メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

ゴーストライター (ロバート・ハリス)

2011-09-21 18:11:39 | 本と雑誌
「ゴーストライター」(The Ghost) (2009) ロバート・ハリス(Robert Harris)著 熊谷千寿訳 講談社文庫
 
退職した英国首相のじ回顧録を頼まれたゴーストライターが米国東部で船から落ち水死する。そのあとを頼まれたのがこの物語の主人公。外的なイメージはトニー・ブレアを借りたような元首相は、中東で反英活動をした4人を米国CIAに売渡し拷問を黙認したとして、自分の内閣時代の元外相から国際司法裁判所に訴えられる。
 
このあたりから主人公のライターも単に言われた通り書けばいいというところから、自ら調べるようにもなり、元首相のさまざまな過去が明らかになるにつれ、暴かれては困る人たちの動きに巻き込まれていく。 
 
ポリティカル・スリラーとでもいうべきジャンルだそうで、こまかい描写はうまく、読み進んでいける。ただ、娯楽小説としてはもう少しはらはらどきどきが欲しいし、アクションのシーンがほとんどないがそれもあっていい。 
 
ジェフリー・アーチャーのものと比べると人間の描き方は、ハリスの方が上質だし、政治の世界についてもこちらのほうが奥深さが出ている。しかし読者をとりこにする進行のうまさに関しては、やはりアーチャーだろうか。
 
ところでこれを原作とした映画が、監督ロマン・ポランスキー、主演ユアン・マクレガーで製作されており評価も高いようである。少し前に映画館で予告編を見たけれども、原作よりは動きがあるようだ。いずれWOWOW で放送されたら見ようと思っている。
  
ついでに、このところ海外の小説で日本製品の使われ方を面白く見ている。車はもう普通だが、今回この作品のある個所で主人公であるライターが携行する道具が紹介されていて、ソニーのデジタル・レコーダー(SANYOのほうがいいと思うが)、パナソニックのラップトップ、ここまでは不思議ないが、筆記具として三菱のジェットストリーム・ローラーボール3本とあるのには笑ってしまった。ここまで浸透しているとは!
実はジェットストリームは私も愛用していて、講演、会議などのメモは、これを使うようになってから疲れが半減した。

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ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 (映画)

2011-09-07 22:57:41 | 映画
「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」 (The Girl Who Kicked The Hornet's Nest 、2009年スウェーデン・デンマーク・ドイツ、148分)
監督:ダニエル・アルフレッドソン、原作:スティーグ・ラーソン
ミカエル・ニクヴィスト、ノオミ・ラパス、アニカ・ハリン、レナ・エンドレ、アンデシュ・アルボム・ローゼンタール、アクセル・モリッセ、ミカエル・シウプレイツ
 
ミレニアム3 の映画も完結編である。結論からいくとこれは映画としてよくできている。2時間半ほどかけても原作の豊富な内容を欲張って入れようとしたら、混乱したものになっただろう。
公安警察一部の陰謀もなんとなく印象でわかるようにうまく編集されており、また原作では主人公のジャーナリストと天才ハッカーでもある女性それぞれが持っている人間関係、特に男女関係に多くがさかれており、それは充実した読み物だけれど、そういうところを大幅にカットしたかわりに、裁判を中心に据え、それが最後まで飽きずに見せるものとなっている。
 
だから、主人公の相棒の女性編集者よりは、今回は主人公の妹の弁護士、それもこの刑事事件よりは女性人権問題が専門の弁護士が、最後は自分の得意なところの視点から解決にもっていく。演じる女優もチャーミング。
 
最後は(ネタバレはずべきでないとおもうので具体的には書けないが)、原作と同様、あるいは映像ゆえに出てくるちょっとした表情から少し解釈として踏み込んだ、いいものになっている。
 

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ワーグナー「ローエングリン」(バイロイト)

2011-09-06 14:31:23 | 音楽一般
ワーグナー「ローエングリン」
2011年8月14日(日) バイロイト祝祭劇場 NHK BSプレミアム生中継
 
指揮:アンドリアス・ネルソンス 演出:ハンス・ノイエンフェルス
クラウス・フロリアン・フォークト(ローエングリン)、アンネッテ・ダッシュ(エルザ)、ゲオルク・ツェッペンフェルト(王ハインリッヒ)、ユッカ・ラジライネン(テルラムント)、ペトラ・ラング(オルトルート)、ヨン・サミュエル(王の軍令使)
 
ローエングリンを聴くのも見るのも随分久しぶりである。音楽はきれいだが、話は好きではない。描いているものがどうということでなく、結末、そこへの持っていき方が、ということである。
 
話の鍵は日本にもある「鶴」の伝説(「夕鶴」など)と共通していて、現れた救世主の素性を知ろうとした途端、悲しい結末になるというものである。
 
エルザにローエングリンの素性を知りたいと思わせるために奸計をはかるオルトルート、これがこのオペラのポイントであり、この役は歌唱、演技ともこの作品のなかで一番目立つものである。ただこの役のペトラ・ラングは最初からいかにも悪そうというところが目に見えていている。目をつぶってきけばいいのかもしれないが。
 
ローエングリン、エルザとも歌唱は気持ちよく聴けるしオーケストラは透明な響きで曲の魅力をうまく伝えている。指揮のアンドリス・ネルソンスは初めて聞く名前であるが、1978年ラトヴィアの生まれらしい。随分若い、そしてこのところバルト地域からは歌手も含め人材輩出が目立つようだ。
 
メトロポリタンの時も感じたことだが、最近のオペラ録音は大変な進歩で、これが生の舞台録音かと思う。まして劇場の制約の多いバイロイトでここまでとは驚く。
 
さて問題は演出である。衣裳、装置が現代風なのはかまわない。あまり細かい具象的なしつらえでないのもかまわない。妙な、中途半端な具象よりも、抽象的、象徴的なものの方が、音楽に集中できるし、ワーグナーにはそれが合っているともいえる。
 
ノイエンフェルスの演出もそういうものであるが、それにしても群衆が変なネズミの背番号付衣裳をつけ、その手袋と足袋もおかしなネズミの動きを強調するもので、関係者のインタビューからするとこれは愚かで付和雷同する大衆を表現しているらしい。それもふくめ、装置を合わせると最初これは精神病院の中で患者によって演じられているように見せているのかと思った。
 
ネズミの動きがせかせかしているのは演出の意図の強調しすぎの感があり、いらいらする。
 
そしてテルラムント、オルトルートの最後がわりあい普通なのに、白鳥からエルザの弟へのよみがえりのグロテスクなこと。観客から「ブー」が出たのももっともで、これは一人芝居である。いくらその後の不幸を予言するにしても。
 
作品そのものをあまり好きではないから、これ以上は言ってもしょうがない。ローエングリンとグラール(聖杯)、円卓の騎士などは、ジークフリートから清らかな愚か者パルジファルにつながる。もちろんこの中ではその強さと弱さを合わせて、ジークフリートに一番感情移入できる。 
さて、第三幕の有名な前奏曲のあとにあるのは「結婚行進曲」。最近あまりやらないかもしれないが、一時期はこれが結婚式の定番であった。新郎新婦登場の動きにはよく合うけれども、ローエングリンの結末を考えれば、なぜこのように不吉な曲を使うのかな、と不思議な気がした。
それで自分の時にはメンデルスゾーンを使った。これは「真夏の夜の夢」だからハッピーエンド。それとピーター・ブルック演出で見たこの舞台でこの曲が使われたタイミングのあまりの見事さも頭にあった。
 
昨年の生中継は確か「ワルキューレ」で貧相な具象の舞台であった。来年の生中継は、何なんだろうか、期待に沿えばいいけれど。

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ミレニアム 3 眠れる女と狂卓の騎士 (スティーグ・ラーソン)

2011-09-04 18:13:48 | 本と雑誌
「ミレニアム 3 眠れる女と狂卓の騎士」 上下 スティーグ・ラーソン著
ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利 訳 早川書房
 
これでミレニアムシリーズは一通り完結である。三つとも平均して上下900頁、かなりの分量であったが、細部の描写、文章がいいこともあり、また三つそれぞれが明確な性格をもっていることもあって、飽きずに読むことができた。世界的なベストセラーというのもうなずける。
 
どちらかというと1はある島のなかで起こった過去の不思議な事件、密室殺人を別の形にし、時代、社会、家族の拡がりの中で、古典的な動機よりはやはり現代の病理がからんだ、しかも面白さをそなえたものになっていた。
2は、1の主人公のジャーナリストにおとらず印象的だった多分不幸な背景を持つかなり変わった若い女性、しかも天才的なハッカー、その全てを語り、そして彼女の復讐譚を描いた。それは現代における女性の問題を、登場人物の行動、やりとりを通じて深く生き生きと語ったものといえる。
 
そしてこの3は、その続きでこの女性がいままではめられてきた国家レベルの悪、それは秘密であっただけに、今回はほころびが出てきても手ごわいものであったわけだが、それを解決するまで、そして主人公をめぐる何人かの人たちの再出発、一応納得がいくものとなっている。 
 
1や2に比べると、アクションを連想させるシーンやハッキングはそれほどでもないが、裁判およびそれにかかわるいくつかの詳細は、読んでいてわくわくさせるものとなっている。
 
欲をいえば、国家レベルの悪にかかわっている連中が、少なくとも現在はかなりしょぼい状態で、やることも主人公たちにとっての危険を感じさせはするものの矮小感がぬぐえない。それはどうにかならなかったか。
 
スティーグ・ラーソンはここまで書いて突然、心筋梗塞で死んでしまって、4の草稿があるという話だが、さてどうだろうか。もしあるとしても、この主人公たちで続編というのは難しいように思う。この話はここまででよかったのではないだろうか。

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