カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

東のほうに氷をとりに行く

2007-07-29 | 雑記
 そんなに深酒をしたわけではないけれど、睡眠時間は短くなった。朝から炎天下で、体力が消耗する。それと寝不足はかなりつらい。つらいとテンションがあがって口は回るが手足がついていかない。僕がよくしゃべるときは、あんがい疲れているせいかもしれない。いや、もちろん本当に絶望的な疲れのときはしゃべることはできない。電球が切れる前に明るくなるような状態なのかもしれないと思った。
 行事のために氷を取りにいくが、製氷屋の側が、例の保険金殺人の容疑者の家だという。ベンツでなく軽自動車が停まっていた。Y光会長の話なので微妙ではあるが、変なことはよく知っている人なのでフムフムと思って眺める。立派といえば立派なお宅である。特に感想は無い。
 帰ってそういう話をしていると、このまちもすっかり全国区の有名なまちになったと誰かが言っていた。まあ、そういう喜びの声もあるのかもしれない。これより前に全国的な話題といったら火事でお年寄りが死んだことぐらいかもしれない。有名になるには事件の発覚が手っ取り早いには違いない。いいことなんて報道で売れないお話という気もするし、たまたまなんだから仕方の無いことである。
 そういえば小長井の殺人事件のときの容疑者が、和歌山の事件の感想を、私みたいな人がいると思ったらしいという話も聞いたことがある。日本では年間二万人ほど行方が分からなくなる(多くの人は後で見つかるにしろ)というし、千人以上の人が身元のわからない不審な死に方をしているということも言われる。まとめてみるとたいした数だし、そのほとんどは事故などで死んでいるだろうことはそうなのだろうけれど、中には逃げ切る殺人者もいることだろうと思う。
 しかしながら、保険金殺人などは海外でも多くて、特徴として、やはり何度も不審な未遂事件なども繰り返すらしい。一度味をしめるとやめられなくなるのかもしれない。変な言い方だが、一度成功してしまったがために繰り返してしまうのだろう。ギャンブルもそういう側面があるらしいし、負の成功神話が中毒的な連鎖を生むものだろう。泥棒や何かの犯罪も、最初から失敗するような人は、続かないものなのではないか。こういう才能に目覚めてしまわないように、摘発率が高まることは最大の抑止力になると考えられる。
 保険金殺人は、警察を切り抜けても保険会社がしつこく身元を洗うので、発覚しやすいという話もある。なんだか情けない話ではあるが、リスクの大きい殺人であるには違いない。殺そうと思ったら、できるだけ関係を断ち切ってしまうのがリスクが少ない。通り魔などが見つかりにくいのは、被害者との関連が無いからである。
 しかしながら、殺そうなどと思う人間が身近でないというのはかなり異常であって、殺意を抱くほど身近でないとなかなか実行などしないのかもしれない。人間が殺意を抱くことは比較的日常のことだと思うが、実行する人はやはり絶対数が少ないものと思われる。そういう才能が無い人が多いことを期待することにしよう。



追伸:失踪者数ということでは年間10万人を越えるらしい。皆さんちゃんと生きのびているのだろうか。
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