岩手の頑固親父

恵まれた自然、環境に暮す 老農のつぶやき、ぼやき

今年の風景 22

2022-12-29 16:07:57 | いなか暮し

 この夏、念願かなっての紀州旅行、美しいもの、美味しいものと沢山出会った。
 好きな古刹は勿論、白浜の夕暮れ、熊野川の美しい水の流れと河川敷の白い石・・なかでも大きな感動を受けたのは那智の滝 今年の風景」 落差133㍍は熊野灘から遠望できるという、そして毎日テーブルに並ぶマグロの料理、感動と美味しさ、ありがとうございました。


      美しい地球よ永遠に!
        満天の星が輝く宇宙よ!
        母なる太陽を慕いつつ
     今日も銀河空間を渡る美しい地球よ!
       地球は青い一顆の明珠・・・
        無量百千万億阿僧祇却∞
     美しい地球よ永遠に!

     Beautiful   Earth  Forever
       Space: a gleaming  skyful  of  stars!
                Brautiful  Earth : always  yearning  for  its  mother  sun

       today  again  traveling  the  Milky  Way!
     Blue  earth-a  smaii,  bright  jewel for  uncountable
   myriads  of  years;  immeaurabie,  unknowabie  infinities,
      Beautiful  Earth  forever!

             大本山  永平寺「道元禅師からのメッセージ」より

 来る令和5年2023年、コロナが終息し世界各地の争いがなくなり明るい1年になりますように。

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十大ニュース

2022-12-26 11:27:17 | いなか暮し

 昨今「つらら」を見かけることは少ない、花巻地方では「タロシ」という。「タロシ」が家の軒に長く下がると、子供はどうしても折りたくなる。
 茅葺屋根の「タロシ」を折っては年寄りに叱られた、タロシの下がる、根本の萱が傷むからだったろうと思う。昔々の話。

 年の瀬、せまって十大ニュースが話題、大きなニュースは凡そ予想通り、明るいニュースはやっぱり大谷翔平選手の大活躍、読売新聞は4位にランク。21年にはトップだから2年連続の十大ニュース入り、出身地の岩手の十大ニュースは当然大谷選手が今年ナンバーワン、2016、17,18,21年そして今年も、十大ニュース入りは、もう指定席。
 さて、地球の片隅の我が家の今年のニュースは? コロナと少々の老化もあって、めっきり好きな旅行にも出かけなくなった。
 それでも出かける隙は逃さない。6月末、現地は晴れ予報だったが、花巻は朝方激しい雨の中、念願の八戸、種差海岸へ向かった。
 よく晴れた種差海岸を10㎞ほど歩き通して気分爽快で帰宅 さて、シャワーと思ったら湯が出ない。
 レンジもテレビも‥点かない。なんと今朝出がけの雨は、雷を伴い我が家の門灯に落雷していた。
 門灯は軒に隠れて雷様からは見えないはずだが・・子供の頃言われた、「誰も見ていないと思って悪いことをすれば神様が見ている」あまり悪さはしていないつもりだが・・今年のビックリ大賞。
 7月末、広がるコロナの小康時期を狙って飲み仲間と高野山から紀州方面旅行を楽しんだ。
 どこも観光客が少ないから、ゆっくり、のんびり紀州の旅を楽しんだ、南紀白浜の夕暮れは素晴らしかった。
 8月には連日の雨、田んぼの稲の穂が出るころ、やきもきさせられた。8月の北日本の雨は平年比176% 日照に至っては平年の85%だったが、3年ぶりの花巻まつり頃から天候は回復、穏やかな収穫の秋を迎え、米の収量もまずまず。
 さほどのニュースもなかった我が家の1年、何もなかったことが一番、平穏な良い一年でした。
 来年は年齢の大きな節目、体力、気力とも緩やかに下り坂を進んでいるのは自覚している。願わくは程々の下り坂であってほしい、急な下りや崖はさけたいが・・・・

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「おつかれさんでした・・」

2022-12-21 10:32:05 | いなか暮し

夏、知人からパイナップルが届き、美味しくいただいた。
 「あの時のパイナップルがこんなに大きくなって・・」とパイナップルにツリーの飾りつけをしている。
 老妻は花や野菜、接ぎ木や種から伸ばし育てるのが楽しみ、翌日には見えなくなったから毎週楽しみに通う、通所介護施設に持参して自慢してるんだろう。

 内館牧子さんの本「老害の人」の新聞広告にどっきり!
 「昔話に長い説教、趣味の講釈、病気自慢に孫自慢 そうかと思えば無気力そしてクレーマー」
 私も孫自慢・・  物忘れ予防に長いこと日記をつけている、1年前と10年前の日記帳も並べて時折開いて昔を懐かしむ。
 ここ20年余りは山渓のアルパインカレンダーを愛用、装丁は同じだから並べて建てるには好都合。23年を迎える準備を始めた。
 10年前の日記帳・・・の12月30日 散歩がてら孫を保育園に迎えに行き、時折立ち寄る雑貨屋さんに寄った。
 孫があれこれ物色して、いつもよりいっぱい買ったと思う。その雑貨屋さんは村の中心部で昔から地域の大切なお店だったが近くにできた全国チェーンの雑貨屋さん(コンビニ)の影響もあってこの日が最後の営業日だった。
 買い物を抱えて、レジのお姉さんに行った孫に「このお店はね、みんなの大切なお店だったけど、今日で閉めるんだって・・・」
 レジを打ってたお姉さんに向かって、孫が大きな声で「おつかれさんでした」
 小さな子供にお礼を言われたお姉さん、思わず涙ぐんで「ありがとう」
 出口のドアーには「本日をもって閉店します。長い間の・・・」小さな張り紙がしてあった。
 優しい言葉をかけた孫、10年後の今、じいちゃんの背を追い越して178㌢の中学2年、優しい気持ちは今も変わらない。

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6:1

2022-12-15 15:52:59 | いなか暮し

 雪ももうすぐというのに木の枝先にはウメモドキや柿がいっぱい残っている
 いつも年なら鳥が群れを成して、食べあさるのに今年はあまり見かけない。今どきの子供は柿など目もくれないから、どこの家でもいっぱいの柿が実ったまま。鳥も食べ飽きたのか、それとも地球温暖化で小鳥が減ってしまったのか、、、?

 明治生まれの祖母は大の世話好きで、運勢判断や結婚運などよくやってた。訪ねてきた親せきや親類が「お見合いしたけど・・・?」、古びた、少し怪しい本を持ち出しは生まれ年、月など聞いてから、しばらく本をめくり「これは相性がとても良い・・」とか。
 相性が悪いと聞いたことはあまりなかったように記憶している。その祖母が「お前たちは皆さんのおかげで夫婦になれたんだから、生涯に2度以上の仲人をしなさい、世の人がみんな2回以上の仲人をすれば世の中の人がみんな幸せになる」
 振り返ってみれば、仲人2回、結婚式の司会5回ほどやってた勘定、仲人と言っても昔のように弁当背負って嫁さん探しではない、すでに「できた仲」のいわゆる頼まれ仲人、結婚式に盛装して、ひな壇に新郎新婦と座ってニコニコの役目。
 司会、進行役の方がむしろ大変だった、印象に残る司会役はもう40年ほどの昔、両親から頼まれての司会は「実は双方の家は宗教が違うので、いつものような神仏の前での式は困る、、」当時は大方が神仏の前で角隠しに文金高島田、紋付き袴で三々九度の盃が当然の時代、無宗教は初めての経験というホテルと種々打ち合わせて、当時珍しかった無宗教による人前結婚式とやらをやり、概ね好評を得た、のちにホテル側から「勉強させてもらいました」

 計7回の携わった結婚式、のちに一組は離婚してるから勝敗は6勝1敗、敗れた1組もその後、幸せに過ごしているから1敗というより取り直しかもしれない。
 「6勝1敗」、優勝ではなっかったが「準優勝」と自負している。

 「昭和に亡くなったおばあちゃん、言いつけ通りに、生涯に人のお世話もいっぱいしたよ・・・・・」

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お世話になった思い出の人々 2⃣

2022-12-10 13:55:19 | いなか暮し

 24節気 大雪(たいせつ)
     72候 熊 穴に籠る。           新暦12/12~12/15頃
  熊が穴に入り冬ごもりする頃 冬の間に、子を産み育てる雌もいるらしい。
 早々と新年を迎える準備は万端、神さま方の「お札(おふだ)」も届いて神棚も賑やかになる。

 50年ほどの昔、賑わった大阪・万博のころ京都の在の工場団地内の牧場で働いていた。
 牧場と言っても広い牧草地を持たない都市近郊型の牧場は乳牛3、40頭を飼い、近隣農家の稲わらと京都に多い豆腐屋から出る”オカラ”や、サンドイッチ屋のパン屑は餌として栄養豊富、大手スーパーの野菜屑、珍しくはタケノコの外皮を缶詰工場から餌として貰っていた。
 餌代が極端に安いから相当の儲けがあるように見えた。経理は総て奥さん任せで主人は一切口を出さないが、乳牛の資質を見極める目、牛の体調、餌の栄養バランスなど、特別学んだことはないと言うがすごい技術を持っていた。
 そんな主人も若いころは少々の悪だったようだ、夏でも脱がない下着の下には刺青が見えた。
 あまり広くない敷地20aほどは主人がお茶栽培農家に長年奉公し、退職するときに貰ったと言っていた。牧場は奥さんと二人で守り、当時小学生の可愛いらしい女の子3人と5人暮らし。
 大阪万博が始まり会場まで1時間弱、「見に行ってこい・・」と言われて、少々ためらっていたら古い車が嫌だと思ったらしく数日したら、ぴかぴかの新車が届き「試運転がてら万博を見に行って来い!」と言われた・・・。数年後に自分は帰郷、、その後もお付き合いは続き、我が家の子供たちも大きなお世話になった、3人の修学旅行先の京都ではその都度、小遣いを貰ったり、誕生日には高価なプレゼントが送られてきて、長女の成人式には和服一式をお祝いに頂戴したり。 
 後に牧場間近まで工場が進出したころ、折から土地ブームで地価は高騰、その土地は手放して、静岡の富士山が間近に望むところに広大な牧場を開いた。同時に大きな住宅も新築、主人は「これから3代に睨みが効く、大きなだるまの絵が欲しい」と言われ、私が遠野に住む知人に依頼して、大きなだるまの絵を描いて貰い、新築祝いに、絵を贈った。先年訪ねたときにもまだ達磨の絵は床の間で睨んでいた。
 娘さんたちの結婚式には3人の娘ごと3回、妻ともども招待を受けて毎回出席し、末の娘が結婚した時は北海道新婚旅行の帰り我が家にも立ち寄ってくれた。
 その末娘が後を継いで今は肉牛専門、7~800頭も飼っているらしい。

 主人は一線を退いてから近くの子供たちを集めて習字を教えていた事もあるが90才を超えて、今では自慢の風呂場の「浴槽から望む窓いっぱいの富士山」を眺めながら元気な奥さんとともに平和な余生。
 今年の年賀状の住所には、後を継いだ孫の名前と(株)〇〇と書かれていたから牧場は孫の代から法人化したらしい。
間もなく、でっかい牛肉がお歳暮で送られてくる、こちらからのお返しは、いつもの「ひとめぼれ」30㎏、
 50年もまえから大きなお世話になった、大きな思い出の一家である。 

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