来週は、友人ユリちゃんの嫁ぎ先のお寺で
料理を作ることになっている。
仲良し同級生5人で結成する通称5人会、久々の活動である。
コロナのため、お寺の行事はまだ無い。
そこでユリちゃんのご主人、モクネン君の発案で
自粛の間に境内の整備をすることになった。
その奉仕作業をする檀家やブレーンの人たちに、昼ごはんを作るのだ。
境内の奉仕作業はしばらく前から始まっていて
ユリちゃんは毎日、その人たちの昼ごはんを用意していた。
が、料理の苦手なユリちゃんは当然ながらレパートリーが少ない。
しかも日によって人数が違い、身内を含めて概ね10数人という微妙な数。
カレー、ハヤシライス、冷やしうどんの他には
店屋物、買った弁当や惣菜のローテーションしかなく、彼女は疲弊していた。
そこでしゃしゃり出たのが私。
ほら、私は墓じまいの作業中じゃん。
申請の書類には、モクネン君のサインと印鑑も必要。
お陰様で、やっと書類が揃ったので
どうせ近いうちにモクネン君に会わなければならない。
「そっちのお寺でモクネン君に印鑑もらって、ついでに料理も作る」
ユリちゃんに、そう申し出た。
彼女の喜ぶまいことか。
だったらこの際というわけで、5人会で乗り込むことになった。
ここで頼みの綱が、3月まで病院調理師だった5人会のメンバー
けいちゃん。
彼女は定年退職したら即、東京で暮らす娘の所へ行き
母娘で暮らすアパートを新しく借り直す予定だった。
しかしコロナで日延べになり、失業保険が切れる9月まで
こっちに居ることになったのだ。
私はそれを聞いて舞い上がり、けいちゃんに献立を任せてしまった。
調理師にとって献立を任されるとは
トップとして認められることなので、嬉しいものなのだ。
が、これが間違いの元。
この人、調理はうまいけども、献立が惜しいタイプなのを忘れていた。
大皿、小鉢、小皿の三品で構成される薄味かつ食材がチープな…
いわば病院定食しか作らない。
しかも彼女は米が嫌いだ。
寿司系や混ぜごはん系、丼ものを嫌がり
ごはんが進むおかず系も作ろうとしない。
作ってくれてとっても嬉しいんだけど、気分は入院患者…
そんなけいちゃんの料理は、今までに何度か体験していた。
食べる人が喜んだり、華やいだり、思い出になったり
目新しくて楽しかったり、というシチュエーションは期待薄。
今回、けいちゃんの考えたメニューは
大皿・おろしハンバーグ
小鉢・揚げ高野豆腐のあんかけ
小皿・大根の味噌汁
おろしハンバーグで余った大根を味噌汁の実にしたり
おろしハンバーグと高野豆腐に
同じ餡(あん)を使う省エネぶりがけいちゃんらしい。
任せた以上、文句は言えないので
「高野豆腐を揚げた油で、何かもう一品したいね」
と、やんわり水を向ける。
するとけいちゃん、間髪入れず
「冷凍のフライドポテト買うて、揚げたらええやん。
安いし、美味しいで」
ダメだ、こりゃ。
このままではユリちゃんの失望が目に見えている。
ユリちゃんはご主人のモクネン君や檀家、ブレーンに対して
「私の友達、ここにあり!」と胸を張れる状況を望んでいるのだ。
フライドポテトなんか出したら、ユリちゃんの立場が無い。
私はけいちゃんのプライドを傷つけないよう、しかし必死に食い下がった。
「ハンバーグの付け合わせは、レタスとポテトサラダでどう?」
「せやな、ハンバーグだけいうわけにもいかんしな」
「じゃあ、そっちでジャガイモ使うけん、フライドポテトはできんね」
「せやな」
「でさ、高野豆腐とハンバーグが、どっちもあんかけになるけん
片方だけにしたら?」
「じゃあ普通のハンバーグにしたらええやん」
ふ〜、これで少し前進したような気がする。
が、ユリちゃんの密かな希望を満たすには程遠い。
ユリちゃんは、奉仕作業に参加する檀家やブレーンが
珍しくて楽しいと思うメニュー
疲れが吹っ飛んで笑顔になるメニューを嘱望しているのだ。
5人会のメンバーで、がん首揃えてはるばるモクネン寺まで行き
料理を作ったはいいけどこの程度…では笑われそう。
その晩、ユリちゃんが当日のメニューをたずねたので
今決まっていることだけ、伝える。
「ああ…そう…」
やはり反応は、かんばしくない。
「ま…また、練り直すし…」
「そう?悪いわね」
「大丈夫、大丈夫」
そう言って電話を切ったが、全然大丈夫じゃない。
困った…。
思案していたら、ユリちゃんからLINEが。
ユリちゃんから5人会の話を聞いたモクネン・ファンの一人
梶田さんという女性が
「当日はぜひお邪魔して、お料理をいただいてみたい」
と言い出しただめ、承諾したという内容。
このお方とは一昨年、モクネン君の還暦パーティーでご一緒したことがある。
60代半ばの、感じが良くて可愛らしい女性だ。
料理好きの梶田さんは、ユリちゃんの窮状を聞いて
何度か手作りの弁当を差し入れていた。
先日、その写真を見せてもらったが
綺麗で美味しそうな上、別皿でお刺身とデザートまで付いていた。
その梶田さんが、我々の作る料理を試食したいと言うからには
やっぱり女よ…お手並み拝見というところね。
ライバル心、メラメラを感じるわ。
梶田さんが来るなら、その友達2人もセットで乗り込んでくるはずだ。
私は秘策を思いつき、早速けいちゃんに電話をした。
「ちょっとちょっと、けいちゃん!
梶田さんトリオが、うちらの料理を食べに来るらしいで」
「え〜?偵察みたいで、なんか嫌やな」
けいちゃんも女よ…梶田さんの思惑が、すぐにピンときたみたい。
「偵察みたいじゃのうて、完全に偵察じゃ。
あんた、適当なモンで済ませられんで。
目にもの見せたろやないかい」
「わかった!
うち、献立を最初からやり直すわ」
それからのけいちゃんは、献立を考えるのに余念が無く
内容は格段にレベルアップしてきた。
主菜は今のところ
病院食の中で一番ゼニのかかる『牛肉の野菜巻き』
(下茹でした人参とインゲンを牛肩ロースの薄切りで巻き、甘辛く焼いたもの)
病院食の中で一番手間のかかる『鶏の八幡巻き』
(下味をつけて煮たゴボウと人参とインゲンを鶏モモで巻き
タコ糸でグルグル巻きにして、甘辛く煮込んだもの)
これら病院食の双頭が、候補として上がっている。
どちらも切って並べると美しく、食卓が華やぐ料理だ。
恐るべし、女心。
料理を作ることになっている。
仲良し同級生5人で結成する通称5人会、久々の活動である。
コロナのため、お寺の行事はまだ無い。
そこでユリちゃんのご主人、モクネン君の発案で
自粛の間に境内の整備をすることになった。
その奉仕作業をする檀家やブレーンの人たちに、昼ごはんを作るのだ。
境内の奉仕作業はしばらく前から始まっていて
ユリちゃんは毎日、その人たちの昼ごはんを用意していた。
が、料理の苦手なユリちゃんは当然ながらレパートリーが少ない。
しかも日によって人数が違い、身内を含めて概ね10数人という微妙な数。
カレー、ハヤシライス、冷やしうどんの他には
店屋物、買った弁当や惣菜のローテーションしかなく、彼女は疲弊していた。
そこでしゃしゃり出たのが私。
ほら、私は墓じまいの作業中じゃん。
申請の書類には、モクネン君のサインと印鑑も必要。
お陰様で、やっと書類が揃ったので
どうせ近いうちにモクネン君に会わなければならない。
「そっちのお寺でモクネン君に印鑑もらって、ついでに料理も作る」
ユリちゃんに、そう申し出た。
彼女の喜ぶまいことか。
だったらこの際というわけで、5人会で乗り込むことになった。
ここで頼みの綱が、3月まで病院調理師だった5人会のメンバー
けいちゃん。
彼女は定年退職したら即、東京で暮らす娘の所へ行き
母娘で暮らすアパートを新しく借り直す予定だった。
しかしコロナで日延べになり、失業保険が切れる9月まで
こっちに居ることになったのだ。
私はそれを聞いて舞い上がり、けいちゃんに献立を任せてしまった。
調理師にとって献立を任されるとは
トップとして認められることなので、嬉しいものなのだ。
が、これが間違いの元。
この人、調理はうまいけども、献立が惜しいタイプなのを忘れていた。
大皿、小鉢、小皿の三品で構成される薄味かつ食材がチープな…
いわば病院定食しか作らない。
しかも彼女は米が嫌いだ。
寿司系や混ぜごはん系、丼ものを嫌がり
ごはんが進むおかず系も作ろうとしない。
作ってくれてとっても嬉しいんだけど、気分は入院患者…
そんなけいちゃんの料理は、今までに何度か体験していた。
食べる人が喜んだり、華やいだり、思い出になったり
目新しくて楽しかったり、というシチュエーションは期待薄。
今回、けいちゃんの考えたメニューは
大皿・おろしハンバーグ
小鉢・揚げ高野豆腐のあんかけ
小皿・大根の味噌汁
おろしハンバーグで余った大根を味噌汁の実にしたり
おろしハンバーグと高野豆腐に
同じ餡(あん)を使う省エネぶりがけいちゃんらしい。
任せた以上、文句は言えないので
「高野豆腐を揚げた油で、何かもう一品したいね」
と、やんわり水を向ける。
するとけいちゃん、間髪入れず
「冷凍のフライドポテト買うて、揚げたらええやん。
安いし、美味しいで」
ダメだ、こりゃ。
このままではユリちゃんの失望が目に見えている。
ユリちゃんはご主人のモクネン君や檀家、ブレーンに対して
「私の友達、ここにあり!」と胸を張れる状況を望んでいるのだ。
フライドポテトなんか出したら、ユリちゃんの立場が無い。
私はけいちゃんのプライドを傷つけないよう、しかし必死に食い下がった。
「ハンバーグの付け合わせは、レタスとポテトサラダでどう?」
「せやな、ハンバーグだけいうわけにもいかんしな」
「じゃあ、そっちでジャガイモ使うけん、フライドポテトはできんね」
「せやな」
「でさ、高野豆腐とハンバーグが、どっちもあんかけになるけん
片方だけにしたら?」
「じゃあ普通のハンバーグにしたらええやん」
ふ〜、これで少し前進したような気がする。
が、ユリちゃんの密かな希望を満たすには程遠い。
ユリちゃんは、奉仕作業に参加する檀家やブレーンが
珍しくて楽しいと思うメニュー
疲れが吹っ飛んで笑顔になるメニューを嘱望しているのだ。
5人会のメンバーで、がん首揃えてはるばるモクネン寺まで行き
料理を作ったはいいけどこの程度…では笑われそう。
その晩、ユリちゃんが当日のメニューをたずねたので
今決まっていることだけ、伝える。
「ああ…そう…」
やはり反応は、かんばしくない。
「ま…また、練り直すし…」
「そう?悪いわね」
「大丈夫、大丈夫」
そう言って電話を切ったが、全然大丈夫じゃない。
困った…。
思案していたら、ユリちゃんからLINEが。
ユリちゃんから5人会の話を聞いたモクネン・ファンの一人
梶田さんという女性が
「当日はぜひお邪魔して、お料理をいただいてみたい」
と言い出しただめ、承諾したという内容。
このお方とは一昨年、モクネン君の還暦パーティーでご一緒したことがある。
60代半ばの、感じが良くて可愛らしい女性だ。
料理好きの梶田さんは、ユリちゃんの窮状を聞いて
何度か手作りの弁当を差し入れていた。
先日、その写真を見せてもらったが
綺麗で美味しそうな上、別皿でお刺身とデザートまで付いていた。
その梶田さんが、我々の作る料理を試食したいと言うからには
やっぱり女よ…お手並み拝見というところね。
ライバル心、メラメラを感じるわ。
梶田さんが来るなら、その友達2人もセットで乗り込んでくるはずだ。
私は秘策を思いつき、早速けいちゃんに電話をした。
「ちょっとちょっと、けいちゃん!
梶田さんトリオが、うちらの料理を食べに来るらしいで」
「え〜?偵察みたいで、なんか嫌やな」
けいちゃんも女よ…梶田さんの思惑が、すぐにピンときたみたい。
「偵察みたいじゃのうて、完全に偵察じゃ。
あんた、適当なモンで済ませられんで。
目にもの見せたろやないかい」
「わかった!
うち、献立を最初からやり直すわ」
それからのけいちゃんは、献立を考えるのに余念が無く
内容は格段にレベルアップしてきた。
主菜は今のところ
病院食の中で一番ゼニのかかる『牛肉の野菜巻き』
(下茹でした人参とインゲンを牛肩ロースの薄切りで巻き、甘辛く焼いたもの)
病院食の中で一番手間のかかる『鶏の八幡巻き』
(下味をつけて煮たゴボウと人参とインゲンを鶏モモで巻き
タコ糸でグルグル巻きにして、甘辛く煮込んだもの)
これら病院食の双頭が、候補として上がっている。
どちらも切って並べると美しく、食卓が華やぐ料理だ。
恐るべし、女心。