いつか感動のあまり、古い手帳に書き写していたのだろうと思う。
「北の口笛」213編のエッセイ集から
母の辞世
9月18日4年ぶりに復員 前年7月に母死亡
東北地方はアイオン台風で帰郷が遅れて、寺に泊まって落語聞いたがおかしくなかった。
妻が迎えてくれたとき、あの人間以下の生活をした自分に妻がいるということは、もったいなくてウソのように感じた。
見ていない長男が五つになっていた。離れたところから不思議なものを見るようにこっちを見ていた。 私も不思議な気がした。
休む前に父に 「氏神に行って見ろ 母の形見の短歌を書いた紙が貼ってるから」
死ぬ直前の母が家人の目を盗んで行って貼り付けたものだという。
便箋の表紙の裏に鉛筆で書いて板壁に張り付けてあった。
稗飯で張ったらしくそこは黒い曜石のように固くなっていた。
戦いし 罪の重きは母負わん
吾子おば帰せ ソ連のひとは
読み返しているうちに、そこに母の細い首の顔が浮かび上がってきた。
私は忘れ去っていたものが湧きだしてきて、押し寄せてくるような思いに包まれ声をたてて泣き続けた。
菊池敬一氏編とあるから書いた人は岩手、西和賀付近の方に違いない。