風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

さようなら

2006-07-01 | 風屋日記
さて、「風屋日記」は明日からしばらくお休みすることにします。
いつまでお休みすることになるのか、私にもわかりません。
明後日にはまた再開しているかも知れないし、
1週間後、1ヶ月後かも知れません。
あるいは半永久的にお休みする可能性もないわけじゃない。

以前書きましたが、
「風屋日記」はイラクにおける3人の人質への世論に反論し、
自衛隊派遣を推す声に危機感を覚えて始めました。
それから1年と11ヶ月。
相変わらず世界中では子ども達がお腹をすかせ
女達は泣き叫び、男達は憂いの顔でうつむいています。
大国同士の利己的な利害に基づく同盟が強化され、
危険な食材が輸入取り引きされ、武器は輸出されています。
一体何が変わったというのでしょう。

憤る気持ち、大きなものへの疑問、心への語りかけを
絶えまなく持ち続けるにはエネルギーが必要です。
この1ヶ月、私のエネルギーは途切れがちとなり、
モチベーションが保てなくなって、
つい身近な風景と身の回りの話題に逃げてしまっていました。
自分がいくらここで訴えても何も変わらない無力感。
次から次へと報じられる悲しい、そして嫌なニュース。
高校時代に耽溺したアルベール・カミュの作品、
「シーシュポスの神話」さながらの不条理な世界。
これも以前書きましたが
芥川龍之介の遺書にある「何だか漠然とした不安」や
華厳の滝に身を投じた旧制一高生藤村操(旧制盛岡中学出身)
が書き残した「人生不可解なり」ということばが
最近身に沁みて感じられます。

書きたいことはまだまだたくさんあります。
日本の外交、憲法、基地問題や靖国問題。
アジアの貧しい子ども達、逃げまどう人々。
無為な争いと差別、そして殺戮。
でも少々疲れました。
目をそらして当たり障りのない記事も書きたくはない。
そういうことで少し休むことにしました。

再度エネルギーが湧いてくるかどうかは分かりませんが
目をそらさずにいられたら大丈夫でしょう。
これまでブログを続けて来れたのも
コメントを残して下さった方々からの心の支えや
1日平均300~400のpv数でした。
感謝をしつつ、ひとまずここで筆(キー?)を置きます。

最近知り合えた方々のことが気になりますが、
ずぶろっかさん、あちらの方は今までのペースでよろしく。
酔流亭さん、花まきさんはもちろんのこと、
ご自分のブログを持っておられる方々のところへは
時々お邪魔したく思いますので、
冷たくあしらわないで下さいませ(笑)

それではまた、いつの日かお目にかかれることを期待しつつ。
(高校野球結果やライブ告知などで復活しそうですが 笑)



  「さようなら」

 ぼくもういかなきゃなんない
 すぐいかなきゃなんない
 どこへいくのかわからないけど
 さくらなみきのしたをとおって
 おおどおりをしんごうでわたって
 いつもながめてるやまをめじるしに
 ひとりでいかなきゃなんない
 どうしてなのかしらないけど
 おかあさんごめんなさい
 おとうさんにやさしくしてあげて
 ぼくすききらいいわずになんでもたべる
 ほんもいまよりたくさんよむとおもう
 よるになったらほしをみる
 ひるはいろんなひととはなしをする
 そしてきっといちばんすきなものをみつける
 みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる
 だからとおくにいてもさびしくないよ
 ぼくもういかなきゃなんない

      (詩集『はだか』谷川俊太郎より)


コメント (22)
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