世界遺産と日本/世界の町並み w/IT

世界遺産と日本/世界の個性的な町並みをITを交えた筆致で紹介します。

大隅半島の括れた部分の西半分に位置する鹿屋には伏見稲荷で見る千本鳥居に加えてガラスの鳥居が不思議な光景を醸しています

2023-06-04 08:00:00 | 日本の町並み
 宮崎県の海岸沿いを南下してきた日南線の終点は鹿児島県にちょっと突き出た志布志で終点でしたが、かつては志布志から都城と国分に線路が伸びていました。今回は、この国分まで伸びていた大隅線の途中駅があった鹿屋を紹介します。鹿屋には古い町並みも残されているようですが、時間がなくて大隅線の遺構などしか紹介できません。再度訪問の時には改めて紹介しましょう。

 
 
 
 鹿屋市は、大隅半島の中央当たりの西半分を占め、東の志布志市と半島の中央あたりを二分しています。かつての大隅線の鹿屋駅があったのは、錦江湾からだいぶ東の内陸部で、市役所などがある市の中心部です。旧鹿屋駅のあったのは、この市役所の近くで、駅があったところには鹿屋市鉄道記念館が建てられ、かつての鹿屋駅の資料や大隅線を走っていたディーゼルカーが陳列されています。ただ、このディーゼルが乗るレ0ルはかつての大隅線の向きとは90度ずれています。

 
 
 市役所の横を抜けて、小高い山に上ってゆくと頂上付近に神徳稲荷があります。千本鳥居は京都の伏見稲荷が有名で、伏見稲荷には千本以上が立ち並んでいるそうですが、神徳稲荷にも千本鳥居が立っています。おそらく千本にはならないかもしれませんが、こちらには伏見にはない鳥居が立っています。それはガラスでできた鳥居で、境内の入り口と億都に二本がありました。千本鳥居の朱色が連なるこうけいも鮮やかできれいですが、ガラスの鳥居は異次元の物が立っているといった雰囲気で、他では見られない光景です。神社の境内でよく見かける絵馬を下げているところには、絵馬ならぬ絵狐がたくさんぶら下がっていました。

 
 
 
 この小山を反対側に降りると自衛隊の鹿屋基地があります。頻繁に飛行機が離着陸を繰り返し、吉があることを実感させます。この基地に隣接した北側には鹿屋航空基地記念館があります。実質的な軍隊である自衛隊は好きではありませんが、飛行機好きな筆者は飛行機を見に立ち寄りました。航空自衛隊でかつて使われていた飛行機が多数展示され、ゼロ戦も数少ない現存機が展示されています。中には南極基地から採取したものと思われる南極の石もあります。

 
 
 最大の見ものは第二次対戦で活躍した二式大艇で現存唯一だそうです。水陸両用機で、敗戦後にアメリカ軍が調査したところ、技術の優秀さに下をまいたといわれています。当時は川西航空機で製造されましたが、この会社は戦後に新明和工業となりUS-2とこれまた世界に類のない優秀な救難飛行艇を作っています。記念館にはUS-2の旧式機のUS-1が展示されていました。人殺しの道具の二式大艇が人助けの救難機US-2に発展したのは皮肉かもしれませんが、技術の平和利用そのものです。

 二式大艇の技術がよみがえったのが救難飛行艇のUS-2ですが、実はこの飛行機はPS-1という哨戒飛行艇ををもとに再設計したもので、残念ながらもとは人殺しの道具だったのです。PS-1は日本独自の哨戒艇だったのですが、米軍の哨戒機とインタフェースが合わな糸の理由で早々に退役してしまい、アメリカ製の高価な飛行艇を交わされることになりました。哨戒機というのは、潜水して隠密行動をする潜水艦を見つけて撃退するもので、潜水艦が発する音などを分析して位置を割り出し、潜水艦がどれというのまで特定できるそうです。このため、哨戒機には高性能のコンピュータが搭載され、まさに空飛ぶコンピュータセンタのようなものなのだそうです。人殺しの道具に使われると言ってコンピュータを排除はしないことと同様に、原爆に使われるといって原発を否定するのは非科学的と思うのですが。


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