まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

被災地復興を見る~久慈

2019年09月09日 | 旅行記B・東北

久慈駅に降り立つ。折り返しとなる列車は12時08分発ということで1時間ほどある。

今回の旅のプランニングでは、久慈に連泊することも一時考えていた。三陸鉄道を1日で往復全線乗車するとなると1日がかり。レンタカーの移動となるとクルマを1日置いておくことになり、南の盛か北の久慈のいずれかに泊まるというわけだ。その中で今回は盛(大船渡)を選択した。

久慈に来たのは学生の時以来ではなかろうか。東北をぐるりと一周して、JR八戸線から南下して、三陸鉄道の北リアス線(当時)~宮古~山田線というコースだったと思う。その時も久慈は乗り換えで通過しただけだった。それほど記憶にも残っておらず、実質は初めてといってもいいだろう。

その久慈だが、朝ドラ「あまちゃん」の町と言ってもいい。ドラマは見ていないので現地での紹介やネット検索で知ったことだが、ドラマの舞台「北三陸市」というのは久慈市で、三陸鉄道も「北三陸鉄道」としてドラマに登場している。実際の列車を使ったロケも行われたし、ドラマの中でも震災からの復興、運転再開の場面がある。

駅舎には「あまちゃん」のコーナーが設けられ、ポスターやドラマに出てきた小道具も飾られている。

また駅前には「あまちゃんハウス」というスポットがある。ドラマで使われた駅のセットや衣装などある。これらもドラマにハマっていた人にとっては懐かしく、うなるものであろう。

近年、大河ドラマや朝ドラの舞台になったり、主人公ゆかりの地だったりするとそれに絡めた町おこしがさかんである。「あまちゃん」が放送されたのは2013年。当然、震災復興を応援するという狙いがあったのかなと思う。脚本を書いた宮藤官九郎さんは元々「小さな田舎の、地元アイドルによる町おこし」というのがドラマの核で、特に東北を題材としたものではなかったそうだが、さまざまな取材を通して三陸を舞台にしたそうである。また震災についても、フィクションのドラマの中でも実際にあった出来事として触れている。ドラマでは登場人物の誰かが津波の犠牲になったとかいう設定にはせず、人々の心の動きや、その先の希望について描写するというもの。

当時はドラマの中で震災について触れるべきかどうか、視聴者、ファンの中にもいろいろな意見があったそうだが、三陸が舞台になっている以上は「触れない」というわけにはいかず、ただ「どう触れる」かについては相当考えたという。

その時の「ブーム」というのはとっくに去っているが、地元の人たちにとっては震災復興と重ねていつまでも大切にしたい作品なのだろうし、全国的に見ても今でも根強いファンが多い作品と言える。

帰りの12時08分発の宮古行きに乗ろうとホームに出る。8月15日、そういえば(という言い方は怒られるだろうが)終戦記念日である。同じく列車を待つ人同士の会話で「天皇陛下が替わって初めてだねえ」という声も聞こえる。

宮古行きは2両編成。それでも1ボックスあたり2~3人ほどの盛況である。少し前に八戸からの列車が久慈に着いており、そこからの乗り継ぎも多いのだろう。こうしてみると八戸線も久しぶりに乗りたかった。やはりまたいずれか、鉄道とBRTを純粋に乗り継いでの三陸縦断をやりたいなと思う。

昼食は久慈で購入した「うに弁当」。東日本屈指の人気駅弁で、予約以外は1日20個限定販売だという。早い時は朝のうちに売り切れるそうでどうなのかなと思って声をかけると、「少し待って」と言われる。するとパックからウニを取り出し、敷き詰めたごはんの上に並べる。そして包装して「お待たせ」である。待ったといっても2分くらいのものだ。ただ私の後にも次々に注文の声がかかっていたので、20個限定なら昼の時間で完売になったのではないかな。そして、こういうものが手にあるということなら帰りは「飲み鉄モード」発動である。駅には置いていないので、ホームに向かう前にあわてて駅前の個人経営の酒屋に走った。

実にシンプルな駅弁である。ウニの煮汁で炊いたご飯の上には、5~6個分あるというフレーク状の蒸しウニが乗っかる。添えているのはたくあんとレモンのみ。ウニがフレーク状というのは、「うに弁当」として紹介されている画像とはちょっと違うように思うが、ウニはウニである。三陸の味ということで美味しくいただく。

帰りも同じルートということになるが、その中で何か変化はあるだろうか・・・。

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