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世界遺産と日本/世界の町並み w/IT

世界遺産と日本/世界の個性的な町並みをITを交えた筆致で紹介します。

ソンチャ半島には観光客でごった返すリンウン寺と木立の中にひっそりとたたずむドンディン博物館が隣接しています(ベトナム)

2025-08-24 08:00:00 | 世界の町並み
 前回はベトナム第3の都市のダナンの中心街を紹介しました。今回の2回目は、市街地の北東方向に突き出たソンチャ半島の付け根あたりにあるリンウン寺周辺を紹介します。

 
 
 ソンチャ半島はビルの林立するダナン市街地から少し離れて緑が豊かな場所で、半島の先端付近には5星のホテルも建っています。リンウン寺は、そんなソンチャ半島の南側の付け根、ダナンの市街地から続くビーチの延長線上にあります。お寺は、半島の海岸線を走る道路から、少し上った山の麓に建っています。リンウン寺の目玉は高さが67mもある巨大な観音像で、真っ白の虚像は湾を隔てたダナンのビーチからも海の上に見ることができます。日本の仏像の分類カテゴリーからすると聖観音のように見え、なかなか優美な姿をしています。

 
 
 
 
 リンウン寺は観光客も多く押し掛けるようですが、現役のお寺のようで、本堂の裏には道場のようなお堂があって、信者が読経をしながら堂々巡りをしていました。本堂には本尊の前に布袋像があるのは中国の影響のようです。七福神でいなじみの布袋ですが、遠い将来に出現するという弥勒菩薩の生まれ変わりという伝説が中国にあって、多くの信仰を集めているようです。悪評を言う人によると、布袋のモデルとなる僧侶が居て、この人物はホームレスだった乞食坊主に過ぎないといった節もあります。

 
リンウン寺の本堂の裏には、十二支の像が置かれていますが、このうち猿だけは像のほかに生きている猿が林の中に沢山います。目が合うと危険なので近づきませんでしたが。

 
 
 
 リンウン寺から海岸沿いの道を市街地の方に少し歩くとドンディン博物館があります。スマホで現在地を確認しながら歩かないと見落として通り過ぎそうな所です。表道路からわき道を少し上ったところにありますが、リンウン寺の喧騒とは真逆な、ほとんど人の気配の感じられないマイナーな博物館です。木造の古民家が山の斜面に数件経っていて、その中に陶器などが展示されています。取り立てて訪問する博物館でもなさそうですが、森の中でのんびりと深呼吸するのもいいかもしれません。

 布袋は弥勒物の生まれ変わりとのことですが、仏典によると弥勒物は釈迦の入滅後56億7千万年後に出現して人々を救うとの記述です。地球上に現在の人類の祖先のホモサピエンスが出現して25~40万年、ホモサピエンスの先祖にあたる人属が現れてからでも200万年ですから、人類の尺度では測る古都はできません。一方、国際的な時刻の標準にはセシュウム発信機を用いた原子時計が使われていて、理論上の誤差は1億年に1秒と言われていますから、弥勒仏の出現を元首時計で予測しても57秒ほどの誤差が出ることになります。その後、ストロンチュウム光格子時計が開発され、こちらは理論上の誤差が300億年に1秒との古都ですからこの時計を使えば0.2秒ほどの誤差に御アsまりそうですが、さて誰が確認するのでしょうか。

ベトナム第3の都市は日本からのアクセスはやや不便ですがコスパよくのんびりできるまちです(ベトナム)

2025-08-03 08:00:00 | 世界の町並み
 台湾の中央西海岸にあって良港として栄えた町が鹿港でした。しかし川の運んでくる土砂の堆積で、港としての機能が薄れ冷凍保存された古い町並みが観光客に受けて、このところは路地に観光客があふれていました。一方、ベトナム中部にあってウミノシルキロードの中継点として栄え、町並みが世界遺産五なっているホイアンも川の運ぶ土砂の堆積で良港の座を隣にダナンに奪われています。今回は、ベトナム第3の都市のダナンの中心部について紹介します。

 ダナンはベトナム中部の都市で、北にフエ、南にホイアンと世界遺産の2つの町の中間に位置します。これらの世界遺産の町へのゲートウェイのように思われますが、日本からの直行便は朝の一便のみで、あまり便利ではありません。そのせいなのか、ハノイでもホーチミンでも入国管理に1時間以上も待たされますが、ダナンでは30分くらいもあれば通過でき、空港も市の中心部から近いので到着してからは快適です。ハノイやホーチミンよりも遅れて開発が進んだせいでしょうか、ホテルの価格も2/3程度で済みます。

 
 ダナンの市街地は、空港とハン川都の挟まれた東西が2km、南北に6kmぐらいの細長いエリアで、北は海に、南は川に挟まれています。ハン川を挟んで東側には幅が1.5km程度で南北にホイアンまで続く海岸に面したリゾートエリアです。市街地には教会や博物館、美術館それにコン市場とハン市場などの間に、シティーホテルが建っています。

 
 日本人の団体客がたくさんいたのはダナン大聖堂で、フランス統治時代に建てられ、ゴシック様式のカソリック教会です。教会には珍しくピンク色に塗られ、写真映えするのか撮影の好位置には団体客であふれていました。

 博物館では、ダナン博物館が閉まっていてホーチミン博物館とチャム彫刻博物館の2か所に行きました。

 
 
 ホーチミン博物館は、ベトナムの他の都市でも見られるような戦争博物館の色彩が濃くて、ベトナムの近代史は支配していた国との戦争の歴史だったことが解ります。この博物館は、展示よりも館の裏手にある庭園が伸びやかで気持ちがよかった印象です。

 
 
 チャム彫刻博物館は、ダナンの南にある世界遺産のミーソン遺跡の出土品を中心に数多くの彫刻が展示されている博物館です。彫刻しか展示をしていない博物館ですが、見ごたえ十分でした。

 
 
 
 
 市街地とリゾートを隔てるハン川二かかる橋は4本あって、来たから2本目がドラゴン橋の名称がついている橋のアーチがドラゴンになっている橋です。、この橋のリゾート側の袂には、鯉が滝をさかのぼって龍になるという中国故事になぞられた彫刻があり、近くには愛の桟橋というのがあっておびただしい数の南京錠が掛けられていました。夕暮れになると、鯉から変身した龍が口から水を噴くのですが、観光客の尾根宛ては、ドラゴン橋のドラゴンです。こちらは、水だけでなく日を噴きます。橋は通行止めになり、これを見ようと多くの観光客が橋のたもとに集まります。船から見ることもできるようで、数多くの遊覧船が橋の上流、下流に集まってきます。

 
 
 このドラゴン橋を渡って東に行くとダナンのビーチリゾートに出ます。ホイアンまで延々と20km以上も続くビーチで、ホテルのプライベートビーチや地元っ子が多いビーチなど、ビーチによってカラーがあるようです。中央当たりに位置するミ^ケビーチに行ってみましたが、多くの観光客は日光浴の人が大部分で、波が荒くって波乗りには向いていても遊泳は無理そうでした。

 ベトナムの入国管理で時間がかかるのは、すべて係官が手動でチェックをしているため効率が悪いからです。日本では、パスポートのデータを読み取り、コンピュータの顔認証で行われ、短時間でゲート通過できますが、外国人に対しては手動なんでしょうね。顔認証が導入される前は、前もって指紋登録をすれば、専用ゲートを短時間で通れましたが、認識率がよくなくって、トラブルが多く、かえって時間がかかりました。シンガポールの入国管で理は、前もってネットで個人情報を登録したうえで、指紋登録をしますが、これも認識率が悪くって行列が渋滞しています。顔認証も指紋認証も映像そのものを記憶しているのではなく、特徴点を抽出して記憶してそうですが、指紋では特徴のない人が多いんでしょうか。

40年前の鹿港鎮の老街は人の気配の無かった街でしたが、今は観光客であふれていました(台湾)

2025-07-13 08:00:00 | 世界の町並み
 前回は台湾中部のお茶の産地の鹿谷を紹介しました。鹿谷は台中を起点に東の山に分け入りますが、同じ台中を起点に西南西に海の方に行くと同じように鹿で始まる鹿港(ルーカン)鎮があります。こちらはお茶の木はありませんが、清朝統治時代からの天然の良港でした。18~19世紀に全盛期を迎え台湾第2の都市となりましたが、河川の土砂の堆積で港の機能が失われ、鉄道駅も内陸にできて繁栄に終止符を打ちました。ただ、そのために古い町並みが冷凍保存にように残り、観光客で潤う町の一つになったようです。

 
 
 
 
 
 鹿港鎮は台中市と川を挟んで南の彰化県に属し、バスも台中駅からより彰化駅都の間が多いようです。およそ40年ほど前に、台中駅からバスに乗ったように思います。2度目の訪問は、本数は少ないのですが、台北からの直行バスもあり時間はかかりますが乗り換えなしで運んでくれて便利です。眠ったように人の気配がなく崩れかけたような町並みが面白くて昨年に再訪したところ、同じ町かと疑うくらい人であふれていて、少々がっかりしました。(上部の写真は40年前の街の様子)

 
 
 
 
 バス停は老街と呼ばれる古い町並みや天后宮などの中心街の北599mほどの運動場の所にあり、暑い時に行くと木陰のない道を歩くことになります。2度目の訪問の時には老街にあるホテルに泊まりましたが、これはあまりお勧めではありません。昼間にあれだけ人であふれていた町は、潮が引くように人がいなくなり、夕食を食べるレストランさえありません。台中や彰化に泊まって往復するのがよさそうです。(上部の写真は現在の街の様子で、なるべく人が映らないようにしたもの)

 
 
 天后宮は老街の北野外れにあって、400年の歴史があり最もsン系客の多い寺院の一つです。

 
 一方、文武廟は鴎外の南端で、武帝としては関帝が祀られています。

 
 文武廟の少し北西には龍山寺があり、17世紀の創建で台北にもある龍山寺などの中で最も保存状態の良い建物が残っています。

 
 これら仁建築に加えて、レトロな洋館が民俗文化博物館として残されています。台湾の名家の私邸として大正年間に建てられ、台北にある台湾総督府等とも似た外観です。内部は博物館で、服や生活用具などが展示されているようですが、時間外で入り損ねました。

 40年ほど前に鹿港鎮を訪れた時には、スマホなどはまだなく、ガイドブックの地図と磁針を頼りに迷路のような老街を散歩しました。京都とはくべ物にならない狭い道にオーバーツーリズム気味の観光客があふれていて、みんな申し合わせたようにスマホに操られて歩いています。おそらく、京都と同じで土産物屋などが潤うだけで、民家には太刀らないでくださいの表示のように住民は迷惑なだけのように思います。大部分の観光客は、スマホに導かれて町並みを通り抜けてお土産を買って帰っていくのでしょうか。地図を頼りの散歩では、町並みを注意深く観察しないと、すぐに迷ってしまうので、観察眼も養われ、町並みの観察も深くなりそうです。次の町並み散歩では、スマホを置いて歩いてみてはどうでしょう。

台中の山奥にある鹿谷は山の斜面がお茶の畑だらけで台湾茶を摘んでから製茶するまでの面白い体験ができます(台湾)

2025-06-22 08:00:00 | 世界の町並み
 江戸時代折茂前から安南焼きとして我が国のお茶文化の茶器として輸入されてきた野がハノイ郊外のバッチャン村で作られるバッチャン焼でした。日本で飲まれる緑茶も、中国で多く飲まれる烏龍茶も英国で発達した紅茶も原料はツバキ科の茶ノ木の葉っぱです。緑茶では、積んだ後すぐに熱処理をして発酵を止めますが、烏龍では少し発酵させ、紅茶では完全に発酵させるという発行の程度でお茶の味が変わります。特に烏龍茶では、発行の程度によって様々なお茶の種類があって、香りのよいものや味の良いものなどの特徴が出ます。香りのよい烏龍茶の代表格が台湾の高山で採れる凍頂烏龍茶で、台湾中央部の鹿谷では、この製造過程を体験させてくれる茶園があります。今回はこの鹿谷周辺を紹介します。

 
 鹿谷は台湾の台中からバスで1.5~2時間ほど東の山の中に分け入ったところで、近くには観光拠点の日月潭もあります。鹿谷の先には鶏頭自然教育区という公園があって路線バスは鶏頭まで行きますが、週末には多くの観光客が鶏頭に行くのでバスが混んで、途中下車の鹿谷に行くのも順番待ちで時間がかかります。

 
 
 
 バスの終点の鶏頭には自然教育区という広大な森林公園もありましたが、時間があまりなかったので、バス停近くの誘拐村と称するお土産屋街をぶらつきました。名前の由来はよう解りませんが、彼方此方に妖怪の人形が飾られていて、ファサードには巨大な天狗の面も張り付いています。この変一帯はお茶だけでなく長けの産地でもあるらしく、みんなが行列をして買っていたソフトクリームは竹炭抹茶そふとで、真っ黒と真っ緑のコントラストが妖怪府だったでしょうか。お昼にレストランで食べたメニューもタケノコづくしでした。

 
 
 
 さて、お茶づくり体験の方ですが、まずは、お店でお茶やこれからの手順の説明を受けて、裏の山にある茶畑に連れていかれます。日本茶と同様に新芽を選んで摘みましたが、あまりこだわらないようでした。ざるいっぱいになったところで、お店に戻り、摘んできた茶葉を天日干しします。これには時間がかかるので、前日などに摘んだ茶葉と差し替えて、製茶にかかります。手でもんで茶葉を丸めて棒状に仕立てていきます。けっこうな手間がかかります。もみ終わった茶葉は熱処理をして、後日日本まで送ってくれ、焼き物の里の絵付けの後に焼いて送ってくれるのと似ています。

 鹿谷では製茶体験のお店の近くの民宿に泊まりましたが、エレベータは無し、部屋のコンセントは1個だけ、当然礼ぞなどなし、朝食はサンドイッチのみというお粗末さで、台北で泊まったビジネスホテルの2倍近い料金でした。近くに宿泊施設が少なくて無競争状態のせいでしょうか。これならば、1.5倍の料金を払って鶏頭近くのプールまでついたリゾートホテルにした方がずっと良かったわけですが、当然この民宿はネットで申し込んでいるわけです。ネットが無くて、予約もFAXでやっていたころに比べて情報量は増えましたが、まだまだ受法不足や不当な書き込みでだまされたり、行ってみないと解らりません。ネットの情報は自由に書きもめるので当てになりませんから、それらの情報を基にした生成AIも当てにはならないと思います。

ハノイの市街地から川を挟んだバッチャン村には、面白い形の陶器博物館やバッチャン焼きの工房があって、半日くらいの散歩にいいところです(ベトナム)

2025-05-25 08:00:00 | 世界の町並み
 台北の近くで、滝の見物、トロッコ列車、温泉が楽しめ、商店街ではローカルフーズが売り物の食堂が軒を連ねているのが烏来でした。ローカルフーズは、その街でしか味わえなく、またその街の風土から生まれたものが多いようですが、ベトナムの反薄井周辺ではオバマ大統領も食べたというローカルフーズがあります。つけ麺の麺をビーフンに置き換え、漬け汁を酸っぱい味に変えたと思えばいいのですが、名前をブンチャーと言います。ハノイには、オバマさんが来店したという店もありますが、今回は焼き物の博物館でブンチャーが食べられるハノイ近郊のバッチャン村を紹介します。

 
 バッチャン村は、ハノイの中心街からノンホン川を渡った対岸にあって距離にして15kmほど、タクシーで行くと30~40分ですが、路線バスで行くとあちこちに寄り道をすることもあって1時間ほどかかります。このバスの起点は、ハノイ市街地の東寄りのロンビエンからで、20分毎と頻発をしていて、数十円と驚くほどの安さですし、座席が高い位置なのでタクシーより眺めが良いので時間があればお勧めです。特に、ノンホン川を渡るときに鉄道橋のロンビエン橋のトラス野眺めがきれいです。

 
 
 バッチャン村のバスの終点はバッチャン焼の店が立ち並ぶ商店街の近く折り返し点になっています。売店には大きいものから小ぶりのもの、高級品から日常使いの焼き物まで、幅広い種類の焼き物が売られています。中には、焼き物を作る体験教室のような場所もありました。日常使いの食器は派手さはありませんが、独特の味わい深い物が数多く売られていて、記念に買おうかなとも思いましたが、使っている土のせいか、肉厚で重いのが難点で、結局は買わずに帰りました。

 
 
 
 
 
、バス停から少し戻ると焼き物の博物館があります。焼き物のような外観の博物館で、バッチャン焼の行程の説明や、名品が展示されています。屋上に出ると、花がいっぱいで植物園の様相で、川の向こうにはハノイの市街地が眺められます。併設されているレストランは、思いのほか広くて、繁盛しています。村の中には観光客が気軽には居れるようなレストランを見かけませんでしたから、村を訪れる観光客を一手に引き受けているのかもしれません。ランチセットのメニューを食べましたが「、揚げ春巻きのようなものと、ハノイのローカルフーズとして有名なブンチャーの組み合わせでした。

 
 
 
 
 バス停から博物館とは逆のノンホン川の方に行くと、古い町並みの中にバッチャン焼の工房があります。かたどりされた器がうずたかく積まれ、焼く前に乾燥させられています。これらの工房を見学するツアーもあるのかもしれませんが、個人では軒先からのぞき見するといった感じです。

 バッチャン焼は、日本で茶の湯文化が起こった室町時代から江戸初期にかけて安南焼との名称で茶道具として輸入され珍重され模造品まで出たそうです。テレビで、骨董品の値打ちを判定する有名な番組がありますが、焼き物の分野では、多くの偽物が出品されて失笑を買っています。真贋判定をAIを使って行うためのアプリを調べてみると、意外とたくさんあるようですが、すべてブランド品の判定です。AIは本物の特徴を事前に学習して、鑑定ヒント照らし合わせることで判定しているのでしょう。しかしながら、骨董品は真作のお手本はないわけですから、この手法は使えません。当分の間は、骨董品の持つ特性を知って、多方面から判断できる鑑定士の地位は揺るがないのではないでしょうか。

烏来瀑布は迫力に欠けますが、烏来はたタイヤル族の郷土料理を食べ温泉につかり、おとぎ列車のようなトロッコ列車に乗れる台北近郊の遊園地のような場所です(台湾)

2025-04-27 08:00:00 | 世界の町並み
 前々回はベトナムの前回はラオスの滝を紹介しましたが、今回は台北から近い烏来の滝を紹介します。

 
 烏来は台北の南30kmほどの山の中にあり、台北から路線バスは一系統だけが運行されていて、およそ90分と距離の割には時間がかかります。このバスは烏来の観光拠点からは少し離れたバスターミナルに着きます。そこから烏来老街と呼ばれる商店街などを通り抜け南勢渓を端で渡ると、橋の突き当りに烏来観光台車の入口の看板が目に入ります。かなりきつい石段を登ったところが観光トロッコ列車の駅で滝のあるガタピシとトロッコに揺られて行くことになります。

 
 
 
 このトロッコ電車は、総延長が1.5kmで遊園地にあるおとぎ電車のような形をして、軌間もも同じくらいに思えますが、速度も意外と出して通常の公共輸送機関の様相です。列車は一方向の運転を想定した旁なので、療法の終点にはループ線があって、180度の方向転換ができます。瀑布駅の方は、終点が地数いたと思ったらいきなりトンネルに入って、出てくると180度方向が入れ替わっていました。かなり多くの編成があって、カラフルな塗装がされていますが、好みの色の編成に乗れるかは運次第です。

 
 さて、烏来瀑布ですが、トロッコ電車の終点の駅の対岸にあって、高さは82m、一筋の流れが落ちてくるだけで、さほどの迫力はありませんが、とりあえず烏来の観光名所の一つになっているようです。瀑布駅の近くにはロープウェイの駅があって雲仙楽園(どこかで聞いたような地名ですが)というところに上れるようですが、上ってもさほどの眺望は望めそうになかったのでパスをしました。

 
 
 
 
 バスを降りて通り抜けた商店街ですが、生鮮食料品店などに交じって先住民族のタイヤル族の伝統料理が味わえる食堂が軒を連ねています。野菜を中心にしたメニューだったように思いますが、竹ずつに具入りのお米を入れて蒸した(粽の川が葉ではなく竹になった)ものが、もちもち食感で美味しかったです。食堂などに交じって、温泉もたくさんあって、台北から近い温泉街の一つになっているようです。日本の温泉は、裸で男女別に入浴する形が一般的ですが、この方式は台湾ではマイナーで、通常は水着を着て男女混浴というのが一般的のようです。烏来では、どちらの形式もありましたが、水着を持っていくのを忘れない方が、選択の幅が広いかもしれません。

 かつて西武の多摩湖駅からユネスコ村までおとぎ電車が走っていて、1984年に新交通システムへの変更までは軌間762mmの蓄電池電車が走っていました。おとぎ電車とは呼ばれていますが、西武鉄道の支線として地方鉄道法に基ずく立派な地方鉄道線で公共交通機関の一翼を担ったものでした。軌間が752mmの軽便鉄道は、20世紀の初頭に最盛期を迎えたようですが、旅客用として現存するのは3路線のミニなったそうです。コンピュータによって制御される新幹線は大量輸送には適しているかもしれませんが、人間臭いゆっくりズムの軽便鉄道は捨てがたい魅力があるように思います。

海のない内陸国のラオスでは、クアンシーの滝は、滝を見るだけでなく、森林の中のトレッキングに加えて、天然のプールで水泳もできるマルチな場所です(ラオス)

2025-03-30 08:00:00 | 世界の町並み
 ハノイから半日以上をかけて行くバンゾックの滝は、ベトナム人が自慢するほどは雄大ではありませんでしたが、周辺の自然が楽しめるなど、わざわざ行くだけの価値がありました。中国南部からインドシナ半島にかけては、カルスト地形が広がっているせいか、鍾乳洞が数多くあるようで、バンゾックの滝の近くにもかなり大きな鍾乳洞がありました。また、バンゾックの滝も鍾乳石の間から水が流れて、棚田状の水たまりを形作っていました。ラオスの滝は、南部のメコン川にかかる滝が雄大な幅で見る人を圧倒させますが、北部のルアンパバーンの郊外にあるクアンシーの滝は、さほどの規模はありませんが、周りの自然も素晴らしく、典型的な石灰棚状の流れも見事です。今回は、このクワンシーの滝の周辺を紹介します。

 
 クワンシーの滝は、世界遺産のルアンパバーン市街地から30kmほど離れていて、アクセスは意外と大変です。ラオスは公共輸送機関が未発達で、タクシーもトゥクトゥクと呼ばれる三輪を改造したようなもので、料金は交渉ごとになります。ツアーもありますが、ラオスの物価からすると高額です。そこで、筆者は送迎だけをやってくれる乗合バンで行きました。写真のようなバンですが、とにかく乗れるだけ乗せるので、かなり窮屈です。市街地から滝のチケットゲートまで1時間ほどかかりますが、途中でお客を拾っていくので、思いのほか時間がかかります。

 
 
 
 
 
 チケットゲートから滝までは歩いて15~20分ほどで、森林の中のトレッキングコースになっています。途中には絶滅危惧種の月の輪グマの保護施設や水浴場もあって、多くの人が遊んでいます。この水浴場は滝の下流で、数多くの石灰棚があって、上段の石灰棚から飛び込む人もいます。世界遺産のクロアチアのプリとビッチにも多くの石灰棚がありましたが、こちらは熱帯では無いためか、水浴という雰囲気ではありませんでした。一方、トルコのパムッカレも石灰棚で有名ですが、こちらは段々畑の浅井プールのようで足を漬けるくらいの深さで水浴といった感じはなさそうです。石灰棚の上には、遺蹟の沈んでいる天然温泉があり、こちらは露天風呂気分の観光客であふれていましたが。

 
 
 石灰棚の流れをさかのぼっていくと突き当りがクワンシーの滝です。ラオス南部のメコン川にかかる滝や、ベトナムの中国国境にあるバンゾックの滝などと比べると規模は小さくて、ふるさとの神戸にある布引の滝ぐらいかなといった感じです。これだけの滝なのですが、観光客には人気があるようで、トレッキングと水浴のできる自然公園としての性格で人々を引き付けているのでしょう。

 パムッカレの天然露天温泉は炭酸カルシュウム温泉だと思いますが、現在の日本の温泉分類学上は重炭酸土類泉おいうカテゴリーなのだそうです。炭酸泉の多くは炭酸ナトリウム泉で、あちこちに鍾乳洞がある我が国にしては炭酸カルシュウムの温泉は少ないようです。なぜか、わが国ではナトリウム系の温泉が多くアルカリ性の温泉が目立ちますが、逆に賛成の温泉というと硫酸や塩酸イオンを含む温泉で、最近は草津温泉に人気があるようです。これらの賛成温泉では、大気中に酸性のミストを放出するために、草津温泉では電化製品は回路がさびて数年で使えなくなるそうです。スマホやパソコンはどうなんでしょうかね。

初めてのベトナム旅行には勧められませんが、滝や洞窟、それに田舎と自然を満喫するツアーは、ハノイやホーチミンなどの都会に飽き足らない方々にお勧めです(ベトナム)

2025-03-02 08:00:00 | 世界の町並み
 ハノイから2泊3日のツアーの3回目で今回は最終日のバーベ湖からハノイに戻るまでの様子を紹介します。

 
 
 2泊目のホームステイはホテル並みでしたが、昨夜のバーベキューの会場を部屋の前から見下ろすと写真のような感じです。朝食は、庭ではなく写真右手の吹き抜けの部屋でした。ホテル並みは部屋だけではなく、母屋と道路を挟んだ湖畔にはプールもあります。訪れたのは10月で、標高もほどほどの所で、暑いとは決して言えませんでしたが、朝から泳いでいる人を見かけたのには驚きでした。

 
 
 
 
 

 午前中は、ホテルの前から船に乗ってバーベ湖を巡ります。ベトナムでは、人造湖でバーベ湖より広い湖があるようですが、自然の湖では最大で、南北が8kmほどもあります。周りは石灰岩の山に囲まれ、火口湖を広くしたようで、すり鉢の底に居るような感じがします。船は湖の北岸まで行って、上陸してベトナムの典型的な農村風景の中をトレッキングします。家畜がい居たり、バナナが成っていたりします。ベトナムでは、お米は年に3階も収穫されるそうでが、広がっている田んぼは、日本のように整然とした感じは受けません。

 
 
 
 
 
 トレッキングが終わると、再び船にのり東に向かい、中国の桂林を思わせるカルスト地形で、ツボを伏せたような山々が現れて行き止まりのような状態になります。やがて船は、石灰岩でできた山に、ぽっかりと口を開けて洞窟に入っていきます。バーベ湖に流入する川の一つがブオン洞窟で、川は洞窟の中を通り抜けて流れています。同じベトナムの、ハノイの南にある世界遺産のチャンアンと同じような光景です。チャンアンと違うところは、こちらではフナから上陸して洞窟の中を歩けるところです。まだ観光客が多くないのか、内部の灯りが乏しいので、懐中電灯は必携です。

 
 
 船で元来たところまで引き返して、昨夜に泊まったホームステイで昼食です。昨夜の夕食ほどではありませんでしたが、内容もボリュームもたくさんで、今回のツアーでは食事では不足することはありませんでした。昼食が終わると、船でマイクロバスが待つ対岸に渡り、200kmほどをひた走ってハノイに戻ります。ハノイへの途中で、道路の蕎麦にある茶畑を見学します。暑い国なので紅茶なのかと思ったら、緑茶かウーロン茶の洋でした。ハノイのホテルに戻ると8時ころで、昼食がたっぷりだったのと、出かけるのも億劫なので、ハノイの途中に寄った休憩地点で買った粽のようで甘い食べ物で済ませました。

 バーベ湖には古い言い伝えがあって、村に3人の家族が居て、その中のおばあさんはみすぼらしくて、村人の誰もが相手にしませんでした。優しい親子はおばあさんを大切にしていましたが、ある時、このおばあさんが「このあたりに大雨が降る」と警告をししましたが、村人は誰も信じず、親子だけが船を作りました。やがて、本当に大雨が降って村は水没し、親子は溺死を免れ、降った雨が溜まったのがバーベ湖とのことです。この話は、どこかノアの箱舟に似ているようです。日本でも同じようアンぬかし話が、遠く離れた各地に存在しますが、中近東とベトナムではずいぶんと離れています。ネットワークで瞬時に情報が伝わる社期とは違って、人の往来

ベトナム人は世界で4番目の滝と自慢するバンゾックの滝ですが規模はさほどではなく周りの自然が雄大です(ベトナム)

2025-02-16 08:00:00 | 世界の町並み
順番からだと本来は今回は世界遺産の紹介ですが、ハノイから2泊3日のツアーの続きを紹介します。今回は2日目で、ツアーの目玉のバンゾック滝を訪問します。

 
 
 
 
 ホームステイのあるところは、周りは田畑ばかりで、夜が明けると朝もやなのか何かを燃やす煙の奥に特徴的な山容の山々が迫りその後ろから朝日が上ってきます。簡単な朝食の後は、村内をトレッキングします。牛、豚それに鶏と主だった家畜がそろっています。トウモロコシの収穫時期だったのか、道路の上にも無造作に干されています。

 
 
 

 村を一回りしてから出発です。バンゾックの滝に行く前にグオムガオ洞窟に行きます。このあたりのや特徴的な山の形から、この周辺は中国南部から続くカルスト地形で鍾乳洞も多いのでしょう。ベトナム中部の世界遺産フォンニャ洞窟ほどではありませんが、なかなか大きくて綺麗な鍾乳洞です。20世紀初頭に発見され観光客が入れるのは全体の半分以下のようで、まだまだ手つかずに近い場所の一つです。中江の由来は、洞窟に住んでいた虎の鳴き声という言い伝えもありますが、中を流れる水の反響音との説が有力です。

 

 
 
 洞窟からしばらく走るとバンゾックの滝の入り口で、駐車場から滝まではちょっと歩かなければならないので、有料のロバで連れて行ってくれるサービスもあるようです。バンゾックの滝は、世界で4番目というのは、ちょっと置いといて、ベトナムでは最大の滝で、落差が50m、滝の端から端までは300mほどあるそうです。筆者が訪れた時は、乾季が始まったころで、滝の姿は優雅といったふうですが、雨季の頃は豪快な姿を見せるようです。滝に向かって右端の滝が最も広く、滝の右側は中国領で、中国側からも観光筏がやってきます。国境は川の中心線のようです。左側には落差や幅の異なるいくつもの滝があって、木々の緑の中からわいてくるような感じです。クロアチアの世界遺産プリトビチェの小さな滝の群れにも似ているようです。プリトビチェもカルスト台地を流れ落ちる滝なので似ているのかもしれません。

 
 
 
 滝を後にして、元来た道を少し戻り、顔版の町を通り抜けて、峠道を上ってちょっと遅い昼食です。峠を下るとバーベ湖のほとりに着きます。このあたりのリゾートのようで、昨夜泊まった田舎とは雰囲気が違います。今晩のホームステイは、バーベ湖を船で渡った対岸で、湖畔の宿といった感じ、ホームステイといっても立派なホテルです。天井の高い部屋は開放感がありましたが、この日も水のトラブルです。お湯がちょっと出てもすぐに水になってしまいます。部屋にはバスタブがありましたが、階下の部屋にあるシャワーで我慢です。夕食は、中庭で火を囲んでバーベキューです。

 カルスト地形の天然水はカルシュウム分の多い硬水だと思いますが、日本の水道水も天然水はほとんどが軟水です。一方、ヨーロッパなどのミネラルウォータは硬水で、日本のミネラルウォータは彼らの基準からはミネラルとは呼べないようです。イギリスでは地方によって水道水の硬度が違うようで、ロンドンでは水道の蛇口にカルシュウムがこびりついて困ります。紅茶の味は水の硬度に影響を受けるため、水道水の硬度に合った紅茶がその土地で売られているのだそうです。硬度はコンピュータで簡単に測れるのかと思って調べましたが、表示がディジタル化されていても、試薬が必要なようです。味覚のセンサーが難しいように、すべての面でコンピュータで置き換えというのはまだ先のようです。

ハノイからマイクロバスに乗って2泊3日で廻るツアーは、都会の喧騒からは程遠い田舎の雰囲気を味わえるものでした(ベトナム)

2025-02-02 08:00:00 | 世界の町並み
 ラオスの最南端のカンボジア国境近くにメコン川の川幅いっぱいに流れ落ちる滝がコーン滝でした。基地となるパークセーからもかなりの距離があって足の便が悪いのが難点でしたが見ごたえがありました。一方、ベトナムの北部の中国国境に、ベトナム人が主張する世界四大瀑布の一つがあります。こちらも、首都ハノイから半日かけて車を走らせるベトナムでも編境地にあり、個人旅行で公共輸送機関を使っていくのは、かなりの無理があります。筆者は、ハノイから出発して2泊3日でベトナム北部を周回するツアーに参加して訪問しました。世界遺産の紹介は1回休みにして、今回から3回に分けて1日単位で紹介していきます。

 
 初日は、ハノイを早朝に出発して北東にひた走り、ランソンという町で、向きを北西に変えて中国国境近くで中国貿易の拠点となっているドンダンを通りカオバンという町の郊外にあるホームステイで泊まります。ツアーは英語のガイドと運転手が付き、ツアー会社が所有するマイクロバスで廻ります。参加したのは筆者を含めて13人で、日本人は我々だけでした。

 
 
 
 
 一日が移動だけではつまらないので、移動の途中に下車をします。午前中はチーランという所で降りて、農村の風景や古戦場跡をトレッキングしました。ランソンより手前のチーランは、かつて隣国の中国が攻めてきた時の防衛ラインだったそうです。現在はコンクリート製のゲートと記念碑がひっそりと建っているだけ。周りは伸びやかな畑などが広がって、かつてここで戦いが繰り広げられたことは想像しにくい景色です。道路の周りには果物や野菜が実り、周りの山々はカルスト地形なのでしょうか、縦に長い楕円形で連なっています。道路と並行する線路には、兵隊に代わって、中国から直通で乗り入れてくる貨物列車が通り抜けていきます。この列車はハノイ近郊まで直行するのですが、中国の列車のゲージは1435mmでベトナムはメーター・ゲージです。そのため、この区間は3本のレールが敷かれてあります。


 
 ランソンを通り抜けて、ベトナム鉄道の終点で中国と接するドンダンで昼食です。4~6人ずつが一つのテーブルで大皿料理をつつきあいますが、とにかく盛りだくさんで、おなか一杯になります。基本的にはお箸で食べますが、西欧から来た人たちの中内は器用に使う人やぎこちない人など、唯一の橋文化の筆者は橋の使い方を教えてあげました。

 
 
 昼食の場所から近くにあったMother's Templeで下車します。仏教と聖母リューハンをお祭りする寺院で、リューハンお言うのはベトナム人が崇拝する女神の一人だそうです。現役の寺院らしく、線香が香り、花が飾られて多くの参詣者が訪れていました。リューハンは行程の娘で、あちこちを旅して民を助けたそうで、ある時この地に来て廃寺で会った寺を修復して現在のような塔のある寺院としたとの言い伝えです。

 
 
 
 およそ400kmを走って、夕方になり、カオバンの手前のホムステイに到着します。周りは畑が広がって、陣かはまばらな田舎です。ただ、ホームステイといっても、コテッジ風の部屋が3棟あって、宿泊に必要なものはそろています。夏の間は蚊が多いのでしょうか、ベッドの上には束ねられた蚊帳がつるされていました。ただ、訪れたのは10月下旬で、ハノイと比べてずいぶんと涼しいというより、朝晩は肌寒いくらいで、蚊は飛んでいなかったでしょう。母屋で食べた夕食は、昼食同様に盛りだくさんでした。

 ホームステイでは3棟あるコテッジのうち2棟で夜中から水が出なくなってしまい困りました。状況を伝えるにも、英語ではあまり伝わりません。こんな時に重宝するのがグーグル翻訳で、時間がかかりまどろっこしさはありますが、何とか会話にはなり、困った状況を伝えることができます。ただ、ベトナム語は、ホストにあるヴォキャブラリが小さいのか、かなりの頻度で誤訳らしき状況になります。相手から、論理的にありえない答えが返ってくるからです。こちらのメッセージが誤訳されたのか、相手の言葉が誤認もしくは誤訳されたようです。街中でも自動翻訳は頻繁に使うし、タクシーの代わりに使うGRABもスマホが無いと使えません。今やスマホが無いと個人旅行は難しいご時世になりましたが、スマホに頼りすぎて、第六感は衰えたようにも感じます。