生物から見た世界/ユクスキュル著(岩波文庫)
地球という星には、本当にさまざま生き物に満ちている。人間は人間社会の事にほとんどの場合夢中で暮らしているけれど、もちろん人間だけの都合で地球の事情が決められている訳ではない。人間が環境に与える影響も小さくは無いけれど、しかし決定的に自然の前に、人間というのは無力な存在なのかもしれない。人間にとっての見方だけでは理解できない自然の姿は、やはりなかなか分かりにくいものがあるようだ。しかしそうであっても、実は考えてみるとちゃんと目の前にある事に変わりは無い。それはあたかも人間が鳥になったり獣になったり、時には昆虫や植物になったつもりになると、ぼんやりと見えてくるもののようだ。それは想像力ということかもしれないが、しかし彼らの視点というものは、子細に調べることによって、少しずつでも獲得できるのかもしれない。
一般的に科学的な見方というのは、客観的な視点を確保することによって得られると考えられる。しかしながらそのような客観性でもってしても、理解されえない分野というものがある。それはやはり人間以外の生物からの視点なのである。この本では環世界という言葉を使っているが、それはつまり生き物からみた、いわば主観的なものの視点だ。それぞれの視点から眺めた環境というのは、人間のそれとは完全に違う見え方をしているのだ。昆虫が世界をどう捉えているのか。またどのようにその目で見ているのか。そのような世界の話が面白くない訳がない。本当にはその考え方は知りようもないことなのだが、しかしその見え方を知ることで、あたかも彼らの考えまで理解できるような気もしてくる。このような人間以外の主観的な見方というもので、自然という世界を読み解いていくことで、人間の見えている視点というものも、別の角度で見直すことになっていくだろう。
個別のエピソードも大変に興味深く考えさせられるものも多かった。ダニの脅威の機能や、鳥の社会観というものなどは、なるほど人間の叡智とはまったく別の自然の知恵のようなものを感じさせられる。このような世界を理解することで、あたかも神の意思のようなものがあるようにさえ感じられる。自然という超越した世界というものを理解することは、人間の英知を越える試みなのかもしれない。
古典的な名作だが、薄い本の上に言葉使いも大変に平易なものだ。多少古い事も無いではないが、基本的にその考え方は古びていない。イラストは日本の漫画の様にこなれていなくて、なんだかちょっとユーモラスである。自分で読んで楽しいし、人にプレゼントするにも良い本かもしれない。