岩手の頑固親父

恵まれた自然、環境に暮す 老農のつぶやき、ぼやき

春を待ちながら・・・

2020-02-22 17:00:16 | いなか暮し

 2月17日 なんと、桜と前後して咲くはずの、”芝桜”が木陰で咲いた。
  さすがに花の色は淡い。
 一関で「ほらふき大会」があった。30年後の岩手、一関地方は、見渡す限りのパイナップル畑が広り、パイナップルの一大産地になっていると「大ほら吹き」した人が、優勝したらしいが、このまま、温暖化が進めば「ほらふき」でもないかもしれない。

 去年の秋に、ビニールハウスに蒔いたほうれん草は暮れごろから、冬場の緑野菜として重宝し、寒さを越して、甘みが強くなった寒締ほうれんそうは3月初めまでおいしい味が続く。
 収穫したほうれん草は、きっちり包装して、リュックに詰め込んで散歩がてらに知人、友人に届ける。
 長い冬を持て余した、お年寄りはお茶を出してくれる。
 お茶をいただきながら、しばらくは体の話、膝が、腰が、血圧が・・昔はよく働いたなーと続く。
 訪ねるお宅も、おばあちゃんの長生きが多い。
 「ご主人を早く亡くして・・」答えは決まって 
 「飲みすぎたから・・」と言っておばあちゃん方は陽気に笑う。
 そうして、世間話、孫の学校、今年の野菜は何を蒔こうか・・・・・。
 どこの家のお年寄りもニコニコ、幸せな余生なんだろう。

 日本中が貧しかったころ、世の中の不幸は、お金がないこと、お金さえあればすべて幸福になると考えていた。
 現代、十分ではないとはいえ、年金を支給されて、お年寄りのお小遣いもあり、病めば病院に気軽に行き、必要となれば介護も受けられる。
 ピカピカの乗用車で、孫の学校送り迎えするお年寄りも見受けられる。

 そんなお年寄りとの話が楽しく、今日もリュックにほうれん草を詰め込んで散歩に出かける。
 不順天候が続いているが春が近づいている。


  

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田舎に暮らす幸せ

2020-02-18 16:53:04 | いなか暮し

 春、柔らかな雪が降った翌日
  里山には小さな動物の足跡がいっぱい。
 狐、タヌキ、ウサギ・・・・はいいが、昨今は鹿もみかけるようになった。
 まもなく、イノシシも登場するらしい。

 地区内の古い石碑を見ると、少なくとも150年も前から行われていた古峰神社信仰
 ほとんどの家屋が、かやぶき屋根の時代、最も怖い火事、火除けの神様として長い間信仰されている。

 昭和、平成時代は地区内150戸ほどの家が参加して、年に5千円を積み立て、6年で3万円を積み立て、年に一回当番が、交代で栃木県の古峰神社に代参し「お札」を受けてくる。
 3万円の積立金があれば、お参りの後、近くの鬼怒川温泉に一泊してもいくらも不足しないが、時代とともに古峰神社に代参の後,善行寺や伊豆、さらには伊勢までも足を延ばすようになってきていた。
 それでも6年に一回の楽しみの旅行として夫婦の参加も増えていたが、平成に入って、長い歴史の古峰信仰、代参は若い人を中心に講の参加者も減って、平成28年、代参制度は解散した。

 翌年春、集落の集会で古峰神社代参の代わりに「お札」を取り寄せようと提案があり、募ったところ、講に入っていた全員が欲しいということになり、代参に代わって「お札」を送ってもらい、各家庭に配布していた。
 それから数年続けていたが、そろそろ、潮時と思い、この春は、注文を取らないでいたら、思いがけなく集落の若い年代から
 「今年は古峰神社のお札は頼めないんですか?」
 「いやいや、そんなことはないよ・・・」急遽、注文を取ったら、なんと今まで通りの申し込みがあった。
 かやぶき屋根の火の心配もないし、今ではめったに火災もなくなったが、守られているという安心感は若い世代も感じていたんだろう。
 「お札」が送られてきて、集会所に集合して「お札分け」をする。
 集会所の神棚、火を扱う炊事場に「お札」を祀り、集落内の独居高齢者には「火の用心」をしてもらうよう無料配布する。
 「お札」を分けた後、この先も集落に災難のないことを願って、直会(なおらい)、いろいろの世代が懇親、情報交換の場となる。
 鎮守さま、権現さまや神様を祀り、種々の地域の文化を守る。
 そんな田舎、地区、集落に住む幸せを感じる。

 

 

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本当は怖かった

2020-02-12 17:34:04 | いなか暮し

 立春を過ぎてから、一週間余り、寒さは連日-10℃前後の本格的な冬、
  ようやく全面凍結かと見守った三郎堤、
 僅かに残った水辺には白鳥や水鳥がいっぱい集まっていた。

 昔話、 現代とは違って冬の寒さは厳しく、厚く氷の張った盛岡の高松の池ではスケート国体さえも開かれた時代。
 三郎堤も厚い氷で覆われていたことだろう、春めいて雪融けの進む頃
 二つ上のガキ大将の発案で子供たち数人で三郎堤にスケートに行こうと言うことになった。
 少し恐い気もするが、ガキ大将に異議の申し立てはできない・・・・大人にも黙って出かけた。
  それでも、広い池は気分爽快だった。
 小さい子は追いつけないから、襟巻きを外して大きい子が引っ張って池を横断した。
 池の真ん中程についた頃、今まで聞いたことのない、低い気味の悪い音に一瞬立ち止まったが、そのあとは何も変わったことが無いので、みんなで対岸を目指した。
 岸に近づいたら、今まで滑った氷面に1センチ余りの割れ目ができて池を横断するように長く伸びて、水が染み出ている。
 あの不思議な気味の悪い音は、溶け始めた池の氷に割れ目が一気にできた音だったのだろう。
 あるいはスケート遊びの子供たちの振動も影響したのかもしれない。
 更に対岸の南向きの岸に登ろうとしたら岸辺の氷が解け始めて、ここも水が染み出ていた。
 「楽しかったなー」ガキ大将が言うから「うん」
 家に帰ってからも、大人にはその話はしない。
 「・・・ため池の氷が割れて数人の子供たちが・・・・」と考えたら、本当は怖かった。
 昭和30年代の出来事である。
 

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文化人

2020-02-08 14:32:14 | いなか暮し

 植物の不思議・・・・
  容器に水を入れただけ、里芋と人参の切れ端を入れておいたら、
           冬の間に青々に育った。里芋はもう20㌢ほどになった。

 我が地区にも、それぞれに趣味や特技を活かして活躍している方も多いと思う。
 地区内にお住まいで、活躍中の「文化人」の女性二人を知っている。
 Y子さんは書家として活躍中、持ち前の明るさで7?才の年令は感じられない。
 各所の書道展に入選、過日の岩手日報の「岩手の書家展、中堅作家展」にも出展されている。
 もう一人のR子さんも7?才にはなられた筈、農業しながら、日常を詩に読み
 花巻市民芸術祭 文芸部門の入選の常連、
 令和一年秋の出品作から
  優秀賞 「ヒリニモテゲ」
    夕べ夢を見た
     今は亡き父と母 そして14才上の兄がいた
     夢の中で ゆで玉子を作ろうとしていた
     場所は 実家の昔の台所 囲炉裏
     ところが一箱 全部の卵にヒビが入っていた
       
       最近 夫が 「ゆで玉子が食べたい」と言う
       だが 作っても作っても 殻が 上手くむけない
       そんな事があって 夢を見たのかも
    「卵全部に ヒビがはいってる・・・・」と私が言えば
      父の口癖
       「あー 良し良し」と笑っていた
       その時 兄がポツリと言った
       「ショウボーのヒリニモテゲ」
       「ヒリニモテゲ」
    そこで夢が切れた
    兄の言った言葉を考えた
    何と言ったのか
       ヒリニモテゲ ヒリニモテゲ
    分った ゆで玉子を作って、消防の集まりの日の
      「お昼に持って行け」
    兄は私に そう言ったのかも
    長年 地元の消防団に入って頑張っていた兄
    そんな姿を私はいつか心に留めていたのが
    兄が逝って五年
    久しぶりに無口だった兄の声を聞いた

  秋彼岸が目の前
  ダンゴを作って 姉たちと会いに行こう

 我が里には各方面で活躍されている方も多いと思うが、中々知る機会はない。
 是非、お話をお伺いしたいものである。

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「春、ぶったつ」

2020-02-03 09:32:53 | いなか暮し

  神様に供えられた大きな長芋、真っ直ぐ伸びて、長さは1㍍余、
 老妻は「ようやく好いものが採れた・・」、昨年の野菜つくりの、一等賞

 一年中で最も寒い立春の頃から、日ごとに日差しが明るくなり、暮れに降った大雪が根雪となっていたが、次第に溶けはじめ、雪だるまの形が崩れ、子供たちが、ソリやミニスキー遊びした雪山が溶ける。
 農家の人たちもどこかソワソワし始める。
 残った畑の雪を早く溶かそうと雪の下の黒い土をスコップで周囲の雪に振り撒く。
 雪融けの進んだ田んぼでは、一日も早く乾かそうと「根堰」と呼ばれる排水路を鍬で掘りはじめる姿も見える。
 庭のクロッカスの蕾も日ごとに大きくなる。
 そんな時期はいつもの年は2月末から3月始め。
 冬の長い農閑期が過ぎて、春の最初の仕事を始めることを、花巻周辺では「春、ぶったつ」という。

 雪が極端に少なく、暖か続きの、この冬、
 「春、ぶったっ」はいつもの年より、ずいぶんと早まりそうである。

 暖かで過ごしやすかったこの冬、三郎堤も全面凍結することは無かった。
 こんな冬は過去にもあった。平成5年、暖かな冬を過ごして、2月4日からの10日間、雫石で世界アルペンスキー世界大会の最中に、季節外れの大雨が降り、日程が大幅に狂い、春、花巻地方では咲いた桜に雪が積もった。
 あの年も三郎堤の全面凍結はなかった。

 夏、お盆の頃には夜、布団を被った。
 ・・・・秋、岩手は大冷害、作況指数が33と空前の不作、不足する米は輸入したり、翌年の種もみが不足し、急きょ石垣島での種もみ栽培など・・・・

 品種改良が進み、技術が大きく進歩した今、心配は無用・・・の筈。

 異常な暖かさで冬を楽に過ごした分、今年の「春、ぶったつ」は早い。
 ちなみに、秋、収穫作業が始めることは 「秋、ぶったつ」と言う。

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