岩手の頑固親父

恵まれた自然、環境に暮す 老農のつぶやき、ぼやき

「義一さん(ギイッツアン)

2010-06-28 21:40:52 | いなか暮らし

Cimg6733  地域の人達は親しみをこめて「義一さん(ギイッツアン)」と呼ぶ。
 「ギイッツアン」が亡くなった。83才。
 今年、地域の巨星の相次ぐ他界である。

 大きな事業を全うされ、多くの公職をされた。
 誰の話でも良く聞いてくれる。そして大所高所からアドバイスをしてくれる。
 この人の前では誰も嘘をつけない、みんないい子になる。
 生涯に尊敬する人、お世話になる人は無数にあるがその中で一番に尊敬しお世話になった大恩人である。
 自分がこの年令(歳)になるまで頑張ってこれたのも「ギイッツアン」に一言、「良く頑張った」の一言、言われて欲しかったためだったかもしれない。

 県の相撲協会の顧問を努められ国体、県体加えて学童相撲の指導に励まれた。
 若い頃、「ギイッツアン」は地方相撲で四股名を「町昇」を名乗り三役で活躍された。

 ある日、大相撲の地方巡業が花巻小学校の校庭で行われた。
 余興だったろう、「ギイッツアン」は飛び入りで大相撲力士に挑戦した。
 幕下クラスの力士は「ギイッツアン」に投げ飛ばされて観客は大喜び。敗れた幕下力士は「素人」に負けたことを先輩力士になじられ竹箒でしごかれていた。
 そのうち、当時現役大関の「松登」がよし「わしとやろう」と言うことになりしばらく土俵でもみ合ったが何と「ギイッツアン」は「松登」を寄り切ってしまった。
 大関はわざと負けてやったんだとみんながそう思ったに違いないが、当時小学生の「頑固親父」は頭脳明晰な「ギイッツアン」はまともに当たっては勝てないと頭脳作戦で大相撲大関の「松登」に本当に勝ったんだと今でも信じている。
 相撲で鍛えた体、詩吟もこなす喉で奥様と二人で唄う相撲甚句・・・・

亡くなった翌日の夕方、地域の人達が大勢集まってお念仏が行われた。

 光明遍照十方世界念仏
 衆生摂取不捨一心帰命
   南無阿弥陀佛 南無阿弥陀仏
 願以比功徳平等施一切同
 発菩提心往生南無阿弥陀佛
 阿字十方三千佛
 弥字一切諸菩薩
 陀字八万諸聖教
 皆是南無阿弥陀佛

  「ギイッツアン」を偲ぶ。

      「合掌」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「居久根(いぐね)」

2010-06-23 07:15:53 | いなか暮らし

 居久根(いぐね)と呼ばれる屋敷林は当地では杉が殆ど。
 かっては北風の寒さを防ぎ、萱葺き屋根を守り、加えて不意の出費に備えたものらしい。
 かって、金婚も間近の妻を我家に迎える婚礼費用は亡父が居久根の杉の木を売って費用に充てた。
 居久根の杉は財産として周囲に誇っていたが氏神様の近くの杉だけは神が宿って(?)いるので代々、その木だけは切らないから大木になる。写真 (右・左)
Cimg6702 Cimg6703  鎮守様の御神木にいたっては村一番の巨木となる。
写真(中)

Cimg6713  時代は替わって財産としての杉は価値がほぼ皆無となった。
 おまけに昨今は杉花粉の問題もあるが、この地に住む人は屋敷の杉の花粉をたっぷり浴びて育っているから杉花粉を敵視する人は少ないがとやかく言われる。

 かって夕暮れには夕焼けの空に向かって帰ったカラス。
 増え続けて住宅難なんだろう。夕焼けの空に向かわずに居久根の杉に巣をもつようになった。
 朝早くから鳴き声がうるさい位は我慢するが悪さが次第にエスカレート、孫達の楽しみの畑のイチゴを食い荒らし、収穫直前のトウモロコシを一足お先に失敬、犬の食器を隠す・・・・・
 少々の花火や爆竹には驚かない、記憶力抜群と言われるカラスの仕返しも怖い。

 財産としての価値が無くなった居久根の杉、悪さをするカラスの住み家となる杉、風の度に散らかる杉の葉も厄介、かくて居久根の杉は切り倒そうということになり、ここ数年、多くの居久根の杉は伐採されている。
 2,3日前から近所でクレーンを使って伐採が始まった。
Cimg6698

かって不意の出費に備えた居久根の杉は今は不意の出費となる。
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新聞少年

2010-06-21 06:15:45 | いなか暮らし

Cimg6585_2 日の長いこの時期、三郎堤の夕日が美しい。
しばらく更新を怠っていたら「どうしたの?」との問合せ。長いこと更新が止まった、言い訳その①農繁期に加えて公職にうつつ。 言い訳その②、2才になったばかりの孫がPCの周囲で悪さをする。その③ 実はこれが原因?・・好きな芋焼酎を飲りすぎて早めに寝てしまう。その繰返しのうちにブログ更新スイッチが切れてたらしい。

「新聞少年」
 朝、早めに眼が覚め、眠れぬままラジオを点けたら懐かしい歌が流れている。
   僕のアダナを知ってるかい
    朝刊太郎と云うんだぜ
   新聞配ってもう三月、雨や嵐にゃ慣れたけど
    やっぱり夜明けは眠たいなぁ

 山田太郎の軽快なこの歌、何年前の歌だろう。

 大分昔、我家の長男坊、小学校5年生頃だったと思う、先輩が中学校に上がると同時にやめた新聞配達を引き継いだ。
 いつまで続くか心配したが意外、毎朝きっちり出かける。
 雪の朝、仲良しの犬と配達に出かけると、犬も解かってか倅の前を走って深い雪に道をつけてくれる。
 2年ほど続けたと思う、泊りがけの学校行事以外は休むことなく良く頑張った。
その倅もいまでは会社で後輩の指導をする年齢。
 かってアメリカでは大統領の息子も一度は新聞配達を経験すると聞いたことがあるがオバマさんのご子息はどうだろう。
最近は新聞を配達する子供の姿が少ないように思うが・・・・

 表で車のドアーの閉める音がする。新聞少年ならぬ新聞おじさんが5時前には決まって新聞を配達してくれる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする