雨の中、北木島に上陸して「石切の渓谷」を訪ねる。現在も採石が行われている現場だが、毎日時間を限定して(平日12~13時、土日祝日11~13時)展望台を開放して見物することができる。受付で申し出るとガイドがついてくる。この日(1月23日)訪ねたのは私一人で、貸切での見学となる。
入口のパネルに登場するのは、北木島出身のお笑い芸人・千鳥の大悟さんのお父さん。ご自身も石に関係する仕事をしていたが、息子が有名になった後は実家が北木島の観光スポットとなり、テレビのロケも来るという。先ほど上陸した豊浦や今いる金風呂とは反対側なので、今回訪ねることはないが。
少し坂道を戻り、展望スポットの鍵を開けてもらって中に入る。60メートル以上の深さのところに建てられた展望台だが、思わず足がすくんでしまう。その周囲はこれまで石を採り続けた歴史があり、現在もまだ掘り進められている。鉱脈というのか、今掘っているところは良質の石が採れるそうで、当分はこのまま進むとのことだ。今もはしごなど伝って職人が地下に下りて作業している。稼働している平日は粉じんが舞う中での見学となることもあるそうだ。
北木島は良質な花崗岩が採れるということで、江戸幕府が建造した大坂城の石垣にも使われた。まだこの当時はたまたま露出していたり、海岸べりにあったものを加工する程度だったが、本格的な産業となったのは明治になってからである。北木島の採石を本格的に行い、またそのPRに尽力したのが畑中平之烝という人である。その甲斐あって日本銀行本店の建物に北木島の花崗岩が使われることとなり、建築用石材としてその名が広まった。
その後は三越本店や靖国神社の鳥居をはじめとした多くの建造物に使われ、最盛期には127の採石業者があり、島の人口も6000人以上いて賑わったという。案内係の人によれば「バブル景気のようだったと聞いている」とのこと。採った石を海に入れて埋め立てて、自分の土地を「無番地」として広げた人もいたそうだ(さすがにその後行政が入って区画が決められたが)。
しかし、時代が下ると中国などの安価な石材に押されて産出量が減少し、現在操業している業者はたった2社という。そのうちの一つが今来ている鶴田石材である。北木島の採石が日本遺産に認定されたのも鶴田石材の力が大きかっただろうし、現在は大悟さん(親子)の力も借りて島の魅力をアピールするところである。
現在ではなかなか巨大な建造物に使われることもなく、主な需要は墓石だという。ただ、最近は「墓じまい」や「永代供養」で墓を持たない家も増えており、必ずしも先行きは明るくないとのこと。それでも案内の人は「回りまわって、また石の良さが見直される時が来ると思いますよ」と前向きに話していた。
1対1だからか、他にも笠岡諸島のことなどいろいろ教えていただき、30分ほど滞在して受付に戻る。この後は、歩いて豊浦港に戻る。
その道中にもさまざまな石の島のスポットがある。かつては採石場、あるいは加工場だったらしい建物も目に付く。その辺にいろいろな石が転がっているが、これは現在も生きているものか、それとも廃業したのが放置されているのか。
「北木島のベニス」に着く。採石で発生した端材を組み合わせて造った船着き場で、その風景がベニスに似ているとしてこの名がつけられた。
さらに、「北木島の桂林」がある。採石場の跡地だが、正面には石を採って露出した岩肌があり、手前にはエメラルドグリーンの池がある。この池は採石でできた穴に雨水が溜まって形成されたものだが、その様子が桂林に似ているという。舟でも浮かべて「一杯一杯復一杯」とやりますか。
このまま豊浦港に向かうが、それにしてもあちこち石が転がっている。先ほど、採石業者はほとんど廃業したのかと書いたが、加工や輸送を請け負う業者はまだいくつかあるそうだ。
八幡神社があり、こちらにも手を合わせる。ここの鳥居はもちろん北木島の石で造られている。この前後で、四国八十八ヶ所の石像を目にする。先ほど訪ねた神島だけでなく、北木島にも八十八ヶ所めぐりがあるのか・・。まあ、瀬戸内の島。四国にもほど近く、八十八ヶ所の存在も身近なもので、昔の篤信の方が整備したものだろう。
フェリーの出航まで時間があるので、「K’s LABO」に立ち寄る。お目当ては「石の資料館」。倉庫だった建物を活用したような造りである。北木島の石を紹介したニュース映像を流してもらい、採石の歴史について見学する。
次の出航は13時。北木島には2時間ほど滞在したが、また青空が広がる時に来てみたいと思う。笠岡行きの便は豊浦を出航していったん金風呂に立ち寄るが、豊浦からは10人あまり、そして金風呂からの乗船はなく、着岸することなくそのまま折り返した。先ほどの係の人が「お兄さん、全然だめじゃ・・」とぼやきながら料金を受け取る。
昼食だが、島内ではあてにならないだろうと往路の笠岡乗船前にコンビニで買っていたもので済ませる。寒いので客室内で過ごす。テレビは山陽放送がついていて、地元のアマと女子プロの混合によるゴルフイベントが行われていたが、船旅なので時折電波が途切れる。それがプロのショットの瞬間に多いように見えて・・何とももったいない。
笠岡伏越港に到着。駐車場のレンタカーに戻り、これから中国四十九薬師第15番の薬師寺を目指す。それは笠岡から行くと福山駅の手前にあるのだが、どうもおかしなことに・・・。