付録資料
●中国の軍国主義者の「強軍夢」~矢野義昭氏
2020年(令和2年)10月、共産中国で注目すべき図書が発行された。中国国防大学教授の劉明福の著書『新時代の中国の強軍夢』である。習近平体制下での「強軍夢」の位置づけ、意義、その狙いと戦略思想、実現に至る時間表などを論述したものであり、元陸将補で軍事研究家の矢野義昭氏が内容を紹介し、分析を行なっている。
矢野氏の論文は、「中国の国防大教授が明かす台湾統一への戦略と日程表 中国共産党が夢想する世界制覇は実現するのか」と題され、JBPress 2020.12.21付に掲載された。本論文は、問題の書の要点を網羅的に示しており、中国の軍事戦略理論家の著書を通じて、共産中国が世界最強の軍隊を作り、米国に勝利することを計画していることがよく分かるものとなっている。中国の「強軍夢」とは、一言でいえば「軍国主義」の野望である。しかも、人類史上かつてない本気で世界支配を目指す軍国主義の野望である。
非常に重要な論文だと思うので、同憂の方々の参考に供するため、全文を付録資料として転載する。
◆矢野義昭著「中国の国防大教授が明かす台湾統一への戦略と日程表 中国共産党が夢想する世界制覇は実現するのか」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63326
日本国内では新型コロナウイルス感染症の拡大で持ち切りになっている。
しかし中国は、各国がコロナウイルスへの対応に忙殺されている間に、わが国との尖閣諸島をめぐる対立のみならず、台湾、米国、インド、豪州、東南アジア諸国などの諸国との紛争を同時に多発させている。
その背景にはどのような戦略や意図があるのであろうか?
今年10月に発刊された劉明福著『新時代の中国の強軍夢(新时代中国强军梦)』(中共中央党校出版社、2020年11月)には、習近平体制下での「強軍夢」の位置づけ、意義、その狙いと戦略思想、実現に至る時間表などについて、細部が論述されている。
著者は1969年に人民解放軍に入隊後、作戦部隊に10年、戦区機関に20年、国防大学に17年間勤務した、現職の国防大学教授であり、「全軍優秀共産党員」に選ばれている。
個人の著書ではあるが、その立場上、習近平体制下の党と人民解放軍の意思や思想が色濃く反映された文書とみてよいであろう。
人民解放軍が対処すべき脅威と守るべきもの
習近平中国共産党総書記は、2018年10月の中国共産党第19回全国代表大会で、本党大会の主題が「新時代の特色ある社会主義の偉大な勝利を勝ち取り、中華民族の偉大な復興という中国の夢の実現のために怠りなく努力すること」にあると宣言している。
そのための基本戦略として14の方針が掲げられたが、その中に「党の人民軍隊に対する絶対的指導の堅持」がある。
この方針の中で、「指揮系統を一元化し、戦って勝てる、優秀な人民軍隊を建設することが、第18回党大会で提起された「2つの100年」という奮闘目標を実現し、中華民族の偉大な復興と言う戦略実現の重要な基盤を実現することである」と、「強軍」建設の決定的な重要性が強調されている。
これが「強軍夢」として、偉大な中華民族の復興と並ぶ長期戦略目標として採り上げられることになる。
本書では、21世紀に中華民族の偉大な復興と言う夢を実現する上での危険には以下の5つがあるとしている。
①中国への侵略
②政権の転覆
③国家の分裂
④安定的な改革と発展のための環境の破壊
⑤中国の特色ある社会主義の発展進展の断絶
これらの中でも①、②、③の目標は共産党独裁体制の強化と覇権拡大を直接目指す上での障害であるが、④、⑤は逆にそのような覇権主義的な行動や国内での独裁強化の動きにより、国際的な反発や警戒の結果、招くおそれもあり、①、②、③と矛盾している。
南シナ海での動きなどを見れば、そのおそれがあることは十分に予測できるはずである。
しかし、この矛盾点について、その後の論述では明確な分析がなされないまま、主に①、②、③の脅威に対する「強軍夢」、言い換えれば、軍事力強化による対外的な覇権拡大主義だけが突出して論述されている。
防衛すべきものとしては、以下の4項目が挙げられている。
①中国共産党の指導的地位と中国の社会主義制度
②国家の主権、統一、領土の完全回復
③中国の海外利益の不断の発展
④世界の和平と発展
①については、中国共産党の歴史を振り返り、新時代に入った今日、「中国号」は中国夢実現成功に舵を切り、偉大なる目標への遠洋航海に乗り出した、中華民族の歴史上のみならず人類史上における一大物語であると自画自賛している。
さらに、中国共産党こそが「国家の指導力と制度力であり、核心となる競争力、国家の支柱、団結と統一保持のための最大の凝集力」であり、「強国と興国の根本的な力である」と断言している。
また、共産党の指導力によりもたらされる「政治安全」が、「中国人民の根本利益であり核心的利益」であるとしている。ここでは、共産党独裁体制維持による政治的安定こそ、強軍の基礎的条件であるとの、自信に満ちた独断が披歴されている。
②については、まだ国家統一を果たしていない大国は中国のみであり、周辺の多数の国家と領土主権と海洋権益を争っている唯一の国も中国であるとし、主権、統一、領土の完全回復を守るために最も多くの問題点を抱えた国であると自らを規定している。
台湾問題では、争ってでも奪取するかまたは平和裏に統一することに最大限の努力を注がねばならない、そのためには武力の使用を放棄しないだけではなく、「台湾独立派」の分裂活動に対しいつでも断固として威嚇と威圧を加えることも必要であるとしている。
この点については、新疆ウイグル、チベットや香港の独立派についても同様である。
また「何年も領土主権と海洋権益の防護のために解放軍が寸土とわずかの海を争っている現在、重大な成果を得ている戦略的意思を動揺させるべきではない。今後さらに戦略の積極性を加速し、政治的な策略と優位を積み上げ、未来の勝利を得ることを追求すべきである」と、檄を飛ばしている。
この方針は、慎重論を拒絶し、積極的な対外覇権拡大を目指すことを意味しており、この点が、才能を隠し力を蓄えるとの「韜光(とうこう)養(よう)晦(かい)」を旨とした鄧小平路線とは異なる、力ずくで目的達成を果敢に目指す習近平路線の大きな特色となっている。
ただし鄧小平も内部では、1987年8月1日の建軍60周年に、「わが軍隊を建設するとは、強大な現代化され正規化された革命軍隊を創るために奮闘することである」と述べている。
③については、中国の国防には「国境」を局限することはできないのであり、新時代の解放軍は、「海外利益を発展させそのための戦略的支撑(支えとなる拠点)を提供しなければならない」としている。
その理由として、中国がその経済総量の約6割、主要な資源の多くを対外貿易に依存していることを挙げている。このことは、経済発展のためには世界的な軍事力の展開が必要との論理であり、世界的覇権拡大を正当化するための理由付けと言える。
④で本書は、変化の激しい国際情勢の中、対外戦略を巧みに展開し、積極的に中国の特色ある大国外交を推進してきたと、習近平路線を賞賛している。その結果、中国の国際的な影響力が増大した。
しかし、「国際的なシステムの変革とは、実態は国際的な権力と利益の再配分であり、そのため闘争もまた複雑激烈になっている」とし、「中国の国際的な影響力、感化力、秩序形成力を増大するためには、解放軍が世界一流の戦闘力を備えることが必要である」と強調している。
中国共産党が見る「3度目の飛躍」の好機と「強軍」の必要性
毛沢東は中国を「立ち上がらせ(站起来)」、鄧小平は「豊かにした(富起来)」。習近平氏の新時代の今、「強くなる(强起来)」ための3度目の飛躍の時代、戦略的好機が到来したとみている。
新時代とは、「中華民族が強くなる偉大な時代である」、「百年来かつてなかった大変革の時代であり、大きな調整を要する(第3の)新段階であり、同時に危険に満ちた、挑戦の好機でもある」としている。
また、「国防と軍隊の建設は国家安全保障の後ろ盾であり、堅固な国防と強大な軍隊なしには平和的発展も保障されない」。
「国家安全保障の手段も増加しており、それらを柔軟に活用し合従連衡をすることもできるが、軍事手段が終始最低限の目標の保障手段である」との認識を示している。
ここでも現在の戦略的好機を活かすには何よりも軍事力が必要とされるとの認識で一貫している。
しかし「解放軍の現在の水準は、国家安全の要求にはまだ遠く、世界の先進的な軍の水準にも程遠い。日夜精神力を振るい立てて追いつき、国防と軍隊の現代化建設を飛躍的に発展させ、世界一流の軍隊の建設を加速させねばならない」としている。
なお、「世界一流の軍隊」とは何かについては、「武力に第2位はない。武力は第1位でなければならない」とし、「タカ派的観点に立ち」、米軍を凌駕する「世界最強の大軍隊を建設することである」と明確に述べている。
この点は、従来の米軍と並ぶ「世界一流の軍隊」からさらに一歩踏み出した解釈になっている。人民解放軍内の強硬派が、自信をさらに深めていることの反映と言えるかもしれない。
偉大な3つの目標として、中華民族の偉大な復興という「中国夢」、世界一流の軍隊の建設という「強軍夢」、人類運命共同体の建設という「人類夢」が挙げられている。
かつ強軍夢は「中国夢と人類夢の戦略的支撑であり、強大な軍隊の建設が奮闘の偉大な事業をつなぐものである」とされている。夢の実現には何よりも強大な軍事力が必要であるとする、力への信奉が赤裸々に表明されている。
また、「それぞれの時代の人にはその時代の人の使命がある。
習近平国家主席が解放軍を統率し世界一流の軍隊を建設する際には、一つの棒、決戦のための棒、追い込みをかけるための棒が必要である。
現在、世界一流の軍隊建設の責任は革命軍の将兵の双肩にかかっており、我々はあえてその責任を引き受けて担おう」と呼び掛けている。
人民解放軍が勝利すべき敵
人民解放軍が勝利すべき敵として、米国が筆頭に挙げられている。
特に米国については、建国以来239年の歴史のうち222年は戦争をしており、米国は世界で最も好戦的な国家であるとし、その一方で、新中国の基本国策は覇権を求めず領土拡大を求めないことにあり、最も平和的な国家であるとしている。
また、「米国の覇権は許されるが、中国の覇権は許さない」というのが、21世紀における米国の覇権の突出した特色であると指摘している。
主要な敵である米国以外の「群敵」として、米国の組織している以下の4つの連盟が挙げられている。
①ファイブ・アイズなどの英語圏の国家連盟
②NATOなどの西欧連盟
③周辺国の反中連盟
④外敵と台湾、ウイグル、チベット、香港の独立派、分裂派などの内部の敵との連盟
中でも③においては、米国の文献から、「高強度の長期紛争においては、米国の東アジア同盟国の対米支援があれば、中国の成功する可能性は低下する」、「日本が巻き込まれる可能性があり、日本は潜在的な紛争当事国となりうる。もしその(米軍基地が所在する)領土を攻撃されれば、日本はほぼ確実に紛争に加入するであろう」との米側の見方を紹介している。
さらに米国は、「同盟国および核心となる軍事力を持つ中国の隣国との共同作戦能力を高め、緊急時対処計画の制定を進める必要がある」とみている。
また米国の『国家安全保障戦略』におけるインド太平洋地区重視方針について詳述し、米国が「日韓との弾道ミサイル防衛での協力を進め」、「インドとの防衛・安全保障面での協力を進めており、インドを主要な防衛上のパートナーとしている」ことを引用し、警戒感を示している。
中国の脅威認識は、「狼煙が四方で起こり、危機が四方に伏在している」という、まさに四面楚歌であるとの見方に立っている。
新中国は建国以来、最多の国家との戦争に臨んできた国であり、人民解放軍は、東北方面では米国に対する抗米援朝戦争、西南方面では中印国境地域での自衛反撃作戦、北部辺境ではソ連軍侵攻に対する辺境作戦、南部辺境ではベトナムに対する自衛反撃作戦を戦い、四方八方の戦いですべて勝利してきたと誇らしげに述べている。
特に抗米援朝戦争では、世界最強の米軍に対し解放軍は国威と軍威を輝かせたとしている。
四周の危機に対処するための基本戦略として、各方面の脅威度や挑戦は異なるが、必ず全局面を総合し、重点を最優先し、軍事闘争準備は全面的な協調のもとに展開し、戦略を堅持して、全局面の力のバランスと安定を維持するとの方針を示している。
なお、「いつでも局地の争いが衝突に、衝突が戦争に、局地戦争が長期の本格的戦争に発展し得るのであり、その背後には必ず米国が介在している」とし、「実質的にはすべて米国との競争と闘争である」とみている。
この競争と闘争という概念は、米軍の「マルチドメイン作戦」における、競争(competition)から紛争(conflict)へ、紛争から競争へという将来戦様相の見方と符合している。
すなわち、米中共に、将来戦をインド太平洋を中心とする米中間の競争と紛争の反復と連動とみていると言えよう。
米国の同盟国であり中国に隣接した日本としては、競争と紛争の反復、局地戦から長期持久戦、本格戦争への発展と言う米中の戦争観を前提として、安全保障・防衛政策を考えねばならない。
中国の想定する第一の戦場:東北戦場
中国が想定している戦場には、東北、東海(東シナ海)、台海、南海(南シナ海)、西南、西部、香港、海洋航路帯の8つの戦場がある。これらは、この順に列挙されている。
必ずしも重要性に応ずる順とは言えないが、重視正面を示唆しているとみることもできる。
各正面における戦略の中では、第一に東北戦場が挙げられており、その副題として「第2の朝鮮戦争」の防止」が挙げられている。
このことは、中国が、朝鮮半島で米軍が北朝鮮の核・ミサイル保有能力を排除するために軍事行動をとることを恐れていることを示唆している。
東北地区は内陸の要域であり、情勢が錯綜し大国間の地政学的な競争が激しく、紛争に発展し得る課題や領土問題を抱えていること、朝鮮半島正面の情勢が複雑で厳しくなっていることなど、東北正面の戦略的重要性を指摘している。
対応戦略としては、その重要性に鑑みて、「戦略的思想、弁証法の思想、最終目標の思想を堅持し、よく闘い戦えば勝つことにすべての努力を集中し、高度の警戒態勢を維持し、部隊の即時召集態勢を確保し、時が来ればよく闘い、戦えば必ず勝つこと。朝鮮半島での重大な異変に対する準備を最優先し、最も複雑かつ困難な局面に基づいて、各種のありうる危機事態を分析し、軍事行動計画を予め策定して完璧にし、各種の準備工作を進め、いったん有事があれば迅速に対処し、中国の半島での戦略的利益を損なうことなく、国家の安全保障全般の安定を確保しなければならない」としている。
特に各正面の中で、東北正面の朝鮮半島情勢と東北地区の防衛を第一に挙げている点は注目される。海洋正面や中印国境ではなく、朝鮮半島とそれに隣接する東北地区の防衛を中国軍は最重視していると言えるかもしれない。
これは北朝鮮の核・ミサイル開発に関連し、米軍の朝鮮半島に対する軍事的威圧が高まっていることに対する警戒感を反映していると思われる。
第2の戦場: 東海戦場
第二に挙げられているのは、東海正面の戦場であり、「米国は中日間の東海(東シナ海)での戦いを念入りに計画している」との副題を付している。
米国が、日中間での東シナ海での領土をめぐる衝突においては、「日本との防衛条約を適用する」と宣言しているのは、「日中間でひとたび東シナ海での島嶼をめぐる紛争が起きて開戦すれば、米国は日本と共に中国に対して作戦することを意味している」。
「米中戦争において日本は最も緊要な国であり、米国は、日本の軍事力を絶えず向上させ、中国と常に対立関係に持込み、中国が日本領土の空軍基地の米軍を攻撃する可能性が大いにあるようにすることを強調している」とみている。
米中双方にとり、米中対決の場で日本は最も緊要な国であるとみられていることには、注意を要する。
このことは、日本が米中争奪の最大の目標となりうることを意味し、日本自身が自立的な防衛力を持たなければ、戦場になりかねないことを意味している。
米中間にも対立要因がある。
中国は200海里までの専属経済主権を宣言しているが、米国は、領海12海里外は公海であると主張している。
このため、「米中の立場には矛盾があり、米国は公海の争奪をめぐり中国と開戦する理由がある。日本と中国も領土の争奪をめぐり開戦する理由があり、日米はともに中国と開戦する理由がある」と、中国は日米との同時対決がありうるとみている。
さらに、「日本政府は改憲と軍備拡張を進め、その戦略の侵攻性と冒険性を増しており、中日両国は釣魚島(尖閣諸島)をめぐり領土紛争を起こす危険性が常にある。米国は19世紀の世界進出以来、常にアジアを分断し日中を対立させ、東アジアをコントロールしようとしてきた。中国は東海での海洋権益防護の原則を変えることは決してない。米国は中日米の東海での一戦を念入りに画策しており、実際に日米同盟は東海方面における中国の台頭を抑圧している。もしも日米が東海方向に対し軍事的な対中圧力を強めリスクを犯すなら、中国は『東海における海洋主権防衛戦』を戦うことを迫られるであろう」と述べている。
このような中国の一方的な尖閣諸島に対する領域主権の主張とそのための軍事行動の威嚇の背景には、日米安保体制下での日米共同対処に対するおそれも伏在していると思われる。
日本としては、尖閣諸島周辺での堅固な日米安保体制を実力で中国に対して明示するとともに、中国の軍事侵略を抑止するに足る独自の抑止力を維持強化することが、最も求められる。
次回に続く。
************* 著書のご案内 ****************
『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
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●中国の軍国主義者の「強軍夢」~矢野義昭氏
2020年(令和2年)10月、共産中国で注目すべき図書が発行された。中国国防大学教授の劉明福の著書『新時代の中国の強軍夢』である。習近平体制下での「強軍夢」の位置づけ、意義、その狙いと戦略思想、実現に至る時間表などを論述したものであり、元陸将補で軍事研究家の矢野義昭氏が内容を紹介し、分析を行なっている。
矢野氏の論文は、「中国の国防大教授が明かす台湾統一への戦略と日程表 中国共産党が夢想する世界制覇は実現するのか」と題され、JBPress 2020.12.21付に掲載された。本論文は、問題の書の要点を網羅的に示しており、中国の軍事戦略理論家の著書を通じて、共産中国が世界最強の軍隊を作り、米国に勝利することを計画していることがよく分かるものとなっている。中国の「強軍夢」とは、一言でいえば「軍国主義」の野望である。しかも、人類史上かつてない本気で世界支配を目指す軍国主義の野望である。
非常に重要な論文だと思うので、同憂の方々の参考に供するため、全文を付録資料として転載する。
◆矢野義昭著「中国の国防大教授が明かす台湾統一への戦略と日程表 中国共産党が夢想する世界制覇は実現するのか」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63326
日本国内では新型コロナウイルス感染症の拡大で持ち切りになっている。
しかし中国は、各国がコロナウイルスへの対応に忙殺されている間に、わが国との尖閣諸島をめぐる対立のみならず、台湾、米国、インド、豪州、東南アジア諸国などの諸国との紛争を同時に多発させている。
その背景にはどのような戦略や意図があるのであろうか?
今年10月に発刊された劉明福著『新時代の中国の強軍夢(新时代中国强军梦)』(中共中央党校出版社、2020年11月)には、習近平体制下での「強軍夢」の位置づけ、意義、その狙いと戦略思想、実現に至る時間表などについて、細部が論述されている。
著者は1969年に人民解放軍に入隊後、作戦部隊に10年、戦区機関に20年、国防大学に17年間勤務した、現職の国防大学教授であり、「全軍優秀共産党員」に選ばれている。
個人の著書ではあるが、その立場上、習近平体制下の党と人民解放軍の意思や思想が色濃く反映された文書とみてよいであろう。
人民解放軍が対処すべき脅威と守るべきもの
習近平中国共産党総書記は、2018年10月の中国共産党第19回全国代表大会で、本党大会の主題が「新時代の特色ある社会主義の偉大な勝利を勝ち取り、中華民族の偉大な復興という中国の夢の実現のために怠りなく努力すること」にあると宣言している。
そのための基本戦略として14の方針が掲げられたが、その中に「党の人民軍隊に対する絶対的指導の堅持」がある。
この方針の中で、「指揮系統を一元化し、戦って勝てる、優秀な人民軍隊を建設することが、第18回党大会で提起された「2つの100年」という奮闘目標を実現し、中華民族の偉大な復興と言う戦略実現の重要な基盤を実現することである」と、「強軍」建設の決定的な重要性が強調されている。
これが「強軍夢」として、偉大な中華民族の復興と並ぶ長期戦略目標として採り上げられることになる。
本書では、21世紀に中華民族の偉大な復興と言う夢を実現する上での危険には以下の5つがあるとしている。
①中国への侵略
②政権の転覆
③国家の分裂
④安定的な改革と発展のための環境の破壊
⑤中国の特色ある社会主義の発展進展の断絶
これらの中でも①、②、③の目標は共産党独裁体制の強化と覇権拡大を直接目指す上での障害であるが、④、⑤は逆にそのような覇権主義的な行動や国内での独裁強化の動きにより、国際的な反発や警戒の結果、招くおそれもあり、①、②、③と矛盾している。
南シナ海での動きなどを見れば、そのおそれがあることは十分に予測できるはずである。
しかし、この矛盾点について、その後の論述では明確な分析がなされないまま、主に①、②、③の脅威に対する「強軍夢」、言い換えれば、軍事力強化による対外的な覇権拡大主義だけが突出して論述されている。
防衛すべきものとしては、以下の4項目が挙げられている。
①中国共産党の指導的地位と中国の社会主義制度
②国家の主権、統一、領土の完全回復
③中国の海外利益の不断の発展
④世界の和平と発展
①については、中国共産党の歴史を振り返り、新時代に入った今日、「中国号」は中国夢実現成功に舵を切り、偉大なる目標への遠洋航海に乗り出した、中華民族の歴史上のみならず人類史上における一大物語であると自画自賛している。
さらに、中国共産党こそが「国家の指導力と制度力であり、核心となる競争力、国家の支柱、団結と統一保持のための最大の凝集力」であり、「強国と興国の根本的な力である」と断言している。
また、共産党の指導力によりもたらされる「政治安全」が、「中国人民の根本利益であり核心的利益」であるとしている。ここでは、共産党独裁体制維持による政治的安定こそ、強軍の基礎的条件であるとの、自信に満ちた独断が披歴されている。
②については、まだ国家統一を果たしていない大国は中国のみであり、周辺の多数の国家と領土主権と海洋権益を争っている唯一の国も中国であるとし、主権、統一、領土の完全回復を守るために最も多くの問題点を抱えた国であると自らを規定している。
台湾問題では、争ってでも奪取するかまたは平和裏に統一することに最大限の努力を注がねばならない、そのためには武力の使用を放棄しないだけではなく、「台湾独立派」の分裂活動に対しいつでも断固として威嚇と威圧を加えることも必要であるとしている。
この点については、新疆ウイグル、チベットや香港の独立派についても同様である。
また「何年も領土主権と海洋権益の防護のために解放軍が寸土とわずかの海を争っている現在、重大な成果を得ている戦略的意思を動揺させるべきではない。今後さらに戦略の積極性を加速し、政治的な策略と優位を積み上げ、未来の勝利を得ることを追求すべきである」と、檄を飛ばしている。
この方針は、慎重論を拒絶し、積極的な対外覇権拡大を目指すことを意味しており、この点が、才能を隠し力を蓄えるとの「韜光(とうこう)養(よう)晦(かい)」を旨とした鄧小平路線とは異なる、力ずくで目的達成を果敢に目指す習近平路線の大きな特色となっている。
ただし鄧小平も内部では、1987年8月1日の建軍60周年に、「わが軍隊を建設するとは、強大な現代化され正規化された革命軍隊を創るために奮闘することである」と述べている。
③については、中国の国防には「国境」を局限することはできないのであり、新時代の解放軍は、「海外利益を発展させそのための戦略的支撑(支えとなる拠点)を提供しなければならない」としている。
その理由として、中国がその経済総量の約6割、主要な資源の多くを対外貿易に依存していることを挙げている。このことは、経済発展のためには世界的な軍事力の展開が必要との論理であり、世界的覇権拡大を正当化するための理由付けと言える。
④で本書は、変化の激しい国際情勢の中、対外戦略を巧みに展開し、積極的に中国の特色ある大国外交を推進してきたと、習近平路線を賞賛している。その結果、中国の国際的な影響力が増大した。
しかし、「国際的なシステムの変革とは、実態は国際的な権力と利益の再配分であり、そのため闘争もまた複雑激烈になっている」とし、「中国の国際的な影響力、感化力、秩序形成力を増大するためには、解放軍が世界一流の戦闘力を備えることが必要である」と強調している。
中国共産党が見る「3度目の飛躍」の好機と「強軍」の必要性
毛沢東は中国を「立ち上がらせ(站起来)」、鄧小平は「豊かにした(富起来)」。習近平氏の新時代の今、「強くなる(强起来)」ための3度目の飛躍の時代、戦略的好機が到来したとみている。
新時代とは、「中華民族が強くなる偉大な時代である」、「百年来かつてなかった大変革の時代であり、大きな調整を要する(第3の)新段階であり、同時に危険に満ちた、挑戦の好機でもある」としている。
また、「国防と軍隊の建設は国家安全保障の後ろ盾であり、堅固な国防と強大な軍隊なしには平和的発展も保障されない」。
「国家安全保障の手段も増加しており、それらを柔軟に活用し合従連衡をすることもできるが、軍事手段が終始最低限の目標の保障手段である」との認識を示している。
ここでも現在の戦略的好機を活かすには何よりも軍事力が必要とされるとの認識で一貫している。
しかし「解放軍の現在の水準は、国家安全の要求にはまだ遠く、世界の先進的な軍の水準にも程遠い。日夜精神力を振るい立てて追いつき、国防と軍隊の現代化建設を飛躍的に発展させ、世界一流の軍隊の建設を加速させねばならない」としている。
なお、「世界一流の軍隊」とは何かについては、「武力に第2位はない。武力は第1位でなければならない」とし、「タカ派的観点に立ち」、米軍を凌駕する「世界最強の大軍隊を建設することである」と明確に述べている。
この点は、従来の米軍と並ぶ「世界一流の軍隊」からさらに一歩踏み出した解釈になっている。人民解放軍内の強硬派が、自信をさらに深めていることの反映と言えるかもしれない。
偉大な3つの目標として、中華民族の偉大な復興という「中国夢」、世界一流の軍隊の建設という「強軍夢」、人類運命共同体の建設という「人類夢」が挙げられている。
かつ強軍夢は「中国夢と人類夢の戦略的支撑であり、強大な軍隊の建設が奮闘の偉大な事業をつなぐものである」とされている。夢の実現には何よりも強大な軍事力が必要であるとする、力への信奉が赤裸々に表明されている。
また、「それぞれの時代の人にはその時代の人の使命がある。
習近平国家主席が解放軍を統率し世界一流の軍隊を建設する際には、一つの棒、決戦のための棒、追い込みをかけるための棒が必要である。
現在、世界一流の軍隊建設の責任は革命軍の将兵の双肩にかかっており、我々はあえてその責任を引き受けて担おう」と呼び掛けている。
人民解放軍が勝利すべき敵
人民解放軍が勝利すべき敵として、米国が筆頭に挙げられている。
特に米国については、建国以来239年の歴史のうち222年は戦争をしており、米国は世界で最も好戦的な国家であるとし、その一方で、新中国の基本国策は覇権を求めず領土拡大を求めないことにあり、最も平和的な国家であるとしている。
また、「米国の覇権は許されるが、中国の覇権は許さない」というのが、21世紀における米国の覇権の突出した特色であると指摘している。
主要な敵である米国以外の「群敵」として、米国の組織している以下の4つの連盟が挙げられている。
①ファイブ・アイズなどの英語圏の国家連盟
②NATOなどの西欧連盟
③周辺国の反中連盟
④外敵と台湾、ウイグル、チベット、香港の独立派、分裂派などの内部の敵との連盟
中でも③においては、米国の文献から、「高強度の長期紛争においては、米国の東アジア同盟国の対米支援があれば、中国の成功する可能性は低下する」、「日本が巻き込まれる可能性があり、日本は潜在的な紛争当事国となりうる。もしその(米軍基地が所在する)領土を攻撃されれば、日本はほぼ確実に紛争に加入するであろう」との米側の見方を紹介している。
さらに米国は、「同盟国および核心となる軍事力を持つ中国の隣国との共同作戦能力を高め、緊急時対処計画の制定を進める必要がある」とみている。
また米国の『国家安全保障戦略』におけるインド太平洋地区重視方針について詳述し、米国が「日韓との弾道ミサイル防衛での協力を進め」、「インドとの防衛・安全保障面での協力を進めており、インドを主要な防衛上のパートナーとしている」ことを引用し、警戒感を示している。
中国の脅威認識は、「狼煙が四方で起こり、危機が四方に伏在している」という、まさに四面楚歌であるとの見方に立っている。
新中国は建国以来、最多の国家との戦争に臨んできた国であり、人民解放軍は、東北方面では米国に対する抗米援朝戦争、西南方面では中印国境地域での自衛反撃作戦、北部辺境ではソ連軍侵攻に対する辺境作戦、南部辺境ではベトナムに対する自衛反撃作戦を戦い、四方八方の戦いですべて勝利してきたと誇らしげに述べている。
特に抗米援朝戦争では、世界最強の米軍に対し解放軍は国威と軍威を輝かせたとしている。
四周の危機に対処するための基本戦略として、各方面の脅威度や挑戦は異なるが、必ず全局面を総合し、重点を最優先し、軍事闘争準備は全面的な協調のもとに展開し、戦略を堅持して、全局面の力のバランスと安定を維持するとの方針を示している。
なお、「いつでも局地の争いが衝突に、衝突が戦争に、局地戦争が長期の本格的戦争に発展し得るのであり、その背後には必ず米国が介在している」とし、「実質的にはすべて米国との競争と闘争である」とみている。
この競争と闘争という概念は、米軍の「マルチドメイン作戦」における、競争(competition)から紛争(conflict)へ、紛争から競争へという将来戦様相の見方と符合している。
すなわち、米中共に、将来戦をインド太平洋を中心とする米中間の競争と紛争の反復と連動とみていると言えよう。
米国の同盟国であり中国に隣接した日本としては、競争と紛争の反復、局地戦から長期持久戦、本格戦争への発展と言う米中の戦争観を前提として、安全保障・防衛政策を考えねばならない。
中国の想定する第一の戦場:東北戦場
中国が想定している戦場には、東北、東海(東シナ海)、台海、南海(南シナ海)、西南、西部、香港、海洋航路帯の8つの戦場がある。これらは、この順に列挙されている。
必ずしも重要性に応ずる順とは言えないが、重視正面を示唆しているとみることもできる。
各正面における戦略の中では、第一に東北戦場が挙げられており、その副題として「第2の朝鮮戦争」の防止」が挙げられている。
このことは、中国が、朝鮮半島で米軍が北朝鮮の核・ミサイル保有能力を排除するために軍事行動をとることを恐れていることを示唆している。
東北地区は内陸の要域であり、情勢が錯綜し大国間の地政学的な競争が激しく、紛争に発展し得る課題や領土問題を抱えていること、朝鮮半島正面の情勢が複雑で厳しくなっていることなど、東北正面の戦略的重要性を指摘している。
対応戦略としては、その重要性に鑑みて、「戦略的思想、弁証法の思想、最終目標の思想を堅持し、よく闘い戦えば勝つことにすべての努力を集中し、高度の警戒態勢を維持し、部隊の即時召集態勢を確保し、時が来ればよく闘い、戦えば必ず勝つこと。朝鮮半島での重大な異変に対する準備を最優先し、最も複雑かつ困難な局面に基づいて、各種のありうる危機事態を分析し、軍事行動計画を予め策定して完璧にし、各種の準備工作を進め、いったん有事があれば迅速に対処し、中国の半島での戦略的利益を損なうことなく、国家の安全保障全般の安定を確保しなければならない」としている。
特に各正面の中で、東北正面の朝鮮半島情勢と東北地区の防衛を第一に挙げている点は注目される。海洋正面や中印国境ではなく、朝鮮半島とそれに隣接する東北地区の防衛を中国軍は最重視していると言えるかもしれない。
これは北朝鮮の核・ミサイル開発に関連し、米軍の朝鮮半島に対する軍事的威圧が高まっていることに対する警戒感を反映していると思われる。
第2の戦場: 東海戦場
第二に挙げられているのは、東海正面の戦場であり、「米国は中日間の東海(東シナ海)での戦いを念入りに計画している」との副題を付している。
米国が、日中間での東シナ海での領土をめぐる衝突においては、「日本との防衛条約を適用する」と宣言しているのは、「日中間でひとたび東シナ海での島嶼をめぐる紛争が起きて開戦すれば、米国は日本と共に中国に対して作戦することを意味している」。
「米中戦争において日本は最も緊要な国であり、米国は、日本の軍事力を絶えず向上させ、中国と常に対立関係に持込み、中国が日本領土の空軍基地の米軍を攻撃する可能性が大いにあるようにすることを強調している」とみている。
米中双方にとり、米中対決の場で日本は最も緊要な国であるとみられていることには、注意を要する。
このことは、日本が米中争奪の最大の目標となりうることを意味し、日本自身が自立的な防衛力を持たなければ、戦場になりかねないことを意味している。
米中間にも対立要因がある。
中国は200海里までの専属経済主権を宣言しているが、米国は、領海12海里外は公海であると主張している。
このため、「米中の立場には矛盾があり、米国は公海の争奪をめぐり中国と開戦する理由がある。日本と中国も領土の争奪をめぐり開戦する理由があり、日米はともに中国と開戦する理由がある」と、中国は日米との同時対決がありうるとみている。
さらに、「日本政府は改憲と軍備拡張を進め、その戦略の侵攻性と冒険性を増しており、中日両国は釣魚島(尖閣諸島)をめぐり領土紛争を起こす危険性が常にある。米国は19世紀の世界進出以来、常にアジアを分断し日中を対立させ、東アジアをコントロールしようとしてきた。中国は東海での海洋権益防護の原則を変えることは決してない。米国は中日米の東海での一戦を念入りに画策しており、実際に日米同盟は東海方面における中国の台頭を抑圧している。もしも日米が東海方向に対し軍事的な対中圧力を強めリスクを犯すなら、中国は『東海における海洋主権防衛戦』を戦うことを迫られるであろう」と述べている。
このような中国の一方的な尖閣諸島に対する領域主権の主張とそのための軍事行動の威嚇の背景には、日米安保体制下での日米共同対処に対するおそれも伏在していると思われる。
日本としては、尖閣諸島周辺での堅固な日米安保体制を実力で中国に対して明示するとともに、中国の軍事侵略を抑止するに足る独自の抑止力を維持強化することが、最も求められる。
次回に続く。
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