世界遺産と日本/世界の町並み w/IT

世界遺産と日本/世界の個性的な町並みをITを交えた筆致で紹介します。

伊丹は空港以外にも古い町並みや野鳥のオアシスもあるマルチな町です

2006-05-28 14:32:51 | 日本の町並み
 城跡と道の駅のある静かな村里が白井でしたが、城跡と道の駅ならぬ空の駅(空港)があるのが伊丹です。伊丹空港は関西空港が開港するまでは国際線も乗り入れる関西の空の玄関でした。また、城跡はJR伊丹駅のすぐそばにある有岡城跡で、城跡には白井にも数多くあった井戸の遺構も残っています。

 伊丹市は、兵庫県の東の端に位置し、大阪府の豊中市などと接しています。大阪国際空港は、通称では伊丹空港と呼ばれていますが、実はターミナルビルは伊丹市のほか大阪府の豊中市、池田市にもまたがっています。滑走路の大部分が伊丹市に属していて面積的に大きいので伊丹空港と呼ばれるようです。伊丹空港と呼ばれていても、ターミナルビルへのアクセスは豊中市側からが一般的で、阪急の蛍池駅から10分おきに出るモノレールに乗ると5分で着きます。一方の、伊丹駅からは、滑走路の地下を横断するトンネルを抜けて走る路線バスで30分以上もかかり本数も少ないのです。内陸空港のための騒音問題で厳しい規制がありますが、滑走路の南東端まで容易に近寄ることができます。着陸するジャンボなどの迫力ある機体が間近に眺められるポイントとして、飛行機マニアには絶好の場所のようです。滑走路端のフェンスのそばに小さな空き地がありますが、集まる飛行機マニア目当てに、移動のホットドッグ屋が店を出していたのには驚きでした。

 一方の有岡城は戦国武将の荒木村重が伊丹氏を滅ぼし伊丹城を大改築したものですが、その後主君の信長に背いたため、攻め落とされ廃城となったものです。城跡には、崩れかかった石垣に城があったという痕跡を残していますが、ポルトガルの宣教師のルイス・フロイスが立派な城とたたえた偉大な城があったことはあまり知られていないようです。

 伊丹と聞くと空港やハイテク産業の工場などが建ち並ぶ工業地帯のイメージがありますが、江戸時代から続く造り酒屋や野鳥のオアシスとなっている昆陽池(こやいけ)など古い町並みや自然も残っています。伊丹の酒造りは江戸時代の最盛期には200銘柄を数え、江戸で消費されるお酒の一大供給地だったそうです。銘柄の一部は、他の地方に移転して、現在も生産が続いているものも多いそうですが、現在の伊丹には阪急とJRの駅に挟まれた石橋家や岡田家など旧商家の家並みが残る一郭に、3軒のお酒屋さんが酒造りの伝統を引き継いでいます。酒蔵や古い商家のある町並みを歩くと、近くに空港があることを忘れてしまいますが、離陸する飛行機のエンジン音が、空港の存在を思い出させてしまいます。

 伊丹市内には、京都と西宮を結ぶ西国街道が通り抜けています。名神高速道路が開通してからは、長距離の車の通行は減りましたが、相変わらず通行量の多い幹線道路の一つのようです。福知山線に沿って多くの工場群があり、その中にはモバイル通信の中心的役割の携帯電話の生産ラインを持ち、国内外に数多くの製品を出荷している工場もあるようです。西国街道、関西の代表的な空港、さらに人の動きに付いてゆく携帯電話と、伊丹は物や人の動きにかかわりが深い町のようです。

回廊状の谷を渡って上る長谷寺の回廊のそばには牡丹が咲き誇っています

2006-05-21 14:34:01 | 日本の町並み
 立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿が百合の花、という表現がありますが、百合の花を除いて、中国の花のイメージがしないでもありません。また、芍薬も牡丹も同じ牡丹科の花なので似ているんですね。牡丹の花の名所は首都圏でも上野や薬王院などがありますが、回廊のそばの牡丹の花が見事な長谷寺界隈を紹介します。今年は藤の花などは遅れて咲いたようですが、牡丹の開花はどうだったでしょうか。

 お寺の名称は長谷寺と書きますが地名のほうは桜井市初瀬(はせ)と表現が異なります。最寄り駅はお寺の名称を採って長谷寺で近鉄の大阪線にありますが、さほど頻繁には電車が停車しないようです。ただ、牡丹の咲くころには臨時停車の電車も増えるようです。大阪線の名古屋寄りに室生寺があり、長谷寺の牡丹のと室生寺の石楠花(しゃくなげ)をはしごで愛でることもできます。

 初瀬は6世紀雄略帝の頃に都の置かれた場所で、飛鳥や三輪山などからも近い距離にあり、停る電車が少ない割りに歴史の古い由緒のある地域なのです。長谷寺の開基は8世紀と言われていますから、都の方が古いことになります。桜井を出た近鉄大阪線は山の北斜面横切り初瀬川(大和川)を目の下に眺めながら進みます。長谷寺は、川を挟んで向かい側の山の南斜面に張り付いたように建っています。駅からの道は回廊状になった川の面まで降り、再び上ることになります。この登りが回廊になっていて、その回廊の両脇に牡丹が植えられています。

登りはけっこうきついのですが、舞台造りの本堂は眺めもよく、10mを超える本尊の十一面観音の巨大さにも圧倒されます。牡丹の頃は花につられて知らない間に本堂に着いてしまうかもしれません。ただ、本堂だけでなく、回廊の雰囲気もなかなか捨てがたい魅力があります。

 牡丹と聞いて思い出すものの一つが「唐獅子牡丹」かもしれません。獅子はもちろんライオンですが、江戸時代に唐獅子を描いた絵師たちはライオンなど見たこともない動物だったわけで、麒麟などと同じく想像上の動物に近かったのではないかと思います。むろん、お手本があったのでしょうが、想像力をたくましくして、個性的な獅子も描かれたのではないかと思います。ネットワークで世界中の情報が絵入りで瞬時にして手に入るようになった現在では、かえって想像力は低下しているのではないでしょうか。

散り敷いた桜も美しい静かな村、白井宿

2006-05-14 14:35:15 | 日本の町並み
 鯖街道の宿場町の熊川も、訪れる観光客が少ないのですが、北関東の群馬県にあり首都圏から近いわりに訪れる観光客が少なく静かな宿場町の白井宿があります。通りに水路があり、集落の一方の端に白井宿の標識があって、

他方の端に道の駅があるところも、熊川に似ています。通りは人通りも少なく静まりかえっていたのですが、それとは対照的に道の駅には農産物などを買う観光客が溢れていました。付近で採れた野菜やこんにゃくなどに人気が集まっていたようで、大きな水車も記念写真のバックに好適だったようです。
 白井は、上越線と吾妻線が分岐する渋川の北に隣接し、伊香保温泉などへの観光客を尻目にタクシーで15分程度の「八重桜祭り」などの時以外は観光客の少ない町、いえ町ではなく、北群馬郡子持村白井なのです。
 利根川と吾妻川との合流点の河岸段丘に城下町として発展し、近世に廃城になった後は沼田街道の宿場町として栄えたようです。城跡は白井宿の標識のある中心の通りから外れて、坂を10分ほど上った集落のはずれにあります。周りには、田んぼや畑が広がり、城跡の一郭だけに崩れかけた石垣が残っています。もちろん建物などは痕跡すら残っていなく、堀であったであろうくぼ地や草ぼうぼうの広場があるだけでした。

現在は農業を中心とするこじんまりとした集落ですが、15年ほど前に白井宿街並み再生事業として、かつての宿場町の雰囲気を残す町並みがよみがえったとのことです。中心となる通りに面して、白壁の土蔵や格子のある家が建ち並び、通りの中央には清らかな水が流れる掘割があります。そしてその掘割のそばには8個もの井戸が残っていてほとんどが現役で使えるようです。
 4月の下旬の八重桜祭りは、この用水路に沿って植えられた八重桜を愛でるお祭りのようで、写真で見るお祭りの様子では、かなり大勢の観光客が見物に訪れるようです。しかしながら、お祭り直後のゴールデンウィークにたずねた時には、散り敷いた花びらが祭りの残り香を漂わせているだけで、通りを通る観光客の姿もなく祭りの喧騒が想像できないほど静まりかえってっていました。

 お祭りというのは、写真やテレビでの中継など、その場にいなくても日本はおろか世界中のお祭りが自宅などで見ることができます。高速のインターネットの普及でテレビには放映されないようなローカルなお祭りの様子もライブ映像などで見ることが可能になっています。それでも、最近は現実のお祭りに出かける人も、むしろ増えているようにも思えます。お祭りの熱気というか、参加する楽しみのようなものは、現場にいないと味わえないようにも思えます。これからのネットワークはこの熱気をも伝えられるようになるのでしょうか、それともネットワークでお祭りの様子を知ったさらにたくさんの人々が、現実のお祭りに参加するようになるのでしょうか。

和気清麻呂のふるさと和気町には全国の藤の花が咲き誇っています

2006-05-09 14:36:38 | 日本の町並み
 例年はゴールデンウィーク前に満開となる藤の花も、菜の花と同様に今年は少し遅れているようです。この藤を全国から集めて一箇所で見ることができるのが和気(わけ)で、藤公園には総延長500mを超えるの藤棚に100種類に及ぶ藤が植えられています。
 和気は、岡山県の東南部、兵庫県に近い町で、JR山陽線の和気が最寄り駅となります。和気といっても馴染みが薄いかもしれませんが、奈良朝の時代にに活躍した官僚の和気清麻呂の名前はご存知の方も多いかもしれません。天皇の地位をも狙ったという道鏡を失脚に追い込んだ中心人物とされています。和気清麻呂を取り立てたのが「藤」原氏というのも妙な関連でしょうか。この和気清麻呂の生誕の地が和気町で、藤公園近くの芳嵐園内には彫刻家の朝倉文雄作の清麻呂像が建っています。この像は4mを超えるもので、近寄ってみるとなかなか迫力があります。
 藤公園は、駅から4kmと歩くには少し遠いのですが、藤の開花期には臨時のバスも運行されるようです。今年は開花が遅れているので、見物にはまだ間に合うのではないでしょうか。ただ、臨時のバスのほうは例年の開花期に合わせたのか、ゴールデンウィーク中のみのようでした。
 藤はつる性の植物で、この藤蔓を使った籠などが民芸品としてお土産やさんに並ぶことも多いのですが、実用品としての利用は減ってきました。このことが、山を荒らす遠因の一つなのだそうで、木に藤がからみつくと、日光をさえぎり光合成を妨げて木は弱ってしまうのだそうです。藤蔓の利用が減ったこてや、輸入材の利用で山林の手入れに人手が割けなくなり、過剰な藤が取り除けなくなった結果、藤の花が見事な山が増えているそうです。眺めていると美しく香りも良い藤の花ですが、単純に喜べないところがあるんですね。
 経済性のみを考えれば、身近な山林に人手をかけるよりも、安い材木を輸入して利用したほうがコストがかかりません。リサイクルの問題も同じように思えます。回収して再利用するよりも、新しい材料を使って生産するほうがコストがかからないことが多いために、リサイクルが進まないのですね。1~2年で買い替え需要があって大量の不用品を生む携帯電話も同じような状況でしょうか。現時点ではリサイクルのほうがコストがかかっていても、リサイクルに真剣に取り組まなければ、将来には資源枯渇という強烈なしっぺ返しを受けることになるのではないでしょうか。