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まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

奈良19番「當麻寺」~神仏霊場巡拝の道めぐり・133(中将姫伝説)

2025年03月13日 | 神仏霊場巡拝の道

2月22日~23日の神仏霊場巡拝の道めぐりもいよいよ最後、今回の目的地である奈良19番・當麻寺に到着する。まず山門をくぐるが、東を向いていることから東大門という。

昔から寺の本堂は南向きに建てられていることが多いのだが、ここ當麻寺は全体が東に向いた造りである。拝む際は西を向くことになり、大和から見て西方極楽浄土を拝むように建てられたのかなと感じさせる。

さて當麻寺も広い境内を持つが、神仏霊場巡拝の道めぐりとしては本堂伽藍が目的地である。他にも中之坊、奥院などの支院があるが、本堂伽藍、そして奥院を回ることにする。當麻寺は真言宗と浄土宗の二つの宗派に属するという珍しい寺院である。

まず本堂に向かう。本堂、講堂、金堂の拝観と合わせて、神仏霊場の朱印はこちらで受付とのこと。

當麻寺が開かれたのは飛鳥時代~白鳳時代とされている。聖徳太子の弟・麻呂子王が創建したとも、当地の豪族であった葛城氏の一族である当麻氏の氏寺として開かれたとも言われているが、いずれにせよ白鳳時代の天武天皇の頃には現在地に存在していたようだ。

この當麻寺の名が広まるのは中将姫の説話によるところも大きい。中将姫は奈良時代、右大臣・藤原豊成(藤原鎌足の曾孫)の娘として生まれたが、幼い時に実の母を亡くし、継母からいじめを受けて命まで狙われるほどになる。そこを助け出された中将姫は當麻寺で出家し、極楽往生を願う日々を過ごした。中将姫が五色の糸で一夜で織り上げたとされるのが、當麻寺の本尊である「当麻曼荼羅」である。

そして中将姫は阿弥陀如来と二十五の菩薩に迎えられ、生身のまま西方極楽浄土へと旅立った・・。この説話は鎌倉時代以降に広まり、謡曲や歌舞伎の題材として世に広まり、現在にもつながる。

本堂の内陣に入る。本尊が仏像ではなく曼荼羅というのも珍しいが、現在本堂で祀られている「当麻曼荼羅」は室町時代の模写である「文亀曼荼羅」という。音声による當麻寺の案内を聴きながらのお勤めとする。案内には中将姫の物語も含まれるが、やはり当時と現代では仏教や極楽浄土に対する見方、あるいは生死観にも違いが見られる。それはさておき、曼荼羅には中将姫が感得したとされる西方極楽浄土の美しい様子や、九品往生の様子などが描かれており、これ一幅で極楽浄土の教えがわかるようにもなっている。

本堂の次は講堂に向かう。こちらは南向きに建てられており、阿弥陀如来や地蔵菩薩などが祀られている。

そして金堂。こちらは當麻寺が開かれた時の本堂である。先ほどの講堂とともに正面は南を向いている。やはり元々は本来の南向きに建てられた當麻寺が、後に伽藍の本堂が何らかの理由で東向きに建てられたことがうかがえる。金堂の中心で祀られる弥勒仏は白鳳時代のもので、それを守護する四天王像のうち三体は法隆寺に次ぐ古い歴史を有する。

この後、本堂に戻って預けておいた朱印帳をいただく。墨書は「蓮糸曼荼羅」。

先ほど、當麻寺は真言宗と浄土宗の両方の寺院であると触れたが、本堂伽藍までのエリアが真言宗。この先の奥院が浄土宗エリアのようだ。せっかくなので行ってみよう。その奥院は、當麻寺の東塔・西塔を一緒に見ることができるスポットでもある。

まずは順路にしたがって宝物館に向かう。その途中、東西両方の塔を眺めることができる。

奥院は當麻寺の塔頭寺院だが、南北朝時代、知恩院の誓阿普観が、都の戦乱を避けるために知恩院の法然上人(円光大師)像を當麻寺に遷したのが始まりである。当麻曼荼羅が祀られていることもあり、極楽往生の教えを伝えるには適した地とされたのだろう。この「奥院」という名前、當麻寺の本堂に対する奥の院かと思ったが、あくまで京都・知恩院の奥の院である。

二つの宗派が並立する寺院ということもあってか、「當麻寺の住職」は、真言宗、浄土宗の塔頭寺院二ヶ所ずつが年ごとに交互で務めることになっている。今年が真言宗なら来年は浄土宗・・というもの。そうすることで教えがブレないか?とも思うし、そもそも現在の住職は真言宗?浄土宗?と気になるが、それらを超越するのが中将姫であり、「当麻曼荼羅」なのだろう。

宝物館では、江戸時代の延宝年間に模写された「当麻曼荼羅」が常時展示されている。さすがに時代が下ると保存状態もよく、「当麻曼荼羅」が織り上げられたのに近い状態の絵姿を見ることができる。また圧巻なのが、二十五菩薩来迎像。中将姫が極楽浄土へと旅立つにあたり、迎えに来た阿弥陀如来と、さまざまな楽器を手にした二十五の菩薩であり、これを再現したのが練供養会式。

さて、これで今回の神仏霊場巡拝の道めぐりは目的地まで来たことで、次の行き先選びとなる。まず予備選のくじ引きで出たのが・・

・四天王寺(大阪2番)

・日吉大社(滋賀17番)

・法楽寺(大阪6番)

・生國魂神社(大阪7番)

・水間寺(大阪12番)

・青蓮院(京都35番)

今回當麻寺に参詣したことで、関西2府4県のうち奈良県が最初にコンプリートとなった。ありがたや。その一方、多くの札所が残っているのが大阪府である。今回の出目はそれを反映したようだ。

・・・で、その結果だが・・・京都の青蓮院。そうなると、あの辺りに固まっている清水寺、八坂神社、六波羅蜜寺という、京都の中でももっとも混雑するエリアに挑むことになる。これから春にかけてインバウンドの連中もわんさか訪れる時季だ。西国三十三所の4巡目もあるし行かなければならないのだが、混雑を避けるとなるとどのタイミングで行けばよいのやら・・・。

この後は当麻寺駅まで出て、近鉄南大阪線に乗車。さて次の札所めぐりは・・・?

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Unknown (読経が趣味)
2025-03-14 12:38:54
こんにちは。
今の当番が真言宗か浄土宗かはいただいた御朱印でわかります。
まんだらの「だ」の字が「荼」なら真言宗、「陀」なら浄土宗となっています。
今回は陀なので、浄土宗が当番をされていますね。
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Unknown (まつなる)
2025-03-14 20:55:01
読経が趣味さん、長々とした記事へのコメントありがとうございます。
ブログ記事を書くにあたり、何の気なしに変換された「曼荼羅」を使ったのですが、「荼」と「陀」の違いがあったのですね。
勉強になりました。
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