《ウンディーネ・シリーズ》の続きである。今回は、フランス語流に<オンディーヌ>という題名のついたクラシック音楽作品から、特に有名と思われるもの4つに触れておきたい。
1.ドビュッシーのピアノ曲<オンディーヌ>(1913年)
ピアノのための《前奏曲集・第2巻》の第8曲が、<水の精 オンディーヌ>と題されている。これもフーケーの『ウンディーネ』が元になっての命名だそうだ。しかし、直接的な霊感は、アーサー・ラッカムという人が描いたウンディーネの絵本を見たときに得られたらしい。曲の雰囲気としては、「いたずらっ子ウンディーネ」のイメージが強い。こちらに向かって水をバシャッとひっかけて、ケケケッと笑いそうな感じ。
2.三善晃の音楽詩劇<オンディーヌ>
タイトルはフランス語流に<オンディーヌ>だが、内容はフーケーの『ウンディーネ』を土台にしている。しかし、岸田衿子(きしだ えりこ)氏が書いた当作品の台本には、原作を変更した箇所がいくつかある。例えば、ここでのキューレボルンは水界の王と設定されており、彼が息を吹き込んでオンディーヌが生まれたということになっている。また、これはフーケーの原作をかなりはしょった物なので、いきなり聴いたら、「何だい、この話は」と戸惑ってしまう可能性が高い。話の展開があちこちで、唐突なのである。やはりフーケー作品の粗筋だけでも、予備知識として持っておいた方がよさそうだ。
三善の<オンディーヌ>は、プロローグとエピローグにはさまれた3つの部分で構成されている。人魚姫のように人間界に憧れていたオンディーヌが、騎士ポウルと出会って相惹かれ、彼と愛を結ぶのが第1部の展開。ただし、ここでのキューレボルンはジロドゥ作品に出て来る水界の王と同様、騎士の心を信頼しておらず、二人の結びつきには強く反対している。
第2部は、ベルタルダも登場する人間界でのオンディーヌが描かれる。ベルタルダの出生の秘密が明らかにされる場面を経て、舟の上で夫のポウルにののしられて、オンディーヌが水中に消えるまでの内容。
第3部で騎士ポウルは原作同様、ベルタルダと再婚を果たす。その後、石をどけられた井戸から出てきたオンディーヌによって彼は引導を渡されるのだが、三善作品はそれに続いて、エピローグがある。騎士ポウルが死んだ後に水底の世界に行き、オンディーヌと再び結ばれる場面で終曲。
音楽面では、オンドマルトノが活用されていることが一番の特徴だ。その他電気的に作られた様々な音響を駆使して、独自の世界を作り出している。水の音なども、本物そっくり。また、これはいわゆるオペラ系統の作品ではなく、むしろラジオ・ドラマの作りに近いものだ。つまり劇場のステージではなく、ラジオ放送局のスタジオに俳優たちやオーケストラ団員が入り、さらに電子楽器などの機材を持ち込んで作るという感じの作品なのである。
この作品は一度だけCD化(EMI)されたが、現在は入手困難なようだ。そう言えば、当時の出演者の中に若き日の岸田今日子さんがいた。ベルタルダの役で出演なさっていたのだが、今日(こんにち)のような凄みまではないものの、「ああ、これは確かに岸田さんだなあ」とうなずかせるだけの存在感があった。あと、「舟歌」を歌っていたのが、友竹正則氏。生前は、TVにもよく出演なさっていた。何となく懐かしい名前だ。全曲の演奏時間は、約44分。1959年芸術祭賞、1960年イタリア賞受賞作品。
3.ヘンツェのバレエ音楽<オンディーヌ>(※この作品のドイツ語の原題はUndineだが、日本盤CDでは「オンディーヌ」という表記で販売されているので、こちらを使用することにした。)
振付家のフレデリック・アシュトンという人が、ジロドゥの戯曲『オンディーヌ』の舞台上演を観て深く感じ入ったらしい。その彼が、フーケー以来の「ウンディーネの物語」をバレエ化したいと考え、最終的にハンス・ウェルナー・ヘンツェの音楽を得て実現したのが、この作品である。バレエ上演時に主演したのは、マーゴ・フォンテーン。現在、オリヴァー・ナッセン&ロンドン・シンフォニエッタの優れた演奏によるCDが、グラモフォンから出ている。これは三幕構成の作品だが、物語の設定はかなりオリジナリティが高いものである。
まず第1幕は、狩人や客人たちが集まっている城の外。騎士パレモンが登場し、許婚のベアトリーチェに金の魔よけを贈ろうとする。彼女がそれを受け取らずに城へ入った後、海の精オンディーヌが現れて「影の踊り」を披露し、騎士を魅了する。森に去っていくオンディーヌを、パレモンが追う。人間を信じない地中海の王ティレニオは、手下の海の精たちを使って騎士の邪魔をする。しかし、しっかりとオンディーヌを抱きしめる騎士の姿を見て、彼らは手を引く。その後、森の隠者が立ち会って、二人は結ばれる。(約38分)
第2幕は、地中海に面した港。船の上。パレモンが魔よけをオンディーヌにあげようとすると、ベアトリーチェが横取りする。それを見た地中海の王ティレニオは、彼女からその魔よけをもぎ取って、水中へ消えていく。ベアトリーチェが取り乱すと、オンディーヌは海の中からきれいな珊瑚の魔よけを出して、ベアトリーチェに渡そうとする。しかしベアトリーチェは、それをオンディーヌの足元に投げ返す。さらにパレモンがそれを拾って、海に捨ててしまう。怒れる王ティレニオが海に嵐を起こし、船を難破させる。オンディーヌは海の精たちに護られながら、水中に消えていく。(約23分)
第3幕は、城の広間。パレモンはベアトリーチェと結婚する。彼の夢の中に、悲しむオンディーヌが現れる。その後、結婚式の踊りが次々と披露されるが、やがて宮廷からの来賓に化けたティレニオや海の精たちがやって来る。結婚式のためのディヴェルティスマンを披露した後、ティレニオと海の一族は正体を現し、人々を混乱に陥れる。海の精たちに魅入られたパレモンは、今やベアトリーチェよりもオンディーヌを求めている。やがて泣きながら現れたオンディーヌに接吻して、彼は息を引き取る。城の広間は海の水に覆われていき、オンディーヌもその中に消えていく。(約41分)
音楽面について言えば、やはり舞台映像がほしい作品である。特に第1&2幕は、CDで音だけを聴いているのはちょっとツライ。解説書の筋書きを見ることで、とりあえずどういう場面を描いているかは逐一確認出来るし、またそれなりに納得も出来るのだが、この音楽だけでは今一つ物足りない。
ただし、CDの二枚目に収められた第3幕は別である。これは、音だけでもかなり楽しめる。まず、パレモンの夢の中にオンディーヌが出て来る場面。ここでの音楽は、寂しげな弦にハープが加わって実に良い味を出している。さらにトラック11から20にかけて聴かれる、「結婚式でのディヴェルティスマン」。結婚式の客に化けた海の精たちが、代わりばんこに見せる踊りの音楽である。ここではピアノ独奏も加わって、非常にヴィヴィッドな音楽が展開される。(※ナッセンの指揮によるグラモフォン盤では、ピーター・ドナヒューという人がピアノを担当しているが、これは名演と言ってよいだろう。)CD解説書の言葉をそっくり拝借すれば、「ブロードウェイ・ミュージカルのような、どんちゃん騒ぎ」だ。私の感じ方としては、プロコフィエフのピアノとバルトークの打楽器が参加したジャズ・セッションの盛り上がり、といったところだろうか。とにかくこれは、楽しんだ者の勝ちである。
4.ラヴェルのピアノ曲<オンディーヌ>(1908年)
有名なピアノ曲集《夜のガスパール》の第1曲。ドビュッシーよりも少し前に書かれたものだが、フーケー作品ではなく、アロイジウス・ベルトランの遺作詩集に出てくるオンディーヌをもとにしているのだそうだ。
ベルトランが描いたオンディーヌというのは、自分から男をナンパ(?)しにやって来る積極派の妖精である。ある男の部屋に水の妖精がやって来て、青い窓ガラスの外から、「湖底の宮殿で、一緒に暮らしましょうよ」と男を誘う。(※彼女は水界の繁栄のために、人間の男の力が必要らしい。)しかし、「一緒になるなら、人間の女がいいわい」と言って、男は拒否する。すると彼女は泣き出すのだが、やがて甲高い声で笑い出し、窓ガラスの水滴になって消え去る。男としては一度体験してみたいような、みたくないような、不思議な幻想詩の世界だ。
ラヴェルのピアノ曲は、この詩の内容を辿ったものだそうだが、聴いた感じとしてはそんなに妖怪めいた雰囲気ではなく、むしろフーケー作品の中で、騎士と結婚してしとやかになったウンディーネをイメージさせるような優美さを湛えた曲である。かえって上述のドビュッシー作品の方が、このベルトランのオンディーヌに近いように私には感じられてしまう。
―次回以降もウンディーネにまつわるクラシック音楽作品の話だが、当ブログの本領とも言うべきオペラ分野に進む予定である。
1.ドビュッシーのピアノ曲<オンディーヌ>(1913年)
ピアノのための《前奏曲集・第2巻》の第8曲が、<水の精 オンディーヌ>と題されている。これもフーケーの『ウンディーネ』が元になっての命名だそうだ。しかし、直接的な霊感は、アーサー・ラッカムという人が描いたウンディーネの絵本を見たときに得られたらしい。曲の雰囲気としては、「いたずらっ子ウンディーネ」のイメージが強い。こちらに向かって水をバシャッとひっかけて、ケケケッと笑いそうな感じ。
2.三善晃の音楽詩劇<オンディーヌ>
タイトルはフランス語流に<オンディーヌ>だが、内容はフーケーの『ウンディーネ』を土台にしている。しかし、岸田衿子(きしだ えりこ)氏が書いた当作品の台本には、原作を変更した箇所がいくつかある。例えば、ここでのキューレボルンは水界の王と設定されており、彼が息を吹き込んでオンディーヌが生まれたということになっている。また、これはフーケーの原作をかなりはしょった物なので、いきなり聴いたら、「何だい、この話は」と戸惑ってしまう可能性が高い。話の展開があちこちで、唐突なのである。やはりフーケー作品の粗筋だけでも、予備知識として持っておいた方がよさそうだ。
三善の<オンディーヌ>は、プロローグとエピローグにはさまれた3つの部分で構成されている。人魚姫のように人間界に憧れていたオンディーヌが、騎士ポウルと出会って相惹かれ、彼と愛を結ぶのが第1部の展開。ただし、ここでのキューレボルンはジロドゥ作品に出て来る水界の王と同様、騎士の心を信頼しておらず、二人の結びつきには強く反対している。
第2部は、ベルタルダも登場する人間界でのオンディーヌが描かれる。ベルタルダの出生の秘密が明らかにされる場面を経て、舟の上で夫のポウルにののしられて、オンディーヌが水中に消えるまでの内容。
第3部で騎士ポウルは原作同様、ベルタルダと再婚を果たす。その後、石をどけられた井戸から出てきたオンディーヌによって彼は引導を渡されるのだが、三善作品はそれに続いて、エピローグがある。騎士ポウルが死んだ後に水底の世界に行き、オンディーヌと再び結ばれる場面で終曲。
音楽面では、オンドマルトノが活用されていることが一番の特徴だ。その他電気的に作られた様々な音響を駆使して、独自の世界を作り出している。水の音なども、本物そっくり。また、これはいわゆるオペラ系統の作品ではなく、むしろラジオ・ドラマの作りに近いものだ。つまり劇場のステージではなく、ラジオ放送局のスタジオに俳優たちやオーケストラ団員が入り、さらに電子楽器などの機材を持ち込んで作るという感じの作品なのである。
この作品は一度だけCD化(EMI)されたが、現在は入手困難なようだ。そう言えば、当時の出演者の中に若き日の岸田今日子さんがいた。ベルタルダの役で出演なさっていたのだが、今日(こんにち)のような凄みまではないものの、「ああ、これは確かに岸田さんだなあ」とうなずかせるだけの存在感があった。あと、「舟歌」を歌っていたのが、友竹正則氏。生前は、TVにもよく出演なさっていた。何となく懐かしい名前だ。全曲の演奏時間は、約44分。1959年芸術祭賞、1960年イタリア賞受賞作品。
3.ヘンツェのバレエ音楽<オンディーヌ>(※この作品のドイツ語の原題はUndineだが、日本盤CDでは「オンディーヌ」という表記で販売されているので、こちらを使用することにした。)
振付家のフレデリック・アシュトンという人が、ジロドゥの戯曲『オンディーヌ』の舞台上演を観て深く感じ入ったらしい。その彼が、フーケー以来の「ウンディーネの物語」をバレエ化したいと考え、最終的にハンス・ウェルナー・ヘンツェの音楽を得て実現したのが、この作品である。バレエ上演時に主演したのは、マーゴ・フォンテーン。現在、オリヴァー・ナッセン&ロンドン・シンフォニエッタの優れた演奏によるCDが、グラモフォンから出ている。これは三幕構成の作品だが、物語の設定はかなりオリジナリティが高いものである。
まず第1幕は、狩人や客人たちが集まっている城の外。騎士パレモンが登場し、許婚のベアトリーチェに金の魔よけを贈ろうとする。彼女がそれを受け取らずに城へ入った後、海の精オンディーヌが現れて「影の踊り」を披露し、騎士を魅了する。森に去っていくオンディーヌを、パレモンが追う。人間を信じない地中海の王ティレニオは、手下の海の精たちを使って騎士の邪魔をする。しかし、しっかりとオンディーヌを抱きしめる騎士の姿を見て、彼らは手を引く。その後、森の隠者が立ち会って、二人は結ばれる。(約38分)
第2幕は、地中海に面した港。船の上。パレモンが魔よけをオンディーヌにあげようとすると、ベアトリーチェが横取りする。それを見た地中海の王ティレニオは、彼女からその魔よけをもぎ取って、水中へ消えていく。ベアトリーチェが取り乱すと、オンディーヌは海の中からきれいな珊瑚の魔よけを出して、ベアトリーチェに渡そうとする。しかしベアトリーチェは、それをオンディーヌの足元に投げ返す。さらにパレモンがそれを拾って、海に捨ててしまう。怒れる王ティレニオが海に嵐を起こし、船を難破させる。オンディーヌは海の精たちに護られながら、水中に消えていく。(約23分)
第3幕は、城の広間。パレモンはベアトリーチェと結婚する。彼の夢の中に、悲しむオンディーヌが現れる。その後、結婚式の踊りが次々と披露されるが、やがて宮廷からの来賓に化けたティレニオや海の精たちがやって来る。結婚式のためのディヴェルティスマンを披露した後、ティレニオと海の一族は正体を現し、人々を混乱に陥れる。海の精たちに魅入られたパレモンは、今やベアトリーチェよりもオンディーヌを求めている。やがて泣きながら現れたオンディーヌに接吻して、彼は息を引き取る。城の広間は海の水に覆われていき、オンディーヌもその中に消えていく。(約41分)
音楽面について言えば、やはり舞台映像がほしい作品である。特に第1&2幕は、CDで音だけを聴いているのはちょっとツライ。解説書の筋書きを見ることで、とりあえずどういう場面を描いているかは逐一確認出来るし、またそれなりに納得も出来るのだが、この音楽だけでは今一つ物足りない。
ただし、CDの二枚目に収められた第3幕は別である。これは、音だけでもかなり楽しめる。まず、パレモンの夢の中にオンディーヌが出て来る場面。ここでの音楽は、寂しげな弦にハープが加わって実に良い味を出している。さらにトラック11から20にかけて聴かれる、「結婚式でのディヴェルティスマン」。結婚式の客に化けた海の精たちが、代わりばんこに見せる踊りの音楽である。ここではピアノ独奏も加わって、非常にヴィヴィッドな音楽が展開される。(※ナッセンの指揮によるグラモフォン盤では、ピーター・ドナヒューという人がピアノを担当しているが、これは名演と言ってよいだろう。)CD解説書の言葉をそっくり拝借すれば、「ブロードウェイ・ミュージカルのような、どんちゃん騒ぎ」だ。私の感じ方としては、プロコフィエフのピアノとバルトークの打楽器が参加したジャズ・セッションの盛り上がり、といったところだろうか。とにかくこれは、楽しんだ者の勝ちである。
4.ラヴェルのピアノ曲<オンディーヌ>(1908年)
有名なピアノ曲集《夜のガスパール》の第1曲。ドビュッシーよりも少し前に書かれたものだが、フーケー作品ではなく、アロイジウス・ベルトランの遺作詩集に出てくるオンディーヌをもとにしているのだそうだ。
ベルトランが描いたオンディーヌというのは、自分から男をナンパ(?)しにやって来る積極派の妖精である。ある男の部屋に水の妖精がやって来て、青い窓ガラスの外から、「湖底の宮殿で、一緒に暮らしましょうよ」と男を誘う。(※彼女は水界の繁栄のために、人間の男の力が必要らしい。)しかし、「一緒になるなら、人間の女がいいわい」と言って、男は拒否する。すると彼女は泣き出すのだが、やがて甲高い声で笑い出し、窓ガラスの水滴になって消え去る。男としては一度体験してみたいような、みたくないような、不思議な幻想詩の世界だ。
ラヴェルのピアノ曲は、この詩の内容を辿ったものだそうだが、聴いた感じとしてはそんなに妖怪めいた雰囲気ではなく、むしろフーケー作品の中で、騎士と結婚してしとやかになったウンディーネをイメージさせるような優美さを湛えた曲である。かえって上述のドビュッシー作品の方が、このベルトランのオンディーヌに近いように私には感じられてしまう。
―次回以降もウンディーネにまつわるクラシック音楽作品の話だが、当ブログの本領とも言うべきオペラ分野に進む予定である。
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