岩手の頑固親父

恵まれた自然、環境に暮す 老農のつぶやき、ぼやき

「ようこそ横浜から」

2008-09-27 18:38:49 | いなか暮らし

 元気な岩手の紹介  花巻・鹿(しし)踊り 072_2

 9月末の肌寒い一日、今年も横浜のある会社の、若い社員10名ほどが稲刈りの手伝いに来てくれた。
 岩手の良さ、岩手の美味しいお米を消費者に伝える目的で毎年の研修旅行に取り入れて今の時期、毎年手伝ってくれる。
Cimg4429 まずは作業の前に注意を聞く。
 鎌はよく切れるから手を切らないように・・・・
 今年の稲は夏の長雨で背丈が伸びすぎて倒伏

Cimg4430 ベテランの様子を見てこの程度なら意外と簡単かも・・・・・

Cimg4432 アレッ、教えられたようには鎌が切れない。

Cimg4434束ねる時はこうやって・・・・・・

Cimg4433 これは難しい。
先生は簡単にやってたのに。
「ゲコ・ゲコ」・・・・?? 何の音?

              「蛙」ですよ。Cimg4436

髪飾りに良いかも・・・・・Cimg4437

    刈り取ったあとは意外と広い。その後、稲株を数えたら約2.5㌃ほどの稲刈りでした。収量は玄米で130㎏ほど・・・・
 これだけの人で・・・・・農家も大変ですね。       Cimg4438

肌寒くても仕事のあとは喉も渇きます。Cimg4439

 刈り取った稲は「はせ」に架けてこれから約半月、秋の日差しを浴びてゆっくり水分15%位まで乾かします。

 「はせ」架けした稲の、これからの作業の様子は随時「岩手の頑固親父」をご覧ください。

 遠くからお手伝いありがとうございました。
 翌朝には岩手の山々は初雪でした。稲刈りはこれから本番です。

 これからも美味しい岩手のお米を沢山食べてください。

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「特異日」

2008-09-25 09:47:01 | いなか暮らし

Cimg4404 まもなく稲刈りが始まる。出穂は平年並みだったが8月の長雨で稔りが遅くその分、刈取が遅れそうだ。

右写真 元気な岩手の紹介 花巻温泉バラ園021

 「特異日」 統計的に毎年その日に特定の天気が現れる傾向が強い日、
 東京の場合1/16 3/14 6/1・・・・晴れ  3/30 6/28・・・・雨 
   10/10の東京オリンピックの晴がみんな知ってる特異日
 特異日の発生は単なる偶然らしいが長い間には偏った傾向「郡発生」もあるらしい。
                   ウィキペディア フリー百科事典より

 我が家の出来事にも大きな特異日がある。
昭和19年9月29日 我が家の4代目の父は30才で早世した。
 それから6年後その父たる3代目の祖父が昭和25年9月29日62才で亡くなった。
 親子で同じ命日 これは結構ある事かも知れない。

 ところが特異日たるゆえん、なんと叔父は昭和49年9月29日が命日、70才だった。
 この叔父、9月20日頃には危篤状態と言う連絡があり駆けつけたが、来た人たちと機嫌よく握手したりしている。
 なかなか成仏しそうに無いので駆けつけた人たちは、兄弟、父と同じ命日を待っているんではなかろうかと噂をした。
 はたして9月29日深夜、もう10分ほどで30日になろうかと言うときに成仏した。

 3人が同じ命日となればかなり珍しいと思う。
よい事もある。 3人も一緒となれば必ず誰か命日を思い出す。

 今年も その季節。
 天上界では3人揃って今年も拝んでもらえるかソワソワしているに違いない。

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「演芸会」

2008-09-22 21:46:31 | いなか暮らし

Cimg4416 写真 りすけど(屋号)のおばあちゃん。仕出し屋の現役パート、仕事が休みの日はティラーを自在に操り好きな畑仕事に精を出す。
  1923年生れの85才。近くで写すと照れそうなので盗撮した。

  右写真 元気な岩手の紹介  宮古 浄土ヶ浜040

田舎はお祭シーズン 15日には鎮守の八幡様の秋祭り
 この秋、田んぼは豊作予想 お祭の演芸会にも力が入る。

演芸会が盛んだった頃の昭和20年~30年代。夕方 野良の仕事が終わるのを待ちかねたように若い男女が集会所や公民館に集まる。
 青年会活動として、グループ゜ごとに蓄音機やプレーヤーの音にあわせて踊りの練習が始まる。
 定番は三波春夫、三橋美智也、橋幸夫・・・・・村々ではどこでも同じ光景が見られた。

テレビ普及前の娯楽の少ない当時 農村の青年は地元の青年会に入るのが当然だった。
 先輩後輩が共に遊び学ぶ機会でもあり、時には地元の選挙の大きな結団力にさえなった。
 若い男女が集まるから出会いの場所でもあった。当時、同じ地区内で誕生したカップルも多い。  我が古女房もなぜか同じ集落の生まれではある。
 あの人は上手い、下手・・・・と言いつつ秋祭りの演芸会の踊り練習に精を出して
 そしてお祭、観客の喝采を浴び、「お花」と称するお金が寄付され青年会活動の大きな資金となり青年会の行事に使われ、時には地元の集会所の備品や掲示板など寄付することさえあった。

 その頃から集団就職、農業の近代化と出稼ぎ  そして米余り、減反。
 時代は地区の青年会を無くし人々のつながりも薄くなった。
 子供が少なくなって秋祭りの子供御輿もいつの間にか無くなった。

最近はお神楽と演芸会だけのお祭。
 その演芸会も踊り手の高齢化で大分息切れして3年に一度の開催となった。

 稔りの秋、昨今は獲れすぎも困る時代である。

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「祝辞」

2008-09-18 18:39:51 | いなか暮らし

Cimg4418 秋はやっぱりコスモス

右写真 元気な岩手を紹介 一関、猊鼻渓035

 

向いの明ちゃんもお母さんの友達のあつ子ちゃんも、まほちゃんも、仕出し屋のおばあちゃん、親類のたえちゃんも孫はおじいちゃんによく似てると言うからそうだろうと思う。
 そういわれてみれば中々ハンサムにも見える。
ばあちゃんには内緒だけど、じいちゃんも若い頃は結構もてたんだよ。浮いた噂も数知れず・・・・?。

  「祝辞」
 すくすく育って本日、めでたく生後100日の「お箸初め」を迎えたこと、心からお祝い申し上げます。
 我が家の初代 新之助が天保年間1835年に生まれ、よく働き本家から過分の財産を分けて貰い我が家が誕生しました。初代の誕生から173年目にして7代目の君が元気に生まれました。
 君の笑顔や泣声、時にはウンコにも励まされて、じいちゃんばあちゃんは年(令)を忘れて働いています。
 何ものにも勝る栄養です。
 今、始まったばかりの人生、大波小波、多々あると思いますがお父さんお母さん、少々おしゃべりのお姉ちゃんと、仲良く元気に逞しく成長してください。
 君とお姉ちゃん、従兄弟の腕白少年団が私達の生き甲斐です。

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「気になる木」

2008-09-16 21:00:29 | いなか暮らし

Cimg4018 随分昔から気になっている木である。岩手にバナナ・・・・・気楽に投稿をと思っていたら調べていく程に次第に重くなって来た。
 右写真 元気な岩手を紹介 017s 平泉 中尊寺金色堂

 昔から気になっている木である。岩手にバナナの大きな木が茂っている。けっして温暖化のせいではない。
 秋には切り倒すのに翌春には芽を吹き、大きな木になりちっちゃな実までもつける。母の実家にあるその木は昔からあった。

 子供の頃には作業小屋の裏、ぬか小屋と言われる籾殻を保管する小屋の側にあったと思う。
 いったいいつごろからあったのだろう。

 その屋の先々代は昭和15年に出征した。
 当時3才の長男は出征の祝いの席で父に抱かれて縁側から庭を眺めた記憶があるという。そして出征、その後に次男は生まれた。
 1年に一回か1年半に一回の戦地からの便りはあったという。
 その妻は当時22~23才、ひたすら無事を祈って幼い二人の男の子を育てた。

 当時のビルマに出征した若い父親は妻と子供をどんなに案じたことだろう。
 便りもままならぬ戦地から時折出せた手紙に現地のバナナの種を入れたか、或は偶然に入ったのかもしれない。
 妻はその手紙の中の小さな種に夫の姿を見たに違いない。
 南方の暑い地帯の種は保温力の強い籾殻の中に播き、芽吹かせた。

 「昭和19年 ビルマで戦死」の連絡があった。
 戦死したとて何も戻ってこない。紙切れ一枚で、
「あなたの夫は戦死しました。」
 数年後若い妻は再婚した。
 籾殻に播いたバナナは大きな葉を付けたが、そのいわれを誰に話すことなく、その妻は毎年バナナの木を見つめた。

 故郷岩手に妻と二人の子供を残してビルマに出征し4年もの間、子供の成長も安否も確認で出来ぬまま異郷で戦死した無念さがこの木に宿ったに違いない。

 後日談・・・・当主に尋ねたところ当時のバナナと思った木は芭蕉と言う木だったそうだが子供の目には、大きな葉を茂らせるその木はバナナだった。
 その木は数年前に枯れて、今茂っている木はまさしくバナナということだ。
 しかし二代にわたって茂る大きな南の木には戦死した先々代の無念さが宿っているに違いない。

 夏、バナナの木の下で、トロピカルムードでビールを楽しむ。
 いや、これからはその前に戦死した先々代にまず線香を手向けよう。  と思う。

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