梶哲日記

鉄鋼流通業会長の日々

浅草と私2

2009年08月22日 10時05分20秒 | Weblog
その東本願寺にあるお墓は、祖父の時代に購入したものです。それも宝くじが当たって、そのお金で取得したのだそうです。何ともご利益があると言うか、そんなお金で建てたと言うか、そんな由縁のお墓です。

以前ブログでも紹介しましたが、私の父方の祖父は石川県の出身で、親族一統北海道に移住しましたが、祖父と祖母だけで、また新たな生活の場を求め住み移ったのが東京です。

従って浅草のお墓には祖父以前の先祖はいませんが、17年前に亡くなった実父も当然一緒の墓です。一頃母親は「お爺ちゃんと父さんはお墓の中に居ないね、浅草を飲み歩いてる気がするね~」と言ってました。いい場所にお墓を建てたものです。

父がよく通っていた寿司屋さんが、言問通りにあります。父はわがまま勝手を言い、寿司を食べながら、ビフテキを頼むのです。近所のお店から出前を取るのです。

私が家内と結婚する時、互いの両親が初めて顔合わせをしたのも、その寿司屋さんの二階でした。今では先代も亡くなり、二代目、娘さんの婿さんが継いでいます。たまに私達も利用させてもらいますが、下町の風情が残るお店です。

浅草には老舗の食べもの屋さんも多いのですが、庶民的で、子供の頃家族でよく行ったのは吾妻橋ビヤーホールでした。昔はアサヒビールの工場が隣接していて産直のビールが飲めました。出されたおつまみの塩豆は、子供達が食べてしまうのですが、そんな素朴な味が懐かしさとして残っています。

最近私は、浅草には定期的に来るようになりました。二ヶ月に一回、天ぷらの大黒家さんの別館会議室で、或る先生(94歳)を囲む勉強会があるのです。浅草にその先生は住んではいませんが、浅草とは縁が深い方なのです。

私にとっては、先祖のお墓がある以上に浅草は特別なところです。東京は近年再開発で街全体が変貌してしまいますが、ここはあまり変わらない街であって欲しいものです。
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