岩手の頑固親父

恵まれた自然、環境に暮す 老農のつぶやき、ぼやき

「2尺玉の大花火」

2006-01-27 10:29:17 | いなか暮らし

Cimg0647 美しい山、川が待ってるよ

 2年前、還暦を迎えた時に誓いを立てた。 ① 他人の前であちこち体が痛い話はしない ② 孫の話はしない。 、、、、、だが・・・・・

  この3月、出向先から長男一家が我が家に戻ってくる。任地の旭川で生まれた孫は1才8ヶ月 おしゃべりもできるようになった。

 3月、多分空路帰郷する。北から帰ってくるので飛行機が盛岡付近に来た頃、ヘリコプターを頼んで いわて・花巻空港滑走路いっぱいの歓迎横断幕を張る。飛行機が着陸した瞬間「2尺玉の大花火」を打ち上げる。いつか、北上の夏祭りで見た「2尺玉の大花火」は北上川の川幅より広がり腹の底に響くでっかい花火だった。

     ・・・・・が、花火の打ち上げは無理、  と言うことで

 あと2ヶ月もすれば帰ってくるのにやっぱり待っていられない。妻を連れて明日、孫一家を訪ねる。昨年の8月、お盆に帰省して以来だから じいちゃん、ばあちゃんのことは覚えていないか・・・・・・

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胡四王蘇民祭

2006-01-26 15:50:57 | インポート

リンク: 胡四王蘇民祭.開設中 こちらもご覧ください。



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『神さまの手』

2006-01-26 11:00:41 | いなか暮らし

Mvc006s1  日本中から全員集合して稲刈り

 5月、九州に住む孫を招集して田植を手伝ってもらった。田んぼに細い板を渡してその上を危うい足取りでおっかなびっくり、それでも一生懸命に植える小さな手は『神さまの手』だ。

 田んぼに目印の標柱を立て稲の生育を月に2回、定点撮影してメールで送る。苗が根付き丈が伸びて、やがて花が咲きそして実がなる。4才と2才の孫には難解かもしれない。

 秋、旭川の孫、九州の孫が全員集合。鎌を上手に使って稲刈り。裏から採った竹に束ねた稲を架けて乾燥。

 それからが問題、僅かの稲を脱穀する方法がない。

 県の農業博物館に持ち込んだら大昔に使った「千刃ごき」を貸してあげようと言うことになり博物館駐車場に大きなブルーシートを拡げて妻と2人で脱穀成功。

 翌年元旦、神棚に小さな『神さまの手』で育てられたお米を供えた。米は孫たちや孫のお父さんの実家、京都にも送った。

     ・・・・・その、ご飯は 涙が出るほど美味しかった・・・・・

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「そり」遊び ②

2006-01-25 12:23:25 | いなか暮らし

Cimg0713  パソコンはもちろん、テレビもなかった頃の話

冬の間、いなかの子供はひたすら外で遊びまくり雪で濡れて帰ってはコタツに深く入って服を乾かした。

 坂道や「もりっこ」と言われる小高い丘には手作りのそりを持った子供が沢山集まってくる。小さな子供は緩やかな坂で遊び、年長になるにつれ次第に急な坂に挑戦する。

 当時、あこがれのそりが二台あった。前後に二台のそりをつなぎ合わせて前のそりは左右自在に動き舵を取れる。何年か前にテレビで自作そりですべる番組があったがあれである。ただし子供が作ったところが偉い。麻糸を縄にしたものをたくみに利用して藤の蔓で丸くハンドルをつくり操作する。そりの底面には竹を薄く切って貼り付けスピードが出やすくしてある。別の一台は仕組みは同じだったがボンネット部分の箱になんと練炭を入れる装置をつけたカーヒーター付きのそりだった。

 二台のそりが走る時は小さい子供は脇によけて羨ましそうに見守った。小学5・6年生頃のお兄さん二人の製作だったが憧れのそりには中々乗せてもらえず仕組みだけは恐るおそる見た。その装置、仕組みは今でもはっきり覚えている。大人でも考え付かない代物だった。

 その、お兄さん二人 大人になったらやっぱり農機具屋さんと自動車の整備工場になった。 どちらも社長さん・・・・・

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『辞令』

2006-01-24 18:53:59 | いなか暮らし

Cimg0254   花好きの貴方に感謝をこめて野の花を贈ります

 関連会社に出向していた長男一家が3月末に帰郷する。日本全国に分布した孫は何人かいるが同居する孫は初めてである。今まで孫が居ないから老妻を「かあさん」と呼んでいたが帰郷する孫は両親を「お父さん、お母さん」と呼ぶので今後、混乱の発生が考えられる。

 41年前の3月30日に結婚して翌年には長女が生まれているので「かあさん」役は実に40年に及ぶことになる。

 いろいろあって、そして働きすぎもあって腰が少し曲がりかけた。

「奥さんは良く働くひとだ」と言われる。多分、村一番。

 性格だから仕方がないが、とにかく一日中、動き回っている。

 これからは仕事はそこそこにして自分をいたわり、お婆ちゃん役に徹してもらいたいと思っている。 

 さしずめ・・・・ 

                辞令

             「かあさん」殿

  平成18年 3月31日付けをもって「かあさん」の任を解き

  同4月1日より終生、健康で、明るい、お婆ちゃん役を命ず。

                  ・・・・・と、言うことか。 

     感謝状を添えて

               「かあさん」 ありがとう

       

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