前回は資本主義についての見解でしたが、今回はその対極にある社会主義について書いてみます。資本主義は歴史があって、そして定義があるのではないかとお伝えしましたが、社会主義は定義があってそして歴史があるように思われます。経済スタイルの違いは、特に社会主義は、国の政治思想に大きな影響を与えたことは確かです。
18世紀イギリスで産業革命が起こり、19世紀にはこれがヨーロッパへと拡大していきました。生産力は急激に上昇しましたが、19世紀の後半になると、資本家と労働者の格差の拡大が目立つようになります。不況、失業、貧困は資本主義の旧三悪とも呼ばれました。そこで、ドイツの経済学者カール・マルクス(1818~1883)は、当時の資本主義を国家独占資本主義と批判し、資本主義に代わる社会主義経済を提唱しました。
私有財産制を採用すると資本が集中したところに独占が生ずるので、私有財産制と利潤の追求をやめ、個人や企業ではなく、国や地方公共団体・協同組合などが生産手段を公有(社会的所有)することを主張し、資本家と労働者という階級対立をなくし、すべての人々を労働者とする平等な社会を作ろうとしました。マルクスは、資本主義社会を分析することで、これらの問題の解決法を見つけようとしたのです。マルクスは、あの有名な『資本論』を著わします。
『資本論』は、資本主義の崩壊を予言した点や剰余価値説を提唱した点などが特徴です。マルクスが生きた時代は、産業革命が起こって、それが拡散し、マルクスの生まれたドイツで同様の動きが起こりました。産業革命で大量生産が可能になり、社会全体は豊かになる一方、労働者が過酷な環境に置かれます。資本主義の名のもと、経営者が利益を追求するために労働者の賃金を抑制したり、雇用する代わりに安い機械を導入したりしていた時代です。
マルクス経済学で提唱された計画経済の考え方が、社会主義国家の誕生へとつながりました。マルクス経済学から誕生した最初の社会主義国家がソビエト連邦(ソ連)です。ソ連誕生以前は、皇帝が治めるロシア帝国が存在していました。1914年の第一次世界大戦勃発をきっかけに国民の不満が高まり、1917年の革命とともにロシア帝国は崩壊します。そして1922年には、4つの共和国からなるソ連が誕生しました。誕生後、社会主義経済を進め、一定の成果を挙げます。しかし、第二次世界大戦や米ソ冷戦を経て、ペレストロイカ(改革)路線を進めますが、遂に1991年にソ連は解体されました。
社会主義がうまくいかなかったとされる理由です。国が管理し指導した通りに経済活動を行うので、労働者が頑張って働いても賃金は上がらないし、効率よく仕事をしようと努力する必要もない。競争がないため、より良い商品を生み出そう技術改良を加えることもないというような問題が明らかになりました。実際、労働者の勤労意欲は減退し、生産性が低下して経済は停滞するようになります。さらには官僚主義による非能率的な国家運営が行われたり、一部の共産党幹部が富を独占してしまったりする事態にも陥ります。行き詰まったソ連は解体されますが、その後ロシアは急速に資本主義化し、今日では資本主義経済が導入されています。
ベトナム社会主義共和国やキューバ共和国のように、今も社会主義を掲げている国も一定数存在します。中国も、第二次大戦後の1949年、共産主義革命により誕生し、1970年代末から改革開放政策(経済改革・対外開放政策)に着手し、1990年代前半からは社会主義を維持しながら市場経済を導入するという「社会主義市場経済」を導入するようになります。現在の中国は国家独占資本主義ともいうべき資本主義国に変質しています。
ソ連の崩壊などをきっかけに、マルクス経済学は以前ほど重視されなくなりました。ある意味では、衰退したともいえるでしょう。ただし、マルクスが著した『資本論』は計画経済などを提唱するだけでなく、資本主義を分析した書物でもあるため、現在でも資本主義を語る際に引用され、大学の授業で取り上げられます。余談ですが、50年前私が大学生の頃、「マル経」と「近経」という言い回しがありました。マル経とはマルクス社会主義経済学、近経とは資本主義経済学(主にケインズ理論)を中心とする近代経済学のことをいい、共に経済学を学ぶ上で重要な講義でした。
資本主義の影響を受け、社会主義は変転しました。また社会主義の影響を受け、資本主義も変質しています。両主義の共通の目的は、人類の幸せ実現です。しかし、その偏った主義を尊重し過ぎると、人類の幸せ追及がないがしろにされ、歪が生じます。両極の主義を知った上で、改めて定義と歴史とその中で修正の必要を感じます。 ~次回に続く~
カール・マルクス
18世紀イギリスで産業革命が起こり、19世紀にはこれがヨーロッパへと拡大していきました。生産力は急激に上昇しましたが、19世紀の後半になると、資本家と労働者の格差の拡大が目立つようになります。不況、失業、貧困は資本主義の旧三悪とも呼ばれました。そこで、ドイツの経済学者カール・マルクス(1818~1883)は、当時の資本主義を国家独占資本主義と批判し、資本主義に代わる社会主義経済を提唱しました。
私有財産制を採用すると資本が集中したところに独占が生ずるので、私有財産制と利潤の追求をやめ、個人や企業ではなく、国や地方公共団体・協同組合などが生産手段を公有(社会的所有)することを主張し、資本家と労働者という階級対立をなくし、すべての人々を労働者とする平等な社会を作ろうとしました。マルクスは、資本主義社会を分析することで、これらの問題の解決法を見つけようとしたのです。マルクスは、あの有名な『資本論』を著わします。
『資本論』は、資本主義の崩壊を予言した点や剰余価値説を提唱した点などが特徴です。マルクスが生きた時代は、産業革命が起こって、それが拡散し、マルクスの生まれたドイツで同様の動きが起こりました。産業革命で大量生産が可能になり、社会全体は豊かになる一方、労働者が過酷な環境に置かれます。資本主義の名のもと、経営者が利益を追求するために労働者の賃金を抑制したり、雇用する代わりに安い機械を導入したりしていた時代です。
マルクス経済学で提唱された計画経済の考え方が、社会主義国家の誕生へとつながりました。マルクス経済学から誕生した最初の社会主義国家がソビエト連邦(ソ連)です。ソ連誕生以前は、皇帝が治めるロシア帝国が存在していました。1914年の第一次世界大戦勃発をきっかけに国民の不満が高まり、1917年の革命とともにロシア帝国は崩壊します。そして1922年には、4つの共和国からなるソ連が誕生しました。誕生後、社会主義経済を進め、一定の成果を挙げます。しかし、第二次世界大戦や米ソ冷戦を経て、ペレストロイカ(改革)路線を進めますが、遂に1991年にソ連は解体されました。
社会主義がうまくいかなかったとされる理由です。国が管理し指導した通りに経済活動を行うので、労働者が頑張って働いても賃金は上がらないし、効率よく仕事をしようと努力する必要もない。競争がないため、より良い商品を生み出そう技術改良を加えることもないというような問題が明らかになりました。実際、労働者の勤労意欲は減退し、生産性が低下して経済は停滞するようになります。さらには官僚主義による非能率的な国家運営が行われたり、一部の共産党幹部が富を独占してしまったりする事態にも陥ります。行き詰まったソ連は解体されますが、その後ロシアは急速に資本主義化し、今日では資本主義経済が導入されています。
ベトナム社会主義共和国やキューバ共和国のように、今も社会主義を掲げている国も一定数存在します。中国も、第二次大戦後の1949年、共産主義革命により誕生し、1970年代末から改革開放政策(経済改革・対外開放政策)に着手し、1990年代前半からは社会主義を維持しながら市場経済を導入するという「社会主義市場経済」を導入するようになります。現在の中国は国家独占資本主義ともいうべき資本主義国に変質しています。
ソ連の崩壊などをきっかけに、マルクス経済学は以前ほど重視されなくなりました。ある意味では、衰退したともいえるでしょう。ただし、マルクスが著した『資本論』は計画経済などを提唱するだけでなく、資本主義を分析した書物でもあるため、現在でも資本主義を語る際に引用され、大学の授業で取り上げられます。余談ですが、50年前私が大学生の頃、「マル経」と「近経」という言い回しがありました。マル経とはマルクス社会主義経済学、近経とは資本主義経済学(主にケインズ理論)を中心とする近代経済学のことをいい、共に経済学を学ぶ上で重要な講義でした。
資本主義の影響を受け、社会主義は変転しました。また社会主義の影響を受け、資本主義も変質しています。両主義の共通の目的は、人類の幸せ実現です。しかし、その偏った主義を尊重し過ぎると、人類の幸せ追及がないがしろにされ、歪が生じます。両極の主義を知った上で、改めて定義と歴史とその中で修正の必要を感じます。 ~次回に続く~





