不気味だし、何かあったら責任問題。

日報の記載がデタラメというのも困るので、軽く気にしていた。

犯人は黒石だったのだ。


黙って乗った黒石も、勝手に練習を許可した藤村も

義務日報にそんなことを書くことすら知らないと見える。

ここまで無知でありながら、一人前に会社を狙う浅ましさに

私はひどく腹を立てた。

頭に来るだの、ナメやがってだのと騒ぐ私の横で

夫はいつもと変わらず静かだった。

《続く》
コメント (8)
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