因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ネットで観劇☆Pityman『ハミング・イン・ウォーター』

2020-05-19 | 舞台番外編
*山下由脚本・演出 公式サイトはこちら 
 先日の『ぜんぶのあさとよるを~ラブ・イズ・オンライン』視聴に続いて、劇団が2018年6月23日~29日、新宿眼科画廊で上演した『ハミング・イン・ウォーター』を「観劇三昧」のサイトでネット視聴した。

 本作は2014年9月に初演され、2018年に傑作選第1弾として再演となった。「作者山下が実父から語り聞いた人生の一部分と、俳優の体から生まれる関係性や物語性から作品を作り上げた思い出深い作品」(劇団サイト)とのこと。作品の内容などを読むと、物語や人物の設定は決して特異ではない。家族の死をきっかけに、抑え込んでいた鬱屈や葛藤が曝けだされ、互いに傷つけあいながら、やがて和解へと導かれるといった展開を予想した。が、始まってほどなく、自分の予想がいかに安易で凡庸であったかを思い知らされることになる。
 
 しっかり者の姉、何かとだらしない妹、距離を置いている弟の図は、わりあい想像の範囲である。が、父親と母親は最後まで登場しないにも関わらず、呪縛のごとく絡み付き、子どもたちは自分の心の傷と家族との関係に否応なく向き合うことになる。弟は母のことを父に知らせたいと言い、姉と妹は頑なに拒否する。それぞれに理由があり、どちらがぜったいに正しい、あるいは間違っているとは言えない。諍ううちに、相手を「あなた」と呼び、激しい口調で主張し、責める弟に向かって、姉は「お互いにあなたと呼び合いながら喧嘩していた両親を思い出すからやめて」と言い返す。両親の不仲は子どもを甚く傷つけるが、口汚く罵るのではなく、「あなた」という丁寧と見せて実はよそよそしく冷たい呼び方に傷つくほど、当時の姉は既に成長した子どもであり、感受性を備えていた。しかもその感覚をいまだに忘れていないこと、弟は決して両親のもの言いを覚えて真似たわけではなく、無意識に「あなた」と呼んでいたのだろう。どうしても親に似てしまう、同じようなことをしてしまう血のつながりという悲しみ。劇作家の筆は容赦ない。
 
 さらにこの物語は、母の病の告知から死、弟と恋人となる女性とのなれそめなど、時間と場所が行き来する。こういった構造も珍しいものではないが、新宿眼科画廊の小さな空間が、ふいに変容する様相は、劇場の空気をにわかに緊張させる。そして、ひとつの場面の裏にあのやりとりがあったこと、現在を観たあとに過去を知ることで、台詞の色合いや俳優の表情などが、観客の記憶のなかで変容していくのである。これは実にスリリングで、しかし人々の心の傷が示されるほどに、こちらの心も痛みを覚えるものであった。

 短い場面が10以上つらなる構造で、前記のように時間も場所も行き来する。たとえば、言い合いを始めた姉妹に「やめなよ、母さんいるのに」の弟のひと言で、「母の亡骸が病院からわが家に帰っている」と理解したり、弟が単独で父親に会いに行ったときのことを恋人に話す次の場、実家に戻った弟に対する「あんた、あの人に合ってからおかしいよ」という姉の台詞で時制を確認できるなど、台詞の構成も巧みで、しかもあざとさはない。

 実際に劇場で観劇した場合、多少混乱して正確に把握できない点が生じる可能性はあるが、物語を受け止める上で大きな妨げにはならず、むしろ迷うことも味わいのひとつになると思われる。
   
 舞台を観るとき、登場人物がどんな性質なのか、過去に何があって、今があるのかを知ろうと台詞に耳を傾け、表情に見入る。手がかりや伏線を感知して、謎が解けて、いっそう劇世界にのめり込むのは観劇の醍醐味だ。だが本作の場合、客席で知ってしまうこと、痛ましい諍いを聞いてしまうことに痛みを覚えるのである。
 
 本作は「門真国際映画祭2019」の舞台映像部門において、優秀作品賞と最優秀編集賞を受賞しており、なるほど俳優を映す角度や寄り方などに特徴があって、観客席がどうしても映り込んでしまう小さな劇場であるにもかかわらず、濃密な劇空間の映像化に成功している。
 
 舞台と映像両方の特性を活かし、独自性を保ちながら、ふいにその垣根を超えた作品を生み出す山下由とPityman。10月に予定されているMITAKA NEXT Selection 21thの新作舞台の上演が叶うことを切に願っている。
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