因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

演劇ユニットRing-Bong 第9回公演『みえないランドセル』 

2021-05-19 | 舞台
*山谷典子作 藤井ごう演出 公式サイトはこちら こまばアゴラ劇場 5月23日終了(1,2,3) 
 今年1月の公演が2度めの緊急事態宣言の発令によって延期となり、満を持して5月の上演が決まったものの、3度めの宣言が延長。しかし東京都が無観客上演の要請を解いたことによって予定通り上演の運びとなった。ここに至るまでの関係者の心労はいかばかりかと察するが、公演の実現を客席から祝福したい。
 
 観客は1階のロビーから外階段を上って劇場に入り、退場は舞台上手の階段を使う。つまり観客が近距離ですれ違わないよう、動きを一方向に限定するなど、検温や手指消毒はもちろんのこと、きめ細やかな感染対策が行われている。

 東京都内の小さなパン屋「パンの家」は、心優しい店主と明るく元気なスタッフ、何よりおいしいパンが評判の店だ。店の奥にはアパートがあり、かつて店でバイトをしていた高梨遥(中山万紀)が主人公である。結婚はしていないが子どもを産み、ひとりで育てているようだが、出産してから一度もすがたを見せない。「パンの家」の人々、店の常連客たちは遥を気遣うが、コロナ禍とあって、訪問を躊躇している。パン職人の鎌田(山口雅義。自然な造形)の妹で、助産師である雪(鬼頭典子)はプロらしい配慮と、ある思いを秘めて(終盤で明かされる)遥を訪ね、外へ連れ出そうとする。

 遥が子どものころに亡くなった兄(高瀬あい)との幻想的な場面に始まり、パン屋の店内に常連客が訪れる賑やかな場面、遥が子どもと二人きりで息をひそめて暮らすアパートの一室が代わるがわる描かれる。日常の生活空間をリアル過ぎず、かといって作りものめいたところはまったく感じさせない舞台美術(乗峯雅寛)、透明のパーティションを俳優が動かしながら、複数の生活空間を行き来することを自然に見せる演出だが、休憩を挟んで2時間30分の上演はやはり長く感じられた。

 子どものころ、母との関係に傷ついた遥が唯一心を許した大人として、施設の緒方先生のことを雪に話す。水野あや演じる先生は、温かさだけでなく、プロの教育者としての雰囲気を纏っており、二幕で店に現れた瞬間、「この先生なら」と観客を納得させるのだが、一幕で浮かび上がり、炙り出されるさまざまな問題や疑問について、先生の台詞によって答え合わせしていた印象がある。

 店の近隣で児童養護施設の建設が始まっており、店の常連客のなかには難色を示すものもある。その気持ちをもう少し聞きたかった。一方、店の若いバイトの女性の恋人が、遥の元彼(子どもの父親ではなさそうであるが)であったという想定や、彼の人物造形にも疑問が残る。

 「赤ちゃん」と「赤ん坊」では、発する人物の立ち位置や子どもに対する心の様相は異なるとわたしは思うのだが、ある人物が「赤ん坊」と言うことに微かな違和感を覚える場面があった。観劇の記憶は正確ではないため、前後の流れなどを具体的に説くことはできないのだが、山谷作品において時折覚える違和感が今回もあり、微妙な躓きとなった。これは自分自身の感覚に問題があるのかもしれず、これからの課題であろう。

 わが子の虐待、育児放棄に陥るのは特殊な性質の人ではなく、誰にでも可能性があること、特に昨年から続くコロナ禍においては顕著であることを、作者自身の子育て経験の実感、産婦人科医への取材などを通して、誠実に作られた舞台だ。子どもとその親たちへの温かなまごころ、良心、祈りや願いが劇場を柔らかく満たす。

 一方で、出産、育児に関しては、実体験の有る無しという絶対的な壁があると思う。体験していない自分には、苦しむ人の気持ちは到底理解できず、助言はおろか、相手の悩みを共感を以て受け止めることすらできない。力になろうとしても相手を失望させてしまうのではないかという躊躇いや、苦労を知らない申し訳なさが常につきまとい、言うに言われぬ居心地の悪さがあったことも確かである。

 同じ立場の人同士が気持ちを共有するように、違う立場であっても、相手の気持ちを想像し、分かち合うことはできるのではないか。立場の違い、経験の有る無しなど、違いがあることから始まる理解への道筋はあるはず。山谷典子は「ママやパパ同士でないと言いにくい気持ち。でも、もっと苦しさを表に出せたらいい」と語っている(5月13日/朝日新聞)。悩む人の言葉を受け止めることで救われる人、わが子がようやく見せた笑顔に遥が救われたことを、自分のこととして喜べる人がきっといると思うのである。
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