夏の暑さには参る。だいぶ涼しくなったとの声があるが、日中に外出すると容赦ない日差しにさらされ、血液が沸騰するのではないかと心配になる。車の中は何℃になっているか。エアコンの効き具合によっては、そのまま死んでしまいそうだ。そうであるから、何とか建物の中でやり過ごして一日を過ごそうとしている。おかげさまでコロナ禍ということもあって、そういうこともそれなりに許されている。外に会議に出ないので、気分転換にはならないが、やっぱり仕事は内にこもっている分押し付けられることもあり、気分の重さに変わりはない。
そういうことで太るというのはよく分かる。運動のみで太るということは無いのだろうが、体は確実になまる。そうして動かなくなると、手を伸ばせば食品にありつける世の中にあって、やはり結果的に太る、という付随現象も起こりうるのであろう。
困ったことは万歩計の数値なのである。外に出ないので、歩数が増えないのだ。僕の場合は主に昼休みに外に出てぶらりと歩いて稼いでいたのだが、それがもうほとんどできない。一応外の様子をうかがいに出てみるが、25秒くらいで汗が噴き出てきて、結局戻ってきてしまう。頑張って数分粘る日もあるが、そういう日もあるということに過ぎない。
さらに最近は、それなりに雨も多かった。炎天下であるか、雨天で、さらに荒天だったりする。それはつまり外に出歩くべき日ではなくて、屋内待機なのである。
多少の雨なら傘をさして歩いてもよさそうなものだ。しかしこれも自意識のようなものが邪魔をする。雨の日にまでわざわざ傘をさして散歩するような人だと思われたくない。いや、どう思われようとかまわないはずなのだが、それは一種の酔狂めいた気分を帯びていて、そういう気分にはとてもなれないのである。
歩かないと、万歩計の数値が伸びない。万歩計には一日の目標歩数というのがあって、僕は基本的に一日8000歩を目指すことにしている。1万歩といいたいところだが、当然歩けない日もあるのだから、少し間引いてある。それは他でもなく、万歩計というのは一日の平均歩数というのも分かるようになっているからだ。一週間の平均歩数、一か月の平均歩数、そうして年間、さらにはそのトータルとしての平均である。長い年月のものほど平均の歩数の変動は少ないが、連日歩かないでいると、一月の平均が8000歩を割るような事態を招くことになる。そうすると変動が少ないのだから、挽回も難しい。何日か数百歩なんて日が続くと、平均歩数を8000歩に戻すために、何万歩か歩かなければならない、などというデータが教えてくれることになる。それは簡単ではなく、やはり数日にわたって平均歩数を、例えば一万歩以上ということを続けていかなければ届かなくなる場合がある。その月の残り日数で割ってみて、その歩数が一万歩を大きく上回る平均値になると、これはもう毎日がたいへんである。サボってしまったツケであるが、本当にそれは、何か借金を背負わされてしまったような負担を感じる。
結局のところ、僕は万歩計のために歩いているようなものかもしれない。しかしその強制力こそが万歩計の魅力でもある。人間は自分の意思の力のみを信用して自分を律するのは難しいのだ。万歩計という小さな魔力が、僕を今日も何とか外へ連れ出してくれるのかもしれない。