カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

これって分岐点

2008-05-14 | 散歩
 仕事が一段落したが、中途半端な場所と時間だったので少し早いが直帰した。このところ風邪をこじらせて体調が悪かったので思うように歩いていなかった。せっかくだから小琳ちゃんと杏月ちゃんを連れて散歩に出る。風は冷たいが夕方の日差しは強くて、すぐに小琳ちゃんの舌が伸びていく。足が短い分運動量が多くなるのだろうか。すでにバテテいるようだが、心配すると甘えて歩かなくなる。できるだけ知らん顔して先を急ぐ。
 つれあいから電話があって迎えに来てもらう。買い物ついでがあるということだが、小琳ちゃんのこともあるので喜んで甘えることにする。拾ってもらってスーパーへ向かう途中の踏切で、ちょうど警報機が鳴りだして遮断機で遮られてしまった。ちょうど同じように止められてしまった歩行者の少年が、息子の友人の弟君であるとつれあいに教えてもらう。子供なので待ち時間にイライラして遮断機の電柱を蹴ったりしている。確かに長いなあ、と思っていたが、やっとのろのろと汽車が通過する。しかしながらそのままこの踏切の側の駅にでも止まったのだろうか、いつまでたって遮断機は上がらない。つれあいが隣の道の遮断機は上がっているようだという。どおりで長すぎる、それなら何かのトラブルが起きているのか。車から降りて線路を確認すると、すでに列車の影はなかった。するとやはり信号が故障しているのだろうか。僕ら二人が車から降りるのを見て、向いの車の電気工事の会社の人らしい青年が、煙草の吸いかけをめんどくさそうに消しながら「なんだ故障かよ」という顔をしている。すでに長い時間停車しているので、信号待ちの車で長い列ができている。僕らの動きに気づいて路地近辺に停車していた車からUターンして迂回しだす動きも出てきた。どうも事故でもあったと思われているようだ。そのような話声も聞こえる。つれあいが遮断機そばに書いてある連絡先に電話しているが、なんといっているか分からない。僕が電話を代わって相手の返答を待っている間に、つれあいは踏切で待っている人に故障らしいと伝えている。遮断機を遮って向い側の車の列にも、故障らしいと伝えて回っている。電話の応答者は「次の列車が通過すると遮断機は通常通り作動するのではないかと思われます」という。「ただ、次の列車の通過時刻までは少々時間があるようです」とのことである。迂回よりほかにないらしい。既にかなりの車がターンしてこちら側の待機車はだいぶ少なくなった。しかし僕らの車は先頭で、迂回している車よりあとから来た車がさらに僕らの後ろに詰めてくる。信号機の故障らしいですよと説明して回る役回りになってしまったつれあいは、いつまでも動きに気づいていない運転者に説明して回っている。僕はなんとなくイライラしてきたが、車で待っているしかないとあきらめた。やっとつれあいが戻ってきた。僕は早く僕らも迂回しようと促すが、つれあいはまだよくわかっていないらしい他の人たちが気になっているようだ。徐々に後ろがきれいにいなくなって、僕らもやっとターンすることができた。そうして近くの路地から別の道へと迂回しようとしたら、別の並行した道の信号機が鳴り出したのがわかった。既に次の列車の通過時刻になったらしい。
 僕はよく信号や踏切につかまる運の悪い人間だった。いつからそんなことになってしまったのかよくわからないのだが、仕方なくぎりぎりだからと高をくくってふっきると、白バイやお巡りさんに制止させられるのだった。いつの間にか免停になってさすがに反省し、信号は守るようになっているのだが、僕の反省をいいことに、ますます僕のところとか前の車のところで、本当に誰かがスイッチを切り替えたかのように信号が赤になる。道路工事の警備員は、僕に向かって赤旗を振って制止しようと躍起になる。フェリーに乗るのも一隻やり過ごす時間が必要である。冗談ではなくレジなどに並んでいると、僕の順番でレシートの紙が切れてしまうことも数十回はあるだろう。僕の時にATMの機械が壊れたことも四度ほど体験した。一度なんて引き落としたお金がチリジリ破れてしまった。もちろん長い時間かけてお金を下ろす処理に付き合わされたけれど…。そういうことが繰り返されると、だいぶ以前にはひねていただけだったが、だんだんと、「いいだろう、そっちがその気なら諦めてやる」という悟りを開きつつあったほどである。
 しかし、つれあいと一緒になってから世界が一変した。一緒に車に乗っていると、踏み切りを通過して遮断機が下りるという体験を何度もするようになる。最初は単なる偶然だろうと考えていたが、明らかにその頻度が違う。レジで並んでいて、隣の列より人のハケが良くなっていくのがわかる。僕一人だと相変わらずだが、二人でいると、明らかに幸運具合が違う。懸賞に当たるなどということはないけれど、少なくともレシートが切れる光景を目にしなくなった。その小さな幸運に心が躍るようだった。
 ひょっとすると今回のことは、こういう幸運の引き戻し現象ではないか。車を迂回しながら思ったのはまずそんなバカげたことだった。しかし、そんな考えが浮かんでしまうと、なんだか無性に怖くなってきた。
 今朝通勤途中で割り込んできたトラックが、坂道にさしかかって黒煙を吐きながらノロノロと前を遮った。イライラして追い抜こうとしたが、見通しが悪い上にちょうど対向車がやってくる。こんちくしょうと思って、ハッとする。いや待て、ここは辛抱だとこちらもノロノロ運転に付き合っていくと、坂の途中でパトカーが待機していた。なるほど分りにくい現象であるが、これは運が良かったと考えるべきだろう。
 仮に今が幸運と不運の分岐点であるとすると、どちらに転ぶかが重要である。自分の力でどこまでがんばれるか不明ではあるが、とにかくがんばらなくてはならないと思い始めているところなのである。
コメント (1)
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