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クラシック音楽オデュッセイア

2025年正月、ついに年賀状が1通も来なくなった“世捨て人”のブログ。クラシック音楽の他、日々のよしなし事をつれづれに。

フェンス工事。終活サービスへの入会

2023年08月29日 | エトセトラ
2023年8月29日。ちょっと振り返ってみると、この6月から8月にかけて、ブログ主はメチャクチャお金を使った。と言っても、ギャンブルやら遊びやらではない。いずれも必要、且つ重要な出費である。まずは、水回りのリフォーム。トイレ、脱衣所、お風呂、そして台所。これら4か所を床の土台から全面的に作り直してもらって、税込313万円。8月に入ってからは、エクステリアの工事。具体的には、隣家との境界線にあるフェンスの作り直し。亡くなった父が昔元気だった頃に作った手製の防音壁(※木の支柱にトタン板を付けた物)が、経年劣化で朽ちてしまったので、問答無用で改修を依頼せねばならない流れとなった。2つの業者さんに見積もりを依頼し、かつて外壁塗装をやってもらった馴染みのK社さんに決めた。税込100万円。その外構工事に先立って、庭木の伐採・枝打ち。知り合いの造園業の親方に頼んで、2万5000円。ここまでの合計415万5000円。

そして、もう1つ。この8月には終活サービスの会社と相談した後(のち)、とりあえずという形で、入院時の身元引受人になってもらうためのコースに加入。入会金+会員費で、39万5000円。上の工事代金と合計すると、総額455万円だ。さらに細かい事を言って、水回り工事のタイミングに合わせて買い替えた器具類(電子レンジやガステーブル、居間のシーリングライトなど)まで入れたら、460万は軽く超える計算になる。我ながら、すげえなと思う。老後資金の大がかりな取り崩しだが、今回の出費は内容も金額も、自分なりに十分納得している。工事代金についてはむしろ、「それだけの事をやってもらって313万とは、安かったですねえ。水回り4か所だと、普通500万ですから」とK社の社長(兼営業)さんが驚嘆するほどの快挙(?)だったし、その社長さんがドンと腹をくくって提示した税込100万のフェンス工事もまた、「よくぞ、そこまで」と改めて恐縮してしまうレベルの特価だったと思う。

自分で言ってりゃ世話ないが、日頃のブログ主は、ちまちましたケチな男だ。夕方の買い物では値引きシールの付いた物を最優先でかごに入れ、次いで日替わり特価品を選ぶ。で、大抵はそのままレジへ。これはもう、毎回鉄壁のパターンである。さらに言えば、靴下などの消耗品衣類は、しまむらの「値下 しました」シール品がデフォ。そして、あの赤いレジ袋が20枚とか30枚とか貯まると、お店にまとめて持って行く。そこで換金してもらった20円、30円をお財布に入れ、ニコニコしながら帰ってくる。みみっちいにも程があるだろう!な男なのだ。しかし、ここぞという時には、ケチらない。100万単位の出費でも、出し惜しみしない。事前に値段の交渉はするが、額が決まったら遅滞なく現金で支払う。(※ローンは嫌い!)それが、my way of lifeなんだわな。

一連の出費でまだ評価が出せないのは、今回最後の例となる「終活サービス」だ。いずれ役に立ってくれそうな気配はあるものの、39万5000円という額が妥当なのか、それとも高い買い物なのか。そのあたりまではまだ、何とも言えない。でも、これはある意味避けられない出費なんだよな。将来孤独死が予定されている、ブログ主のような“おひとりさま”老人にとっては。自分の人生の幕引きをどうするか、どうなるか。いよいよ、そんな事を考えねばならない年になってきたってことかな。寂しいな・・・。
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目を開かない母。リフォーム完了

2023年07月26日 | エトセトラ
2023年7月26日。今月2回、母との面会が実現した。

●第4回 【2023年7月08日(土)】
●第5回 【2023年7月22日(土)】

上記2回とも、母の様子は同じだった。2人の息子が交互に呼び掛けるも、反応なし。目を開かない。・・と言っても、昏睡状態とかいうのではない。うとうと、うつらうつらという感じだ。かつての痰づまりや、むせた状態による呼吸困難みたいな様子はなく、穏やかに眠っている。15分の間、2人がしきりに声をかけ続けるも、全く目を覚ます気配がない。瞼のピクピクもない。面会中だけ拘束用ミトンから解放されている母の手を、兄弟がそれぞれ片方ずつ握ると、かろうじて握り返してくる。これが精いっぱい。その力も、回を追うごとに弱くなってきている。・・ブログ主の脳裏に、悲しい推論が思い浮かぶ。

「みいさん、もう自然死を迎え入れる態勢に入っちゃったのかな」。

ブログ主が望んでいた母の回復実現への道は、本人がもう棄却しちゃった?「おらあ、もういいよう」って。

経鼻経管栄養の煩わしさから母を救い出し、そのあと少しでも生きる楽しみを感じてもらうためのプランとして、次のような事を実は考えていたんだけど・・。全て、ブログ主だけが心に願うばかりの絵空事、絵に描いた餅になってしまったのか。

{ 一時的(あくまで、一時的!)に胃瘻(いろう)を造設してもらって、母の鼻と口を自由にしてやる。それから、ガムや飴玉を使って咀嚼や嚥下の練習を少しずつ始める。やがて流動食・ミキサー食を口から摂取できるようになったら、胃の穴をふさいでもらって普通の体に戻す。・・・そして、いつか外出許可をもらえるぐらいに回復したら、我が家への1日里帰りを実現したい。その日の早朝にベンツ(車椅子)で介護タクシーに乗り込み、朝のうちに帰宅。それからまずは、懐かしい家のベッドに母を寝かせて、昼ぐらいまでゆっくり休ませてあげる。流動食でお昼を済ませたら、新しくなったお風呂場でシャワー。細かくて柔らかい水流の、最新型シャワーヘッドだ。気持ちいいぞ。w ・・・で、身も心もスッキリした後、昔撮ったビデオ(母が若かった頃の旅行や宴会、カラオケ発表会などの映像。昭和時代の古いVHSテープの録画を、業者に依頼してDVD化してある物)を観てもらおう。そして夕方頃、病院に戻る。(※自宅滞在中の痰吸引や入浴介助については、その技術を持った人を1日雇ってお願いすることになりそう。) }

今の段階では憶測レベルでしかないが、母は物を噛む練習、呑み込む練習、果ては立ちあがって歩行器で歩く練習など、その種のリハビリに対しては、「もう、そういうのはいいよ」って、既に意欲も興味もなくしてしまっているのかもしれない。そして、従容として自然死の訪れを待とうと。・・ひょっとしたら、そういうことなのかな。

しかし、仮にそうだったとしても、「それもまた、正解かも」って思う。生きている人間として一番の地獄は、「声が出せない。体も動かせない。でも、意識だけははっきりしている」という状態だろう。想像しただけでも、背筋が凍りつく。今の母の姿は、鼻から差し込まれた管は確かに鬱陶しかろうけれど、鮮明な意識を持って苦しみもがくのではなく、うとうとと穏やかに眠り続けているというものだ。「がんばろう。元気になろう」という強い意志を今の体の状態で抱え込んで苦闘するよりも、力を抜いて死を待つという、そういう無為自然なあり方の方が実は良いのかもしれない。そして、後に遺される孤独な息子に対して、「おばあもすぐには逝(い)かにゃあから、おみゃあもその間に気持ちの整理をしときなな」と。

ちなみに胃瘻についてだが、ブログ主の見解は、はっきりしている。「“一時的に造設し、いずれは塞ぐもの”という前提でのみ、受け入れる。でなければ、論外」ということだ。そう考える背景に、このような↓話がある。

ヘルパー経験者のTさん(母の友人の1人)曰く、「(母の将来にも懸念される)認知症で何も分からなくなった人が胃瘻で生かされている姿は、本当にひどいものよ。口を使う事がないから、変形してくるの。人の口の形じゃなくなるのよ。手足も使わないから、どんどん固まって縮んで来る。それでいて、胃に開けた穴から栄養の高い食べ物が流し込まれ続けるから、お腹はふっくら。もうね、その姿は人間じゃないの。芋虫よ、芋虫の姿。その姿で、10何年も生かされ続ける。・・だからね、胃瘻なんかやっちゃ駄目。そりゃ確かに、管(くだ)が取れて鼻も口も楽にはなるでしょうけどね、胃瘻はしない方がいい。あたしは昔の仕事で、お医者さんが勧めるまま胃瘻に合意した家族を4軒ぐらい見てきたけど、もう全員が全員、例外なく、みんな後悔してる。『胃瘻なんか、やるんじゃなかった』って」。

―話題は変わって、我が家のリフォーム。長い道のりを経て(つまり、途中ですったもんだがあってw )、今日(2023年7月26日)、全工程が終了した。実は元々予定されていた工事は去る14日の金曜日にひととおり終了していたのだが、その翌日から漏水が発生。家の中の水をすべて止めても、水量メーターのパイロットがゆ~るゆる、ゆ~るゆる回っている。当然出てくる使用量も異常に大きな数字。「何なんでしょうね、これ」と、業者に電話。・・・で、調べてもらったら、この水漏れは今回の工事個所ではないところで起きているとのこと。地下に埋設された古い配管が40数年の間にじわじわと劣化し、ここでついに決壊したということらしい。結論として、あと4万円を追加で支払い、「この機会にもう、地下の配水管も全部新しくしてもらっちゃおう」という話に落ち着いたのだった。やりましょう。出しましょう。こちらの腹は決まっています。今はお金をしっかり手放す運気にあるものと考え、それが納得のいく額であることを前提に、必要な事に対しては出し惜しみしません。(※消費税込みの最終的な支払い額合計=313万円)

そして全てが完了した今、ホッとするやら、どっと疲れるやら、何か複雑な気分。でも、得られた安心感は大きい。何たって、お風呂の解体をした時、柱などの材木から白アリが出て来たっていうのだから。危機一髪!家自体の崩落を、ギリギリでくい止めた。その意味でも、今回の決意は大正解だった。Thank god!
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水回りのリフォーム開始

2023年06月29日 | エトセトラ
2023年6月29日。一昨日、ついに始まった。新聞の折り込みで決算キャンペーンのお知らせを見て、地元のリフォーム会社に問い合わせの電話を入れたのが、今年3月の末。それから若い営業(兼職人)のR氏とのたび重なる打ち合わせを経て、ついにこの6月、工事開始となった。元々は3社ぐらいの見積り比較をするつもりでいたのだが、家庭内の粗大ごみ(※古い箪笥、食器戸棚、がさばるプラスチック衣装ケース、大きな園芸プランター等)の無料処分サービスに加えて、トイレ・洗面台・ユニットバス・キッチンの流し台といった主要製品群を、15%引きから最大何と70%引きという壮大なディスカウント価格で提供してもらった。さらに、「工事開始を6月後半あたりまでお待ちいただければ、今あちこちの現場に散っているうちの職人たちのベスト・メンバーを揃えられますので、T様邸でドリームチームが結成されます」という嬉しい言葉を、R氏からもらった。その結果、こちらも「それなら、御社に今回の件をお願いしましょう。他社との相見積りは無しで」と、電撃的ともいえる速さで契約成立。

何年も前から気になっていた、我が家の水回りの傷み方。お風呂の下から恒常的に水が漏れていて、コンクリートの基礎の上に重ねてある土台の材木は、完全に腐ってグズグズ。脱衣所も台所も、床板がベコベコ。いつか踏みぬいて、大きな穴があくぞ・・・と、そんな危惧感が冗談でなく、本当に現実味を帯びていた。でも、改修工事には踏み出せなかった。どえらい額のお金がかかると、分かっていたから。老後の蓄えとして必死に守ってきた預貯金を、思い切って取り崩す・・・その決意を促すきっかけ、背中を強く押してくれる何かが、ブログ主には必要だった。それが、今年4月に来た母の卒寿を祝う誕生日だったわけである。昨年2月から年金の繰り上げ受給を始めたおかげで、普段の生活費がそれで一応間に合う運びとなっていたのも勿論、大きな要因ではあるけれども。

計算違いだったのは、100歳ぐらいまで普通に行けてしまいそうな雰囲気を持っていた母が、突然の大病でこの2月に倒れてしまったこと。これといった積極的な治療も、リハビリも、何もやってくれない療養型病院のベッドで90歳になった母。次の面会時に、果たしてこの息子の事を認識してくれるのか、それさえも今や予断を許さない状況になっている母。

・・・あ、でも、おとといと昨日に関しては、みいさん、家じゃなくて入院中でラッキーだったよ。改修工事の第1段はトイレの解体と作り直しだったんだけど、その間、どうしていたかっていうとね、おしっこについては裏庭で立ちション。大きい方については、便意が来てから余裕のある時は近所のコンビニやスーパーまで行って、トイレを借りたんだわ。で、そんな余裕のなかった時は、「携帯トイレ」という黒ビニール袋+凝固剤のセットを家の縁側で使ったのよ。で、その大きな袋にポタン、ポタンとうんちを垂らす時の気持ちって、ちょっと妙な感じになるんだね。「この辱(はずかし)めを、どうしてくれるの」って、見えない敵に心の銃を打ちまくるみたいな。そして今日は、洗面台と浴室の取り壊し。これから4日間、お風呂もシャワーも使えない。うひゃひゃ。・・で、その改修が済んだ後は、台所の解体。ベコついた床板の修理から始めるので、幾日かは何も調理なんてできまっしぇんって。やだ、水回りのリフォームって、めちゃくちゃハード。この期間は家にいないみいちゃん、勝ち組だよ。こういう試練はポンコツ息子に任せて、出来上がりを楽しみに待ちなっしゃあ。www
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母との面会~第3回

2023年06月20日 | エトセトラ
2023年6月20日。先週の土曜日、3週間ぶりに予約が取れて、母との面会に出向いた。いつもの通り、弟がこちらまで迎えに来てくれて、そこから車で一緒に病院へ。こないだは母の様子がおかしくて、非常に強い不安を感じたのだが、あれから後は予約がいっぱいで取れず、今回3週間も間が空いてしまった。あの時もし認知症が始まっていて、それが今日までに一層進んでいたりしたら、どうしよう・・。兄弟揃って同じ不安を抱きつつ、母のいる所へ向う。

●第3回 【2023年6月17日(土)】

病室に案内され、しばらくぶりに母の姿を見る。昼間の時間なのだが、ぐっすり眠っている。その寝顔を見ると、すっかり老いさらばえたお婆ちゃん。何だか寂しい。「90歳なら、そりゃそうだろう」とも言えるのだが、うちの母はつい4ヶ月ほど前までの元気だった頃は、実年齢よりもずっと若々しく見えていた人だった。それが今や、何年も前に90歳で長逝した祖母(=母の母)に、そっくり。・・・改めて思う。「人の顔は、その人の精神が作る。これはガチだ」。

しかし、本当によく眠っている。弟と交互に声をかけるも、全く目を覚ます気配がない。「こりゃ、今日はまた外れのタイミングっぽいな」と、ちょっと苦笑い。この時間に家族が予約で来ると分かっていながら患者にセデーションをかけるような鬼畜なことは、病院側もするまい。やはり、自然な睡眠が来ているのだろう。・・・眉間にしわを寄せているのは、鼻に入っている管がもたらすストレスのせいかな。ただ、母は家で普通に眠っている時でも眉をしかめたような表情をすることがあったので、その辺の判断は何とも難しいが・・。

あっ!まただ。母が呼吸困難になって、苦しみ出す。前回と同じ。ただし、喉がゴボゴボいう音はしていない。痰は詰まっていないみたいなのだが、とにかく苦しくてつらそう。隣りのナース控室をノック。なごやかに談笑中のスタッフに声をかけ、母の容体(ようだい)を見に来てもらった。そして、痰吸引。「詰まってはいないようなのに、えらく苦しそうで」と話すと、若い看護師曰く、「Tさんはよく、むせるんですよ」。

その時、ブログ主の中で、また1つの夢が消えたような気がした。「言葉を発せるスピーチ・カニューレの使用は、本人が自分で痰を切れることが前提です」と、2~4月にお世話になった救急病院のベテラン・ナースTさんが言っていた。それが自力で痰を切るどころか、こんな風にしばしばむせるというのでは、見込みはかなり厳しい。さらに付け加えて言うと、「仮にスピーチ・カニューレが装着できても、それですぐに話せるわけではないんです。専門の指導技術を持った人から、発声訓練を受ける必要があります」という事も、同じ人から言われた。この状況だと、母が声を取り戻すことはもうほとんど望めないような・・。悲しいなあ。少しずつ、希望の芽が摘まれていく。・・・結局、その日は母に伝えられなかったけれども、水回りのリフォームがいよいよ来週始まる。ブログ主が今、心の中で母に約束している事。

「家が生まれ変わっていく様子を録画して、後で見せてあげるから、楽しみに待っていてね」。
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母との面会~第1回、第2回

2023年05月29日 | エトセトラ
2023年5月29日。今月に入ってコロナの扱いが変わった事から、母が入院している病院でも、患者と家族の病室での面会が可能になった。―と言っても、人工呼吸器で生かされている人や、うちの母みたいに気管切開を受けている者など、重症の患者を扱っている病棟ゆえに、いろいろと厳しい制限がある。

●第1回 【2023年5月13日(土)】

4月19日に母が今の病院に搬送されて以来、初めての面会。4月の時には、弟の方だけをはっきり認識して感激していた母が、この日ようやく長男(ブログ主)のことも分かってくれた。暴れん坊将軍の決め台詞ではないが、いつまでもキョトンとしている母に、「余の顔を見忘れたか」とか言ってやりたかった。実際には、「K(ブログ主のファーストネーム)さんが来たよー。わからない?毎日一緒にいたのに」という感じで、やんわりと言葉をかけた。そこで、ついに母も長男を認識。表情が変わった。声が出せなくても、その顔から言いたい事がわかった気がした。「ああっ、おみゃあかよー。おみゃあが来てかよー」。

この日の母は思っていた以上に具合が良く、兄弟2人を喜ばせた。とにかく、こちらが語りかける言葉をしっかり聞きとって、理解してくれている。「みいちゃんが眠っている間に、選挙があってな。なじみの人が今回、落ちたんだわ」と伝えた時など、何と笑い顔になった。当選者の写真が載った新聞の切り抜きを渡すと、母は興味深げに両の手で紙の向きを整え、記事を眺め始めた。小さな文字が読めていたかは不明だが、その時の手の動きがいかにもうちの母らしいもので、それが妙に懐かしく感じられ、胸が熱くなった。「こないだ、おじいの誕生日だったから、お線香をたくさんあげといたよ」「みいちゃんが気にしていた庭の草むしり、俺がしっかりやってるから、安心してな」などと伝えたら、母は本当にうれしそうな顔になって、必死に言葉を発しようともがいた。声にならない声で伝えたかった言葉は、「ああ、ありがとよー」だったと思う。「みいちゃんは手術の後、人工呼吸器で生きていたんだけどね、あの機械をずっと着けていると、だんだん喉が詰まってきて死んじゃうんだよ。それで仕方なく、喉を切り開いて息が出来るようにしてもらったの。今は声が出せないけど、やがて自分で痰が切れるようになったら、それも変わってくるからね」。うなずく母。こちらは既に、視界がにじんでいる。

話の順番は忘れたが、15分間という限られた時間の中で、伝えたい事を出来る限り伝えた。「みいちゃんが楽しみにしていたドラッグストアが、この間開店したよ。そのうち、行ってんべえな」。うなずく母の顔を見て、大量の涙がブワッ。「それとね、みいちゃんの90歳を祝うプレゼントは、水回りのリフォーム。もうね、お風呂も脱衣所も、お勝手も、床の土台から、きれーいに直すからね」。びっくり顔の母。・・ああ、プレゼントが何かってことよりも、このポンコツ息子が90歳を祝う気でいたという話自体を、母は今回の病気で忘れちゃっていたみたいだな・・。「夏にリフォームが完成したら、新しくてきれいなお風呂で、シャワーを浴びべえよ。今度の風呂は、今までみたいに寒くにゃあから」と伝えた時の、母の嬉しそうな顔。こちらはもう、さっきから涙が止まらず、メロメロぐしゃぐしゃ。出てくる言葉が全部、涙声で歪んでしまう。・・・終了時刻の到来を告げる、無情なタイマーの音。面会の間中ずっと握り合っていた手をほどき、「じゃ、また来(く)らあな」と、母のベッドを離れる。横たわったまま寂しげな目をしてこちらを見送る母を見て、再びベッドまで戻り、もう一度その手を握る。「また来るからね」。・・・この15分間、あふれ続ける涙はついに止まらずじまい。

●第2回 【2023年5月27日(土)】

雨模様だった前回とは打って変わって、非常に良い天気。この間の母の様子から気持ちがすっかり前向きになっていたブログ主は、この日の訪問を前に、「みいちゃんのためになる3つの時間つぶし」と題したプリントを作成した。内容は、「1.ゴムボールにぎにぎ運動(手の体操) 2.寝ながら足首を立てて、かかとを突き出す運動(足の体操) 3.カタカナ50音表を使って、言葉を指でたどる練習(頭の体操)」。・・・しかし、2週間ぶりとなるこの日の面会は、兄弟揃って気持ちが沈むものとなった。3つのエクササイズを母に勧めるなんて、そんな甘い贅沢な考えなど無惨に吹き飛ばされるような、厳しい現実が待っていた。以下、要点のみ。

●病室に案内された後、まず弟が声をかける。母は目を開けて声の主を見るも、反応がおかしい。そこにいるのが誰だか、わかっていない?続いて、ブログ主が呼びかける。「みいちゃん、Kさんが来たよー。わかるー?」。こちらをじっと見る母。しかし、やはり様子が変。キョトンとしている。うっ、嫌な予感。2週間前の姿と、まるで違う。・・突然、異様な音が響き始め、母が苦しみ出す。え、ちょっと、何が起きてるん・・?

●ほどなくして、状況が把握できた。今回訪問したタイミングがちょうど、母の喉に痰が詰まり始めていたところだったのだ。ガボボッ、グボッと異様な音を立てる喉。呼吸困難に陥って苦しむ母。ナースコールをしようとベッド回りを見渡すも、コールボタンが見当たらない(と言うか、無い)。隣接するナース・ステーションをノックして、弟が看護師さんを呼ぶ。現れた人はすぐさま、「あ、吸引しましょう」と言って、慣れた手つきで母の喉に器具を差し込む。そしてギュオオッ、グボーッと、痰の吸い取り開始。そこでまた、母が苦しむ。目をギュッと閉じて、声にならない悲鳴をあげる。ああ、こういう事なんだ、気切の痰吸引って。・・・それに続いて、先ほどの看護師さんが水でぬらしたタオルを持ってきて、母のおでこに載せる。喉がスッキリしたのと、ひやっとするタオルの気持ち良さで、母の表情が次第に穏やかになる。静かに両目を閉じて、少しばかり心地良さげ。こちらもホッとする。

―あっという間の15分。案内係の人に家から持って行った2つのボールと50音文字一覧表を手渡し、「実現はとても無理と諦めて帰りますが、『Tさんの息子が、こんな事を考えていた』と、スタッフの皆さんにお伝え下さい」「1日2回、アイスノンを母の枕に敷いてやってください」と依頼し、「一同で共有します」「担当医(院長)に伝えます」との御返答をいただいて、弟と2人、帰宅の途についた。

神にすがる思い。「今日の母の様子が、どうか、認知症の発現ではありませんように。こちらが誰かわからなくなったら、私の中で母は事実上死んでしまった事になります。こんな男を愛してくれた、愛し続けてくれた、この世でただ1人の女性なんです。これからもっと、してあげたい事があるんです。まだ私から奪わないでください」。
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