まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

ムーンライトえちごと米坂線

2007年12月28日 | 旅行記B・東北

先日、駅の指定席券売機をいじっていたら、新宿発の「ムーンライトえちご」の指定席に空きがあった。「青春18」のこのシーズン、夜行快速の指定席など秒殺で売り切れるのだが、直前で誰かがキャンセルしたのだろう。

Pc235563ということで、夜の新宿駅に現れる・・・・と思いきや、自宅を出る時間が微妙に遅かったために、「ムーンライトえちご」を捕捉したのは次の池袋。ここで座席はほぼ満席になった。

Pc245566夜の高崎線を走り、日付も変わって高崎着。ここで30分ほど停車し、金沢行急行「能登」を先に通す。こういう国鉄特急型車両が同じホームで顔を合わせるのも今や珍しい光景である。ただ、「ムーンライトえちご」が満席なのに対し、「能登」はガラガラ。自由席の客は前の座席の向きを変えて熟睡のようだ。それに比べると満席の4列シートというのは眠るには苦しい。まあ、それをわかった上で乗っているのだが・・・。

ホームに出て写真を撮ったりしたものだから余計に目がさえ、この後は眠ったような眠らないような、はっきりしない一時を過ごす。いつしか雪が積もっている区間に差しかかったようで、外が白い。新潟の平野部はどうだろうか。

すると、高崎で終わったはずの車内放送が入る。「この先の越後中里で、不審者が線路に侵入しているとの情報が入りました。現在、係員と警察が確認しています」とのこと。越後中里といえば雪深いところ。そんなところに侵入するヤツなんているのかな・・・。と思っていると、「不審者が3人いた模様です。警察が身柄を確保しました」との放送。どういうヤツだったのか、翌日の新聞を見たわけでもないし別にどうでもいいことなのだが、ともかくこれで越後中里手前で30分近く足止めを食う形になった。

それでも快速運転の強みか、停車駅が少ないこともありその後遅れを取り戻し、結局新潟には定時の4時51分着。まだ真っ暗な新潟は雪ではなく雨模様。しかも風が強い。やはり冬の北国に来たのだなと実感する。

さてここからどうしようか。「ムーンライトえちご」に乗る前は、信越線で来た道を引き返すか、越後線で西へ向かうか思案していたたが、結局「ムーンライトえちご」の向かいに停車していた白新線経由の村上行きに反射的に乗る。乗客の半数以上がこの乗り継ぎで、ロングシートもほぼ埋まる格好になった。この人たちはおそらく村上から酒田行きに乗り継ぎ、羽越線から奥羽線を北上していくのだろう。

Pc245570窓を叩く風雨が強く、夜が明ける気配も全くないまま、ウトウトするうちに村上着。同じホームの前方に停まっている酒田行きに乗り継ぐ客が多い中、私はそのまま改札口へ。ここで折り返すことにし、今乗ってきた列車が発車するまでの間、駅前のコンビニで朝食を仕入れる。

ここで折り返すのは、坂町から米坂線に乗ろうということからだ。先の列車で坂町で降りてもよかったのだが、それこそ駅のほかには何もなさそうなところで1時間半以上待たされるのもつらい。そのために村上折り返しとしたのだ。同じような行動を取った人が何人かいて、坂町駅の小さな待合室で時間をつぶす。石油ストーブで暖を取るというのも久しく経験していないなと思いつつ。

Pc245578そろそろ空が白くなってきて、架線のない1番線に2両の気動車がやってきた。米沢方がキハ52、後ろがキハ47ということで、迷わずキハ52のほうに乗る。新潟から同じような行動を取っていた人も全員キハ52の4人がけ座席を占める。そう、米坂線に乗りに来るというのは、今や絶滅寸前となったこの形式の車両に乗ることがお目当て。先日まで盛岡地区にもいたようだがそこからも撤退し、JR東日本ではここだけになったということもある。

あれだけ強かった雨も、米沢行きが出るころにはほとんど降らず、荒川沿いに力強く走る。前方には朝日山地の山々。頂上のあたりは雪が積もっているが、こちら沿線では雪はほとんどなく、新潟と山形の県境に若干の根雪が見られた程度。この時期の平年としては少ないのかこんなものなのか。

Pc245582Pc245580山形県の奥深い小国の町を抜け、平野が開けると飯豊町。羽前椿駅で10分ほど停車する。行き違い設備はあるのだが時刻表を見ても対向列車の来る気配はなく、どういう理由での停車なのだろう。ともあれ外に出て駅舎や車両の写真を撮る。日本の四季折々の原風景を町のPRにしているようで、駅の周りにも広々とした水田地帯が広がる。

Pc245576この辺りの農村の車窓は、広々とした水田があり、その一角に農家があり、家の周りを防風林が囲むという風景。ともすれば一軒の農家が島のようにも見える。風が強いからそのようなつくりになっているのだろうか。

Pc245586山形鉄道との分岐駅、今泉着。ここでも24分着。かといって米坂線の列車との行き違いもなく、なぜそんなに長く停めるの?というところ。また改札から駅前に出たがこれといった商店もなく、また車内に引き返す。そろそろ夜行であまり眠っていない反動が来そうな時間だ。でもまあ、今日は米坂線に乗ったことでお目当ての半分以上は終わったようなもので・・・。

Pc245587坂町を出ること3時間近くにして、ようやく米沢着。こちらでは何両もの気動車が密集しており、その中には同じキハ52の国鉄塗装車も混じっていた。そちらにカメラを向ける人もちらほらと・・・。

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2 コメント

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旅行記いつも楽しく読まさせていただいております。 (ゴウ)
2007-12-29 08:15:13
飯豊町は私も行ったことがありますが、
小高い山から見る田園風景は何故かホッとします。
こういう日本人にとっては懐かしい風景がいつまでも残っていることを祈ります。
ただ、自分が住めと言われたら考えてしまいますが、、、、(笑)
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ゴウさま (まつなる)
2007-12-29 21:26:18
ブログ訪問ならびにコメントありがとうございます。
まだまだこういう日本の原風景といえる場所はあるもので、車窓を楽しむのが好きであちこち回っています。
これからもよしなしごとをいろいろ書いていきますので、応援よろしくお願いします。
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