因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

中野成樹+フランケンズ『寝台特急“君のいるところ”号』

2010-05-27 | 舞台

 ソーントン・ワイルダー原作 中野成樹誤意訳・演出 公式サイトはこちら こまばアゴラ劇場 30日まで 外部も含め中野成樹演出作品の記事はこちら(1,2,3,4,5 6,7,8,9)
 中野成樹と柴幸男が発起人となってスタートしたWWW2010(ワイ!ワイ!ワイ!ワイルダー!)こと、ソーントン・ワイルダー作品の連続上演の第1弾だ。「おそらく日本初の大型ワイルダーフェスティバル」だそう。もう20年前になるだろうか、中村伸郎主演の『わが町』が最初のワイルダー観劇であった。その後MODEの「わが町」シリーズをずいぶんたくさんみたけれども。

 ニューヨークからシカゴへ向かう寝台特急列車のなかで起こる一晩のさまざまな出来事、乗客たちの人生模様を描いたもの。舞台正面には模型の線路が張り付けられた白いパネルが3枚並び、出演俳優が折りたたみの椅子を移動させながら車中や外の風景などとさまざまに表現していく。フランケンズがこの作品を上演するのは、これが4回めとのことだ。中野成樹による誤意訳の舞台をみるようになってから自分はまだ3年と少々、“君のいるところ”号にはこれが初乗車だ。アゴラ劇場で中フラをみるのもこれが初めてで、見知らぬ町へ旅立つときのような期待と不安が高まる。

 戯曲を読んでいないので、どこまでが原作どおりでどこからがフランケンズの創作なのかがわからない。これは致命的でつい筆が鈍りがちなのだが、“君のいるところ”号には、「いつもの中フラ」とは少し違う感覚があった。今回も遊び心満載ではあるものの、寝台特急列車の一晩のうちにあっさりと逝ってしまう若い妻が登場するせいだろうか、しんと寂しく厳粛なものが漂う。さっきまでこの世に生きていた人が、さよならも言わずに旅立ってしまう。それは逆らいがたい運命で、人智の及ばないものである。残された者の辛さばかりを考えてしまうが、ワイルダーは旅立っていく者にも自らの死を受け入れるまでの葛藤があり、それを乗り越えて新しい世界へ踏み出していくさまを示している。自分がもうこの世に生きていないことを理解できないでいる妻の肩を抱き寄せ、天使が何かをささやいている。客席には聞こえないが、妻は次第に自分の死を理解し、受け入れ、この世に残した家族や先生や生まれ育った町に別れを告げる。パネルに張られた線路が取り外され、天国への梯子になり、おぼつかない足取りながらもひとりでそれを昇っていく。生きている者に対して死者は何も話してくれないが、ワイルダーの舞台をみていると、自分がこれまでに見送った何人かの大切な人々もこうして旅立っていったのではないかと思わされる。

 一方で列車には精神に異常をきたした女性も乗っている。おそらくシカゴの施設に送られるのだろう。看護士の目を盗んで逃げだした彼女には、天使と死にゆく若妻の様子がみえる。彼女は生と死のはざまにいるのだ。この人も梯子を昇っていってしまうのかと思われたが、彼女はぎりぎりのところで踏みとどまり、看護士のところへもどっていく。狂女を演じた斎藤淳子をはじめてみたのは劇団掘出者公演『チカクニイテトオク』だったが、みるたびに少しずつ、控え目に新境地を開いている印象だ。この女優さんは、これからもっといろいろな役柄を新鮮に演じることができるだろう。

 本作は初演が40分、、再演55分、再再演65分、今回が80分で、次回は120分を予定しているのだという。自分の性格からいって、おそらく40分の初演がもっともしっくりくる長さになると思う。終演後、舞台でつかった西瓜が切り分けられて、振る舞い酒ならぬ「振る舞い西瓜」がでたのだが、この夜は寒過ぎてご遠慮した。肌寒く静まり返った駒場の町を満たされた心で駅まで歩く。

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