メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

TAR / ター

2023-12-13 13:53:32 | 映画
TAR / ター
( Tar、 2022米、158分)
監督:トッド・フィールド
ケイト・ブランシェット(リディア・ター)、ノエミ・メルラン(フランチェスカ)、ニーナ・ホス(シャロン)、ゾフィー・カウアー(オルガ)、ジュリアン・グローヴァー(アンドリュー・デイヴィス)
 
かなり評判になっており好奇心と期待をもって見たが、がっかりだった。音楽に万能的な才能があり、なんとあのベルリンフィルの常任指揮者になっているターを、さまざまな音楽的な弁舌を表出しながら演じ切ったブランシェットは見事で、よくもここまで、他の人にはできないだろうとおもわせるが、要はそれだけである。
 
主人公ターはレズビアンを公言、女性の奏者をパートナーとして生活していて幼女がいる。また若い音楽家対象のアカデミーの仕事、副指揮者の交代検討、そしてレコード会社(ドイツグラムフォン)と単一オーケストラでは初めてのマーラー交響曲全集の最後として第5番にとりかかっている。
 
それがいろんなところからほころびが出てきて、これは観ているとどっちが真実かわからないところもあるのだが、セクハラ、パワハラなどSNSでいろいろ出てくる。周囲の妬みと、ターの独断的な性向などから、結局最後は、というわけになるが、そこからなんとか別の(私の世代にはちょっとわかりにくい)ところに着地するというのが救いといえば救いなのかもしれない。
 
2時間半の最初の30分くらい、ターへのインタビューが続き、それは(変ないい方だが)私のようにかなりクラシックの演奏・録音についてみてきたものにとっては理解できる(ほぼ正確だし)が、これわからなくて退屈な人もいるだろう。
 
あとこの数十年のあいだに、ポジションの交代、政治との関係、セクハラ・パワハラ疑惑の問題が出てきているのを、まだ生きている人の名前も出しているのは、いかがだろうか。ここで出すことではないと考える。
一方でバーンスタインをやたら持ち上げているが、この人にも私生活などかなりひどい面もあって、脚本の言説がなにかユダヤ上位の感じに見えることとともに、かたよっているように見える。

また本筋とは関係ないが、ベルリンフィルとマーラーの関係でいうと、全集というのは途方もなく無理な話だろう。いま録音は経費の点でライブからもってくることが多いから、一人の常任の期間に全部というのは無理な話である。合唱団が入るのも多いし。
 
ちなみにベルリンフィルがマーラーに取り組んだのは遅く、よく演奏するようになったのはこの30年くらいだろう。カラヤンが慎重すぎたのもあるだろうが(もっとも彼のいくつかの録音は素晴らしい)、おそらくきっかけは1963年にジョン・バルビローリが第9番を指揮て大評判となり、団員のリクエストで録音が実現したことだろう(このエピソードくらいは入れてほしかった)。
この映画では最後に残っていたのが第5だが、これは「ベニスに死す」でポピュラーになっていることをうけてかもしれないが、第5はいい曲だけれど点睛にというのはちょっと。
 
それにしても、いまはベルリンフィルもウィーンフィルも女性団員が多く活躍していて何の不思議もないし、女性の指揮者も多く大きな舞台で起用されている。
ただ、ベルリンもウィーンも正規団員として女性が加入するようになってから40年経っただろうか。今でも覚えているのはザビーネ・マイヤーという優れたクラリネット奏者をカラヤンがベルリンに迎えようとして楽団と対立、もめにもめたあげくあのカラヤンがあきらめたということ。
 
この映画は失敗作だが、今後オーケストラの世界は題材として面白いだろう(今までなかったわけではないが)。


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