退院してから約半年、陽気もかなり寒くなってきた。日中はまだ暖かいこともあるが、朝晩は随分冷え込むようになった。これからの季節はせいぜい、身体を冷やさないように気をつけねばならない。さて、このところ体調も割と良好なので、久しぶりにクラシック関連の文章を書いてみようかと思う。今回は、最近聴いたCDから2点だけ取り上げての感想文である。
●ラ・サールSQ、他のシェーンベルク <浄夜>(1982年録音・グラモフォン盤)
振り返ってみると、私が5月に入院する前に語っていた最後の演奏家は、指揮者のディミトリ・ミトロプロスだった。当ブログではオペラ録音ばかりを扱ったのだが、オーケストラ物でミトプ先生が遺した名演といえば、シェーンベルクの<浄夜>(1958年・ソニー盤)あたりが特に名高いものと言ってよいだろう。しかし正直なところ、私はあの演奏、あまり好きではない。暗い響き自体は歓迎されるものの、やたらに硬い音とドライな表情で展開されるごつい演奏は、この曲に妖艶なロマンティシズムを求める私には、どうも取っつきにくいのである。その前年に録音されたプロコフィエフの<ロミオとジュリエット>ハイライトは素晴らしいものだと思ったが、<浄夜>の方はちょっと私には合わない。引き締まって精悍な<浄夜>と言えば、若い頃のズビン・メータがロサンゼルス・フィルと録音したデッカ盤(1967年)などの方がもう少し馴染みやすいものに感じられる。
それらとは対照的に、もったりとした濃厚な音でこってりやったのが、カラヤン&ベルリン・フィル(1973年・グラモフォン盤)である。ただ、楽想ごとの表情付けがいかにもカラヤン節で、好きな人には最高なのかもしれないが、これも私には違和感の拭いきれない演奏であった。で、落ち着いたのは結局、ピエール・ブレーズがニューヨーク・フィルと入れたソニー盤(1973年)ということになる。と言っても、LP時代にこの演奏をそんな熱心に聴きこんでいたわけではなく、「鋭くて精緻な演奏」みたいなイメージを長らく漠然と持っていたのだが、CD時代になって改めて聴きなおしてみたら、これが結構柔らかい音で奏でられていたことに気づき、ちょっと驚いた。「ああ、そうだったんだ」という感じである。
ところでブレーズの<浄夜>と言えば、あと一つ、見逃せない音源がある。彼がウィーン・フィルのメンバーと行なった1999年10月17日のライヴである。これがNHK-FMでオンエアされたのは、2000年7月31日。もう9年以上も前になる。時の経つのは早いものだ。今はMDに保存してあるこの演奏、私はかなり気に入っている。ウィーン・フィルの弦の音色を十全に活かしつつ、ゆったりしたテンポで曲の姿をじっくりと描き出し、ここぞというところでは大胆なエスプレッシーヴォを効かせて聴く者をうならせるのだ。ただFMラジオの音質ではいかにも物足りないので、いつかCDで聴けたらいいなあと思う。
何日か前に中古で入手したのが、ラ・サールSQ、他による弦楽六重奏版のCD。重々しい弦楽合奏ではなく、すっきりした室内楽編成の演奏もいつか聴いてみたいと思っていたので、ちょうど良かった。昔買った『名曲名盤500』(1989年・音楽之友社)を見ると、このラ・サール盤<浄夜>は大変評判が良い。本自体が20年も前のものなので資料としてはいささか古いのだが、それでも当時「室内楽編成版なら、これがベスト」みたいに言われていたのは、やはりそれなりの中身と価値があったからなのだろう。評者の一人であった武田明倫氏など、「作品の細部までを知的に理解し、厳格な知性の枠内で燃焼し尽くす現代的演奏を代表する名演」と絶賛の言葉を寄せている。
これはいつもの四重奏団のメンバーにドナルド・マッキネスの第2ヴィオラ、ジョナサン・ペギスの第2チェロが加わった合計6人の演奏で、まずその2人の臨時メンバーが完璧に四重奏団と溶け合っているのが素晴らしい。演奏スタイルは基本的に早めのテンポで、もたれず、すっきりとした流れのもの。非常に精妙な演奏で、これは確かに名演奏だなあと思った。しかし、う~ん、もうちょっと官能的な雰囲気がほしい。いつかまた同じ室内楽編成で、もっとしっとり、ねっとりしたタイプの演奏に出会ってみたいものである。
●シュタルケルのコダーイ <無伴奏チェロ・ソナタ>(1950年録音・MYTHOS盤)
これも何日か前に、中古CDで入手した。近代なのにコダーイ作曲<無伴奏チェロ・ソナタ>Op.8を、ハンガリーの名手ヤーノシュ・シュタルケルが弾いた有名なモノラル録音である。私は昔、この音源をLPで持っていた。今回手に入れたMYTHOS盤のCDは、極めて状態の良いレコード(Period SPLP510)を使って“板起こし”を行なったものだという。CDを聴き始めてすぐに、「そうそう、この音、この音」と、気持ちが一気に学生時代までトリップしたかのような懐かしさを覚えた。ジリパチ、ジリパチいうレコード独特の針音ノイズがまた、当時を思い起こさせる。
実を言うと、私はコダーイ先生の名曲をちゃんと理解して味わっているわけではない。せいぜい、「第3楽章が舞曲調で、分かりやすいかな」といった程度の把握である。ではこの音源の何が特別なのかと言えば、それは、“ここに記録された音”そのものである。「松脂(まつやに)が飛び散るような」と当時評された、極上のモノラル録音による凄絶なチェロの音、その音自体を私は堪能しているのである。チェロという楽器はこんなにも剛毅な音、こんなにも太くて圧倒的な音が出せる楽器なのだと。室内楽や器楽曲にはまるで疎(うと)い私だが、ほんのいくつか例外があって、当盤シュタルケルのコダーイもその中の一つなのである。
―今回は、ここまで。次回も何かクラシック関係の話が出来るように、またネタを考えてみることにしたい。
●ラ・サールSQ、他のシェーンベルク <浄夜>(1982年録音・グラモフォン盤)
振り返ってみると、私が5月に入院する前に語っていた最後の演奏家は、指揮者のディミトリ・ミトロプロスだった。当ブログではオペラ録音ばかりを扱ったのだが、オーケストラ物でミトプ先生が遺した名演といえば、シェーンベルクの<浄夜>(1958年・ソニー盤)あたりが特に名高いものと言ってよいだろう。しかし正直なところ、私はあの演奏、あまり好きではない。暗い響き自体は歓迎されるものの、やたらに硬い音とドライな表情で展開されるごつい演奏は、この曲に妖艶なロマンティシズムを求める私には、どうも取っつきにくいのである。その前年に録音されたプロコフィエフの<ロミオとジュリエット>ハイライトは素晴らしいものだと思ったが、<浄夜>の方はちょっと私には合わない。引き締まって精悍な<浄夜>と言えば、若い頃のズビン・メータがロサンゼルス・フィルと録音したデッカ盤(1967年)などの方がもう少し馴染みやすいものに感じられる。
それらとは対照的に、もったりとした濃厚な音でこってりやったのが、カラヤン&ベルリン・フィル(1973年・グラモフォン盤)である。ただ、楽想ごとの表情付けがいかにもカラヤン節で、好きな人には最高なのかもしれないが、これも私には違和感の拭いきれない演奏であった。で、落ち着いたのは結局、ピエール・ブレーズがニューヨーク・フィルと入れたソニー盤(1973年)ということになる。と言っても、LP時代にこの演奏をそんな熱心に聴きこんでいたわけではなく、「鋭くて精緻な演奏」みたいなイメージを長らく漠然と持っていたのだが、CD時代になって改めて聴きなおしてみたら、これが結構柔らかい音で奏でられていたことに気づき、ちょっと驚いた。「ああ、そうだったんだ」という感じである。
ところでブレーズの<浄夜>と言えば、あと一つ、見逃せない音源がある。彼がウィーン・フィルのメンバーと行なった1999年10月17日のライヴである。これがNHK-FMでオンエアされたのは、2000年7月31日。もう9年以上も前になる。時の経つのは早いものだ。今はMDに保存してあるこの演奏、私はかなり気に入っている。ウィーン・フィルの弦の音色を十全に活かしつつ、ゆったりしたテンポで曲の姿をじっくりと描き出し、ここぞというところでは大胆なエスプレッシーヴォを効かせて聴く者をうならせるのだ。ただFMラジオの音質ではいかにも物足りないので、いつかCDで聴けたらいいなあと思う。
何日か前に中古で入手したのが、ラ・サールSQ、他による弦楽六重奏版のCD。重々しい弦楽合奏ではなく、すっきりした室内楽編成の演奏もいつか聴いてみたいと思っていたので、ちょうど良かった。昔買った『名曲名盤500』(1989年・音楽之友社)を見ると、このラ・サール盤<浄夜>は大変評判が良い。本自体が20年も前のものなので資料としてはいささか古いのだが、それでも当時「室内楽編成版なら、これがベスト」みたいに言われていたのは、やはりそれなりの中身と価値があったからなのだろう。評者の一人であった武田明倫氏など、「作品の細部までを知的に理解し、厳格な知性の枠内で燃焼し尽くす現代的演奏を代表する名演」と絶賛の言葉を寄せている。
これはいつもの四重奏団のメンバーにドナルド・マッキネスの第2ヴィオラ、ジョナサン・ペギスの第2チェロが加わった合計6人の演奏で、まずその2人の臨時メンバーが完璧に四重奏団と溶け合っているのが素晴らしい。演奏スタイルは基本的に早めのテンポで、もたれず、すっきりとした流れのもの。非常に精妙な演奏で、これは確かに名演奏だなあと思った。しかし、う~ん、もうちょっと官能的な雰囲気がほしい。いつかまた同じ室内楽編成で、もっとしっとり、ねっとりしたタイプの演奏に出会ってみたいものである。
●シュタルケルのコダーイ <無伴奏チェロ・ソナタ>(1950年録音・MYTHOS盤)
これも何日か前に、中古CDで入手した。近代なのにコダーイ作曲<無伴奏チェロ・ソナタ>Op.8を、ハンガリーの名手ヤーノシュ・シュタルケルが弾いた有名なモノラル録音である。私は昔、この音源をLPで持っていた。今回手に入れたMYTHOS盤のCDは、極めて状態の良いレコード(Period SPLP510)を使って“板起こし”を行なったものだという。CDを聴き始めてすぐに、「そうそう、この音、この音」と、気持ちが一気に学生時代までトリップしたかのような懐かしさを覚えた。ジリパチ、ジリパチいうレコード独特の針音ノイズがまた、当時を思い起こさせる。
実を言うと、私はコダーイ先生の名曲をちゃんと理解して味わっているわけではない。せいぜい、「第3楽章が舞曲調で、分かりやすいかな」といった程度の把握である。ではこの音源の何が特別なのかと言えば、それは、“ここに記録された音”そのものである。「松脂(まつやに)が飛び散るような」と当時評された、極上のモノラル録音による凄絶なチェロの音、その音自体を私は堪能しているのである。チェロという楽器はこんなにも剛毅な音、こんなにも太くて圧倒的な音が出せる楽器なのだと。室内楽や器楽曲にはまるで疎(うと)い私だが、ほんのいくつか例外があって、当盤シュタルケルのコダーイもその中の一つなのである。
―今回は、ここまで。次回も何かクラシック関係の話が出来るように、またネタを考えてみることにしたい。
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