岩手の頑固親父

恵まれた自然、環境に暮す 老農のつぶやき、ぼやき

小さな別れ

2013-06-28 16:05:40 | インポート

 001
 入院の間の2週間余り、岩手看護専門学校の臨地学習の生徒さんのお世話になった。
 2年生と言うから孫年代、始めは危なっかしい手つきで血圧や脈拍を計っていたが次第に上手になり、ベッドで眠ってる時以外は、病気の講義を受ける時、検査を受けている時、注射をしている時、どこにでも付いて歩き、いつもニコニコ。  
 ふさぎがちの入院生活を明るくしてくれた。

 『今日で実習が終わりました 長い間、お世話になりました』と言って、毎日記録していたのだろう、投薬量や運動量などをグラフにして退院してからも役立てもらおうと可愛いイラスト入りのファイルを作ってくれた。

 『そうか、もうお別れか、しっかり勉強して立派な看護婦さんになってね。いつかまた、会える機会があればいいね。』
 ちょっびり、寂しい小さなお別れてした。  さてと、、、自分の退院は、、??

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石割桜

2013-06-23 15:51:22 | インポート

石割桜
 車の窓から あー此処が石割桜と思うことがあっても、ゆっくりまじかに見るのはいつ以来だろう。  
 樹齢360~400年は圧倒される。
 
 この地は南部の御家老さま、北家の屋敷跡、花巻の殿様を兼ねていた北さんとは縁が深い。
 北一族の中に関ヶ原で豊臣に組みした人がいたが、後に捕らえらて徳川の世でもあり南部の殿さまの命で処刑され、同時に関係者も処分かされた。
 その中に処刑された人の妻の父、いわゆる舅さんも腹を切り、その家族は耐乏生活を送った。
 次の代の3人の子供達は、東和町の浄珠院を頼り、それぞれの道を歩む事になり、そのうちの一人が我が一族の本家の初代となった。
 豊臣に組みし南部の光武者と言われ、後に処刑された北十左衛門、、、大きなドラマは続く。
 石割桜には小さなさくらんぼが無数になっていた。

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気分は 石川啄木

2013-06-21 11:22:10 | インポート

気分は 石川啄木
 不来方のお城の草に、、、    
    空に吸はれし七十の心   
    気分は石川啄木

 実にひさしぶりの外気を吸って気分は爽快。ほんの短時間の外出を許されて盛岡城跡公園へ。  よし、歩いてやるぞ、、、 ところが何か記録する器械のセンサーが腹に突き刺さっていて歩くたびに腹にチクチク!  思うようには歩けない。

 盛岡城跡公園、何年ぶりだろう。  雨後のタケノコのごとき無粋なマンションと厚い雲に遮られ期待の岩手山は姿を見せてくれない。

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ツィッター

2013-06-18 11:29:20 | インポート
ツィッター
 ビルの真ん中に小さな緑を見つけた。  人間やっぱり緑、それも広い緑がなしでは生きられない。

 見舞いに来てくれた知人が入院中は暇なんだからツィッターを始めるように、、楽しいよ。  あーして、、、こうして、、ほら簡単だから、、、、!!  10分ほどの説明で帰ってしまった。    さてと、ツイート? フォロー? フォロワー???

 還暦や古希を迎えた人たちが若く見える年代になると簡単と言われるツィッターも中々。  またまた、悩みの種が、、、、

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ビルの谷間の岩手山

2013-06-14 17:00:33 | インポート
ビルの谷間の岩手山
 すっきり晴れて岩手山が間近に見える。  ビルの谷間の岩手山は窮屈そうで迫力がない。岩手山はやっぱり広いところで見上げるのが一番!

 ある知人の先代が戦時中、出征のおり武運長久を願って岩手山に石碑を建てた。  岩手山のお鉢の少しわかりにくいところに建ってあるが確実に場所は聞いている。  70余年の風雪に耐えて碑面の文字ははっきり読み取れると聞いている。

 今年は実物をこの目で確かめる。  残念、この体では、この目標少し遠のいたかも知れない。

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