岩手の頑固親父

恵まれた自然、環境に暮す 老農のつぶやき、ぼやき

節目

2023-09-30 17:07:20 | いなか暮し

 我が家の人気アイドル ラプラドール犬「しじみ」と散歩してきた孫が「夕焼けがきれいだよ」
 美しい日暮れだった。記録的な暑さの夏も「暑さ寒さも彼岸まで・・」
文字通り岩手の夏はピタリ、彼岸を過ぎて急激に涼しくなり9月の終わりには肌寒さも感じる朝も・・・。

 9月29日は私の父の79回忌 年は違って祖父の73回忌、同じ日に亡くなっています。
 戦時中に若くして亡くなった父を、祖母は「どうせなら戦死してくれれば恩給もらえたのに・・」と強がりを言っていましたが、その前年には父の弟が戦死しています「子供の命を食って長生きしてやる」と人前では決して涙を見せませんでした。
 9月29日に父が亡くなって一週後、私は満一歳の誕生日を迎えました。もちろん父を知りません。
 それからいろいろの事が山ほどありました、あちこちだいぶ痛んではきましたが、この度、無事に満80才を迎えることができました。
 私の生まれた昭和18年の平均寿命は戦争という事情もありましたが、まだ50才には届いていません。
 父は29歳で亡くなっているので、私は父の3倍近くもの長い間生き続けました。
 自分なりにまだ元気だと思っています。好きな山歩き、昨年から挑戦している「みちのく潮風トレイル」そして米つくり農業 この先も続けていきたいと思っています。・・・と、
 父、祖父と祖母のお墓に約束してきました。

 もうひとつの大きな節目があります。
 年寄りの愚痴、昔話等々 駄文のごみの山は今回を持ちまして1000通目のブログ投稿となりました。
 日頃、駄文にお付き合いいただいている皆様方に心より厚くお礼申し上げます。
 田舎で家族に手伝って貰いながら、米つくり農業を続けていますが年齢とともに取り巻く世界は極めて狭まり情報にも疎くなる一方です。
 記憶違いや同じことの繰り返し、思い違い、進む老化、日常の行動も大きな  と思うこともしばしばですがこの後も少ない情報を得て、古い昔話、変わる農村、ふるさとなど投稿を続けたいと思っております。

 駄文はもとより勘違い、危ないこと、誤り等々、多々あると存じます。
 どうぞご指摘、お叱りくださいまして 今後ともよろしくお付き合いのほど
  お願い申し上げます。

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「村の呪術師」

2023-09-19 15:06:00 | いなか暮し

 家の周囲には財産と防風の目的で杉が植えられ、山には松、お正月の門松用の松に限って誰の山でも自由に伐ることが許され、適度の間伐がなされて大きくなった松は建築資材として利用されていたが、いつごろからか建築に利用されることが少なくなり、やがて昭和の終わりごろからだろうかマツクイムシの被害を受けて大きな松も目に見えないような小さなマツクイムシに次々倒され我が里の多くの松が全滅した。
 マツクイムシに負けなかった松、わが里に一か所だけ、松を守るために大きな出費をしたと持ち主は話している、貴重な風景を残してくれたことに感謝している。

 「おばあちゃん、歯が痛いよ・・」今でこそ即、歯医者さんだが戦後すぐのころは少々の痛みは水で冷やして・・我慢「そのうちに治るから・・」
 おじいちゃんおばあちゃんに育てられた私は大切な一粒種、「歯を(いたみを)直しに行こう」近所のごく普通の農家のおじいさんは恐ろしく年老いたおじいさん、歯の痛みを除いてくれるという。
 私の口をのぞき込んで「ん、上は○○本、下は○○本だな・・痛いのはこれか」切った小さな障子紙に墨で上下の歯を書き入れて痛む歯は黒く塗りつぶす、その間にもおじいさんはおまじないか、口でぶつぶつ言っている。普段おしゃべりの付き添いのおばあちゃんも、しーん。やがて歯形を描いた紙を折りたたんで「痛い歯でこの紙を噛んでいるように・・・」治療は終わった。定かではないが治療代米1升ほど持参したように記憶している。
 おばあちゃんと家へ向かう帰り道、すこしずつ歯の痛みが薄れてくる。

 その頃、地方では「富山の薬売り」が家々を回り配置薬をおいて歩いた、次に来た時に使った分だけ後払い、という良い仕組みだった。
 そのころ字を読めたかどうかは不明だが配置薬の中に「ケロン」とか「ケロリン」という頭痛や歯痛に効く薬があることは知っていた。箪笥の上の薬箱を踏み台使って箱の中から「ケロン」を取り出し、こっそり飲んでからおばあちゃんと歯の痛みのおまじないに出かけたからその時間になって薬が効き始めたのだろう。おばあちゃんには内緒。
 もっとも薬ではなくおまじないが効いたのかもしれない。
 大事な孫が歯を痛がっているのに医者や薬ではなくおまじないに頼る、そんな懐かしい時代が、つい戦後まであった。
 村には、その頃まで家庭内の不和や夫婦の問題、結婚の相性判断してくれる人等々がいて、厄除けの神仏を拝んだり占う人がいた。
 地域には通称「いぼ神様」と呼ばれる神社、疱瘡神社がある。その昔の天然痘はそれは恐ろしい病気で感染力が強く全世界で多くの死者を出している。地域の人たちは天然痘に罹らないように疱瘡神社にお参りしたことだろう。いまだに地域の信仰は深い。
 迷信と片づけるには悔しい、昔人の純朴な気持ちが暖かい・・・

 

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秋まつり

2023-09-12 09:42:33 | いなか暮し

 コロナ禍をはさんで4年ぶりの「花巻まつり」(9月8~10)は大賑わいだった。
 中学生の孫は初日の神楽権現舞に参加した後の翌2日、3日目とお神輿に参加した。
 連日季節外れの30℃を超す暑さに体調を心配したが「肩は擦り剝けたけど、楽しかった」・・と。


 その昔の「花巻まつり」はお年寄りは「かぐづまつり」と呼んでいた、町名の里川口町の訛りだったろうか。
 両親に連れられて釜石線で花巻に向かう頃にはわくわく、御旅屋(おたびや)と呼ばれる広場が当時の祭りの中心、普段は鳥谷ヶ崎神社におわす神様が祭りの間だけ御旅屋にお出ましになる。
 御旅屋に向かう道沿いの両側は露店がいっぱい軒を連ねる、子供心にあれもこれもと、その都度両親に手を引かれて、まずは神様にお参り、その間にもにぎやかな呼び込みの声が気になる。
 御旅屋広場は大賑わい、サーカスやお化け屋敷、曲芸のテントもある、呼び込みのにぎやかな声に誘われて入ったお化け屋敷にがっかりしたり、綿あめを手にそれでも楽しい御旅屋の人込みを抜けて楽しみの食事、どこの食堂も超満員、有名どころは長い時間の空席待ち。
 人込みの御旅屋を避けた家族は当時の一番人気の映画、当時市内に3館あった映画館はどこも超満員、トイレに立つにも人混みかき分けて一苦労、封切りから1か月も過ぎた季節外れの怪談映画「四谷怪談」が人気。
 お祭り楽しんで帰りの終列車がまたまた大混雑、それでも楽しい楽しい「花巻まつり」でした。

 そして4年ぶりの今年の花巻まつり
    権現様が舞い、鹿が踊り、はやしにに合わせ踊る人々や
       絢爛豪華な風流山車と勇ましく粋盛んな神輿がイーハトーブの里を盛り上げ
       開町430年を越す歴史に また新たな一ページが刻まれる 
                             祭り実行委員会発行、まつり解説誌から

   方十里稗貫のみかも
              稲熟れてみ祭三日
                そらはれわたる   宮沢賢治

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