まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第11回四国八十八所めぐり~卯之町へ

2017年08月30日 | 四国八十八ヶ所
宇和島でのアイランドリーグ観戦から一夜明けて18日。この日も宿泊は同じ宇和島のホテルである。ここをベースキャンプにしてということで、まずは第43番の明石寺を目指す。明石寺の最寄り駅は卯之町で、鉄道もしくはバスで行くことになる。駅からは徒歩30~40分の距離である。また卯之町は歴史ある町並みや開明学校といったスポットがあるし、愛媛県の歴史文化博物館もある。ここを回った後は、いったん伊予大洲まで足を伸ばしてから宇和島に戻ろうかと思う。

ホテルでバイキング形式の朝食を取り、7時38分発の特急宇和海6号に乗る。自由席なら「四万十・宇和海フリーきっぷ」でも乗れるが、宇和島から先、松山までの区間は片道きっぷの扱いで、逆走ができない。このため最終日の19日の移動用に取っておくことにして、この日は普通に券売機で乗車券と特急券を買う。3両編成だが、宇和島を発車した時点では1両に10人もいないくらいだった。

宇和島の市街地を数分で抜け、山がちな区間に入る。次に入り江が出てくると伊予吉田である。江戸時代には伊達家の宇和島藩から3万石を分知され、その領地の帰属をめぐっての争いもあったが、後には宇和島藩の支藩的な扱いとなった。前日訪ねた41番の龍光寺、42番の仏木寺はいずれも旧三間町にあるが、その辺り一帯は伊予吉田藩の領地だった。伊予吉田駅があるのは旧吉田町だが、平成の大合併のためこれら一帯は全て宇和島市となった。歴史でいうなれば宇和島藩の本家筋?に帰したようなものである。

伊予吉田を過ぎると再び険しくなり、立間を過ぎると次の下宇和まで勾配もきつくなる。長いトンネルが続く。いつしか高度が上がり、斜面にミカン畑、その向こうに宇和海という眺めである。この区間は予讃線の走行写真でもよく出てくる。

8時、卯之町に到着した。先ほど、卯之町のスポットを並べてみたが、まずは駅からもっとも離れた明石寺に行くとして、金剛杖をケースから取り出し、笈摺を羽織る。この日は平日の朝。国道も通勤のクルマが飛ばす感じで行き交っている。

ならば一本筋を入る。こちらが卯之町の昔ながらの町並みである。ここは後でもう一度来ることにして、まずは杖を突いて通り抜ける。それだけでも一瞬タイムスリップしたようで面白い。

古い町並みを過ぎて道幅の狭い一角を抜けると、宇和高校の前に出る。愛媛県歴史文化博物館への坂道が伸びるがそこはいったん見送ると、「四国のみち」の案内標を見つける。仏木寺から歯長峠経由の道が明石寺まで続く。仏木寺から明石寺まで峠越えを含めて10キロあまり。ここは歩くかどうか分かれる距離ではないかなと勝手に思う。

最後は石の鳥居がある。ここも神仏習合の歴史をとどめているのだろうか。200~300メートルほどの急な坂道を上り、山門の下に来た。さて、今回の八十八所めぐりの札所としては最後である明石寺にお参り・・・。
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