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クラシック音楽オデュッセイア

2025年正月、ついに年賀状が1通も来なくなった“世捨て人”のブログ。クラシック音楽の他、日々のよしなし事をつれづれに。

断熱窓工事の完了と、突然の家計パニック

2024年08月31日 | エトセトラ
2024年8月31日。先週23日(金)、我が家の1階の窓が二重になった。これまでは、「早く春が来て、暖かくなってほしい」「何かと活発になる夏が楽しみ」「秋の涼しい風が感じられると、心地よい」といった風に、3つの季節については、それぞれに待ち遠しい思いが抱かれたものだった。それに対し、冬だけは、その到来が憂鬱だった。「また寒くなるのか。いやだなあ。早く過ぎ去ってほしいなあ」と。しかし、今年は例外。新しい窓がどれぐらいの断熱効果を見せてくれるのか、それを早く実感してみたい。工事費は、税込72万円。その前に別の業者さんにやってもらった和室3室の壁クロス張り替えが、18万円。合計90万円。かなりまとまった出費である。これはでも、5月以来の確固たる決意から、全く苦にはならない。

ところが!ここで1つ、とんでもない事実が、馴染みの業者さんから伝えられることとなった。築40年以上の経過によってうちの屋根瓦もいよいよ駄目になってきていて、雨漏りが家の内部の柱を伝わってきていると。ちょっと、それ、またヤバ過ぎだろって。去年の大がかりな水回り改修でホッとしたのも束の間、ここへきて屋根が寿命とは・・。

結局、9年前の外壁塗装から始まった御縁で、昨年の外構フェンス、そして今回の断熱二重窓工事と、すっかり親しんだK社さんとの熱い絆(笑)で、この思いがけない展開による「屋根の全面葺き替え工事」を発注する運びとなった。屋根の傷みと雨水の浸入は、さすがに放っておけないから。・・・しかしこれ、うちの家計状況からしたら、かなり深刻な事態である。去年の水回り4箇所に匹敵するほどの金額だ。どうするよ。もう、銀行預金では足りないし。ただでさえ毎月、母の入院絡みで2万円超の赤字が続いているのに・・・。

ええい、ままよ!世の中、なるようにしかならん。
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壁クロス張り替え工事

2024年07月30日 | エトセトラ
壁クロス張り替え工事

2024年7月30日。今日、自宅和室の壁改修が終わった。1日1部屋のペースで、先週末から3日かけての工事だった。築40年以上ともなると、土壁はどうしても表面がボロボロ崩れてくる。指や服が触れるたびに、ザラザラと砂がつく。これが嫌だった。早くクロスに張り替えたいなあと思いつつも、経済的な理由と直したい箇所の優先順位から、ずっと後回しになっていた。昨年大がかりな水回りリフォームと外構フェンスの設置を行なったことで最大の課題がクリアされ、今年ようやく壁の方に順番が回ってきたというわけである。実のところ、この春先には障子の張り替えを済ませており、さらに来月(8月)には1階の窓4か所のエコ断熱工事が控えているという状況だ。

振り返ってみると、ブログ主は年始当初に1年の抱負を語り、その中で「障子や壁、畳などのリフォームを、出来たらやりたい」みたいな文言を並べていた。その当時は正直、「今年1年で全部をやるのは、難しそうだな」と思っていた。それがここへ来て一気に動く流れになった理由は勿論、去る3月に起きた転倒~手術入院という“事件”である。激しいころび方をしたときに、もしブロックの角か何かに頭をぶつけて意識をなくしていたら、あの後に来た夜の冷え込みによって、ほぼ間違いなく自分はこの世を去っていた。

内臓に関する6月の検査結果はいずれも良好だったので、「残りの寿命は、何年か」などと考える必要は今のところなさそうだが、不慮の事故死は予想が出来ない。そうなった場合、貯蓄をどれほど残してあっても全く意味がない。あの世へ、お金は持って行けないから。母の長期入院によって月々2万円超の赤字が出続けている現状に変わりはないけれども、大きな貯金を遺したまま事故か何かで突然タヒんでしまう馬鹿らしさより、日々の生活の質を改善するための有意義な出費なら、もうどんどん行っちゃって良いではないか。お金の価値は、使って何ぼ。どれだけ貯め込んだかよりも、どれぐらい活かしたか。そっちの方が本質やて。w ・・・そんな考えからの、一連の決意だった。

で、今回の工事。正解だったと思う。白系統の明るい色を持つクロス壁は、部屋の中にいて実に心地よい。1階和室の「床の間」の印象変化は特に劇的で、設計した父はうぐいす色の土壁を作らせたが、ブログ主は回りの壁以上に白いクロスを使ってもらう事にした。その結果、部屋全体がパーっと明るくなった。

寂しいのは(「最後は結局、またその話か」と言われてしまいそうだが)、「今年は家じゅうの障子がきれいになって、和室の壁も全部新しいクロスを張って、明るくなったよ」と教えてあげたい母がもう、何も分からない状態になってしまっていることだ。本人が目を覚まして分かっていそうな様子だったら看護スタッフさんに読みあげてもらおうと、不定期ながら20通近く手紙を書いてきたのだが、それももう駄目なようだ。

(※ただ、母の反応が今どんな状況なのかと看護スタッフに問い合わせる手紙を書いたとき、そこの事務員から、「そのような質問に、こちらがお答えする義務はありません」と、白紙回答をよこされた。何だかんだ言っても、母を置いてくれている有りがたい病院なので不毛なバトルは望まないのだが、今後の展開がどうなるかは未知数。)
コメント (1)
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脳MRI、腹部CT&エコー、GF、体脂肪測定

2024年06月29日 | エトセトラ
2024年6月29日。今月は、検査のオンパレードだった。まず、脳のMRI。これは2年ぶり。結果は前回と同じで、異常なし。書痙症状は悪化の一途を辿っているものの、パーキンソンを疑う所見は全く見られないとの診断。続いて、消化器外科での腹部CT、エコーとGF(胃の内視鏡)。これらも異常なし。ただ、GFでは、「(ブログ主にとっては前例のない)青色染色を行なった上で、怪しげな組織を採取し、病理に出しました」と検査後に伝えられ、かなりビビった。幸い、これも結論的には良性。全く問題ないものと判明。ネットで調べて見つけたインジゴカルミンの青とは違う緑色の画像を見せてもらいながらの説明によると、潰瘍っぽく見えるしわの部分を今回、念のために生検に出したということのようだ。「もしスキルスとかだったら、どうしよう」と、無駄にヒポコンドリーしていたブログ主の不安は無事、杞憂に終わってくれた。

そして今月は、全く予定の無かった体脂肪測定もやることになった。これについては、病院に行ったわけではない。近隣の町で開かれた市民フェスティバルみたいな企画の一環で、一日限りのイベントとして行なわれたものだ。町内会の回覧板で手に入れた情報からである。サービス提供は市内の大きな病院だが、当日の測定係は近所の爺ちゃん婆ちゃんのボランティア。で、笑えるのが、訪問者もまた皆揃ってすっごいジジババ集団であったこと。ブログ主も年金生活者なのだが、一人だけ若造に見えてしまうレベルだった。w

さて、体脂肪測定。やる事は単純。素足になって、タニタ製の「体脂肪測定機能付き体重計」に乗るだけ。・・結果。ブログ主の場合、体重56・5kgのうち脂肪量が10・0kg、筋肉量44・1kg、推定骨量2・4kgという配分になるらしい。お馴染みのBMIは21・8で、全く肥満ではない。(というか、むしろ情けないヒョロガリ体型という方が当たっている。)あと、よくは分からないのだが、筋肉量から算出される基礎代謝量が1242Kcalとかで、そこから体内年齢39歳という推定がなされるとのこと。これには、説明係のベテラン看護師さんらしき人が驚いていた。「お若いですねー」って。う~ん、さすがにちょっと、盛り過ぎでしょ。ww

で、今回当ブログ主が初めて知って注目したのが、脚点という項目だ。当日受け取った説明書によると、これは“脚部筋肉量点数”という用語の略称で、「体重に占める脚の筋肉量が、理想とされる数値と比べてどの程度の割合で持たれているか」を示すものだそうだ。おそらく理想値は100なのだろうなと推測した上で、当ブログ主の値は今回92。この数字がどの程度良いのか悪いのか、ちょっと分からない。例えば何かの試験で100点満点のうち92点なら立派な数字と言えようけれども、100を理想とする酸素サチュレーションが92とかいったら、それマズイっしょって。

どちらにしても、ブログ主の足腰の衰えは本当に、まじめに対策を考えないといけない状況にあるというのが現実だ。3月の転倒&顔面損傷~手術入院という恐ろしい経験への反省から、毎日少しずつ筋トレを再開し始めているブログ主にとって、具体的な目標が出来たのが今月最大の収穫かもしれない。来年また市民祭か何かで同じ測定サービスがあったら、次はもっと筋肉量(特に脚点)を増やして、さらに良い数字を叩き出してやろうじゃないかと。目標を持った時のブログ主は、めちゃ強いのだ。おっし!がんばるぞい。
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ペーパードライバーの免許更新

2024年05月29日 | エトセトラ
2024年5月29日。少し前に地元の警察署で、運転免許証の更新をしてきた。正直なところブログ主は、「今回はもう、免許の更新はしなくてもいいな」と思っていた。―というのも、・・・

どうしようもない不器用さゆえに、悲惨な教習所時代を経てようやく手にした免許証だったが、おやじの車を借りて近所を乗り回すようになってから、ヒヤリハットな経験を幾度か繰り返した。そして、「俺に、車は無理だ。いつか大きな事故を起こしちまいそうだ」と、ブログ主は学生時代、早々に乗用車の運転を諦めたのだった。それからは、原付バイクが主要な“通学・通勤・レジャーの足”になった。・・・今こうして年金を受け取るような年齢になり、直腸だの前立腺だのに悪性腫瘍が出来てしまったことで、股間への刺激が禁忌となった。そのためバイクは勿論のこと、数年前には自転車さえも手放した。

ゴールド持ちのペーパードライバーにとって、運転免許証は身分証明書としての使い道しかない。それもマイナンバー・カードの時代が来て、必ずしもドライバーのライセンスを持っている必要はないという状況になった。そこで、今年通知を受け取った時、ブログ主は、「もう更新はせずに、運転経歴証明をもらってくればいいだろう。視力検査も、面倒なビデオ講習もないし」と考えたのだった。

そこから180度気が変わった理由は、3月の転倒事故と顔面損傷。経歴証明は1回作れば、それを一生使う事になる。今の、このひどい顔の写真で、一生?それ、ちょっとイヤ過ぎるだろ。w 今回面倒くさいのを我慢してもう1回だけ免許を更新し、5年後にもう少しまともな顔で(笑)経歴証明に変える方がいいだろうと。

結論。それで正解だった。今回色々と良い経験、良い勉強が出来たから。まず面白かったのが、今年から更新に行く日を前もってネットまたは電話で予約する制度になったこと。時代の流れだね。気が向いた時に、あるいは「ちょっと時間が出来たから、今日行っておくか」みたいな思いつきで行くことは、できなくなった。そのかわり、混雑するタイミングに当たってしまって、やたら待たされたりすることも無くなった。

そう言えば、運転経歴証明という物自体も将来、どうなるのかなと。当日、署の窓口で、「5年後の更新時には経歴証明にしようと思っているんですが、その場合も、ここへ来ていいんですか?」と尋ねたら、「5年後なら、これから法規がどんどん変わっていきますから、まだ何も決めずに様子を見ておかれるといいですよ。マイナンバー・カードとの一体化もあるし、とにかく色々変わりますので」との回答。そうか、そうだった。マイナンバーと運転免許の一体化は既に決まっていて、後は施行開始を待つだけの状況だったよな。それやこれやで、今回しっかりした免許証を手にしておいたのは、何だか分からないが、気分が良い。w

最後になるが、ビデオ講習も良かった。かつてのような、スタントマンさんにやられ役のバイクライダーを演じてもらったような“作品”ではなく、本物の事故映像だ。ドライブレコーダーの普及がもたらしたリアルな事故発生現場の再生には、かなりの衝撃があった。ここにもまた、時代の流れを感じたな・・。
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退院の日。怪我の経過

2024年04月23日 | エトセトラ
2024年4月23日(火)。先月の末、5日間の入院から無事に帰宅。昨年のヘルニア手術の時と同じで、今回もエント当日は雨降り。ついてにゃあ(苦笑)。しかし、独りぼっちの帰宅となった前回と違って、今回は“迎えの人”が来た。といっても、母はもう寝たきり入院で、ずっと眠っている状況。弟も、事故当日こそ救急隊員からの緊急連絡に驚いて遠い町の病院まで駆けつけてくれたが、さすがに退院日の迎えまでは、業務多忙のため無理。じゃあ、誰が?という話になるわけだが、答えは昨年の夏に契約していた終活サービスの業者さん。39万6000円という安くない会費を払うかわりに、「入院時の身元引き受け」と、「長期入院の際の見舞い&もろもろの雑用引き受け」、そしてまさに今回のような「退院時の出迎えから、家に着くまでの付き添い」をしてもらうことが、契約内容になっている。(※無料の派遣サービスは、2回まで。つまり、あともう1回これを使ったら、その後からは毎回有料となる。)

しかしまあ、今回は本当に助かった。当日来た人はブログ主よりも4歳年上の男性で、元証券マンだったというSさん。いかにもって感じで、客対応のトークが上手い。「じゃ、行きましょう。先輩」って、いや、ああたの方が傍目にどう見てもおっちゃんだし、実際に俺より年上じゃん。w でまた、こちらのリクエストに機敏に応じるフットワークの良さ!「あ、Sさん、ちょっと7000円、貸してくれる?ここ、カード払いが出来ないって。俺今7000円も持っていないから」「すいません。私もそこまでの額は持ち合わせがなくて・・。あ、ちょっと待っててください。そこのコンビニへ行って、下ろしてきます」と言って、速攻猛ダッシュ。数分後、現金を持ってきてくれた。そこでブログ主は必要な支払いを済ませ、その後家の近くまで着いた時に、別のコンビニで今度はこちらがお金を下ろし、速やかに返済。この臨機応変なやり取りが、実に心地良い。さすが、元営業職。

顔の痛みや足のふらつきはその日も当然続いていたのだが、この人の付き添いのおかげで、バス20分~電車25分~さらにバス20分~徒歩10分という遠距離帰宅が、随分楽になった。一人ぼっちでふらつきながら乗り換え~乗り換えの長旅って、ちょっと不安過ぎる。(※さりとてタクシーでは、料金が殺人的な数字になる。)それが、おしゃべりを楽しみながら心配なく家に向かうことができたのだ。途中の駅でファミレスに寄り、Sさんにお昼をおごったブログ主の行動は当然至極のことであったといえよう。w (※ここでも、彼は大人の対応。「何でも、お好きなものをどうぞ」という言葉にうきうきしながらメニューをめくりつつも、こちらが一番安い日替わりランチに決めたら、「あ、じゃ、私も同じので」としっかり合わせてきた。う~ん、お見事。)

さて、その後の顔の経過だが、事故当日ザリザリに剥けて赤くただれた皮膚も、だいぶ元に戻った。ブラックジャック傷も、当初より薄くて短い物になった。少なくとも、人気漫画キャラのそれみたいに顔の輪郭線まで走るような長い傷ではなく、左目の目頭から鼻の脇をザクッと行っているぐらいの感じで、花粉対策のメガネなどをかければ、はた目には全く気づかれないぐらいになった。眼窩底(がんかてい)骨折による、左の頬から上唇にかけての痺れは、今もある。かなり、つらい。医師によると、この痺れは普通2カ月ぐらい続くらしい(泣)。左目の下の肉が削げ落ちてしまったため、乾くうちに引きつってきて、何だか爬虫類っぽい形の目になってしまった。しかし、視力の方は全く異常なく、普通に見えている。これが何よりの幸い、というところか。
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