カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

今日は暑いですね

2008-05-03 | 読書
 何の休みだったっけ? と思ったら憲法記念日だった。
 憲法といって思い出すのは、僕は何故だかフォーカスという写真雑誌である。この雑誌がよく売れている時代に「日本国憲法」が初めて出版されたという記憶があるからだ。うろ覚えだが、編集者か何かの関連があったかもしれない。僕がちょうど事実というものがナンなのだ、というようなことを考え出した時期なのかもしれない。もちろんその当時すぐに買って読んだ。印象としてこの本の中の写真で家族が一緒に温泉か何かのお風呂に入っているのを見て、少なからぬ衝撃を受けた。別にいやらしい写真でもなんでもなくて、家族の愛情に満ちたいい写真なのだが、なるほど家族の幸せというものの形と言うのがあるんだな、と思ったわけだ。いや、それともただ単に僕が若かっただけだったのだろうか…。
 他に少し違和感があったのは、最初に「天皇」から始まることかもしれない。国民主権といつも聞かされてきたけれど、結局日本という国は天皇を一番重視しているのだな、と思ったわけだ。まあ、これも僕が若かったせいだろう。それともそういう指摘があったものを別に読んで感化されたのかもしれない。記憶と言うものはそういうものだ。
 もちろんよく話題になる、9条とか25条とかは興味深く確認して読んだ。そして当然のように思うのは、やっぱりこの国は偽善に過ぎないということだったろう。特に9条を素直に読んで、現実の日本の法律の基になっていると考える方が無理があるだろうとは思う。どう解釈しても、憲法を基にして自衛隊を容認できる神経の方がおかしい。
 だから憲法を変えるべきだという議論に発展すると、まあ、よくある論議だと言う気がするが、既に陳腐である。僕はその時、日本国憲法が戦後すぐにこうして本にならずにいたということが、当たり前の世の中だったのだと考えた。実は日本人は、形の上では憲法は大切だと言うような顔をして、まったくと言うか、そんなに大切じゃないよ、と言うことが分かっていたのではないか。敗戦と言うのはそういうことではなかったのだろうか。僕らのような戦争を知らない残酷な人たちが憲法が大切だと言うのは、既に心を失ってしまっているからではないか。もちろん、そういう決まりのようなものは、新しく作って行けばいいものだけれど、憲法とはそもそも実体のないような建前のものだから、実態とあわせることは不可能なのかもしれない。もちろん社会は変わっている。憲法が大切なら、スピード違反は厳格化されていくだろうし、NHKの受信料はすべての人が支払うであろう。全員の納得のいく決まりなんてものが作られるというのは幻想だが、少なくともそのような考えかたの基盤があって、憲法というものがどうなるかと言うことにやっと話が始まっていくのではないかと思われる。
 結局僕は、あんまり憲法を重視していない。もちろんこの国に暮らして勝手に影響は受けていくだろうが、憲法そのものを語れば語るだけ、本質とかけ離れた展開になっていくのはそういうことなのではないかと思っているからだ。そもそも憲法は変えてもいいのかどうなのか、と言うところから考えないと始まらない国民なんて、ちょっと厄介だがどうにもならない。決まりなんだから、せめてバイブルではないと言うことを理解したうえで、9条以外も含めて話が始まるという時代が来るまで、得意の事実上棚上げ状態は続くのではないだろうか。
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ジュリー

2008-05-03 | 雑記
 天気予報か何かで沢田研二が歌っている映像があるのだが、僕は最初これを見たとき(たぶん物まね番組かなんかだろう)おばさんが沢田研二の真似をしているのだ、と思ったら本人のライブの映像だったのでびっくりした。
 ところで昨日、二次会に寄ったスナックでカラオケを歌えといわれて沢田研二の「勝手にしやがれ」を歌った。歌い終わったら水割りのおかわりを注いでくれた女性が「この歌の人って凄く太ってる人よね」と言った。この人は三十前ぐらいだろうか。ジュリーも世代が代わるとものすごく評価が違うものだなあ、と思った。
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