メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

嵐山光三郎「漂流怪人・きだみのる」

2018-10-17 15:48:54 | 本と雑誌
漂流怪人・きだみのる 嵐山光三郎 著 小学館文庫
 
きだみのる(1895-1975)は本名山田吉彦、社会学者でファーブル「昆虫記」の全訳(林達夫と共訳)もしている。破天荒な自由人で、定住せず、いろんな場所に住んで変わった卓抜な著述をものにしていたらしい。「らしい」というのは、私の若いころこの人の名前はきいていたが、それ以上はほとんど知らない人であったということからである。
 
嵐山は平凡社の編集者時代、1970年ころからきだの担当となり、その晩年5年ほど密着してこの変わった人の詳細な観察をもとに2016年に本書を刊行、それが今回文庫となった。
 
ある意味嵐山の若いころの自伝でもあって、当時の世相、風俗なども含め、たいへん面白い。
 
きだは当時のマスコミの思潮からするとずいぶん外れていて、著者によれば、フランス趣味と知識人への嫌悪、反国家、反警察、反左翼、反文壇で女好き、果てることない食い意地、だそうで、それがかなりの存在感を持って描かれている。
 
また、きだは若いころアテネ・フランセの創立者ジョセフ・コットの薫陶を得て、フランス語、ギリシャ語、ラテン語を身につけ、慶應大学文学部社会学科を中退後アテネ・フランセで教えていたそうである。高度な教養を身に着けた大正~昭和の人でもあったようで、今こういうバックグラウンドはなかなか形成されないだろう。


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スワンの恋

2018-10-15 21:00:12 | 映画
スワンの恋(Un Amour de Swann、1983仏・独、110分)
監督:フオルカー・シュレンドルフ、脚本:ピーター・ブルック/ジャン・クロード・カリエール、音楽:ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ
ジェレミー・アイアンズ(スワン)、オルネラ・ムーティ(オデット)、アラン・ドロン(シャルリュス男爵)、ファニー・アルダン(ゲルマント公爵夫人)
 
原作は「失われた時をもとめて」(マルセル・プルースト)の第一篇「スワン家の方へ」、この超長編は、先に「戦争と平和」(トルストイ)をようやく読んだとはいえ、読むことはおそらくないだろう。もっとも鈴木道彦による抄訳版(集英社文庫)は持っていて、これを読む可能性はゼロではない。
したがって原作と比べてどうということは言えない。
 
19世紀末の貴族社会、作家でもあるスワンとオデットの恋が描かれるのだが、盛り上がりはそんなにあるわけではない。感情の起伏は大きくないし、疑心暗義、あてつけが続き、主人公たちの想いは美学であり、それもスノッブなそれのように見える。そこから感情をあらわに相手にぶつける欲求がないわけではないが、あくまでその一歩手前で止まっている。これがプルーストについてよく言われる「意識の流れ」なのかどうか、ともかくこれでは衣装、建物その他風俗はおそらく詳細に再現しているようだが、それでもちょっと退屈が続く。と思っていたら、だんだんとこちらの注目もとどまるところがなくなっていく。これは演出とカメラの秀逸なところで、主人公たちの動きに途切れがなく次から次へと関心が続いていく。
 
そうして少しずつ主人公たちの半分かくれた本音が動いていく。この時代のこの社会、貴族たちの社交の中に高級娼館が密接に入り込んでいたことが次第に分かってきて、オデットの背景が徐々に明らかになっていくのだが、それでも話が一挙にどこかへ行くというところはない。
 
そして興味深いのは、スワンの馬車の御者やオデットの侍女などが、余計なことはしないし言わないが、適宜観察していることが見て取れることで、彼らが少なくともこの映画の作者を幾分か代表しているということができる。
最後のところで、十年ほど飛んで、スワンとオデットのあいだに生まれた娘が登場し、馬車の世界に自動車が登場している。ここで、あの動かない起伏の少ない社会も大きな変化の予兆をはらんでいた、あの御者たちはそれらの観察者、証人であった、ということがわかってくる。これを感じさせる映像の作りはなかなかいい。
 
作り手側は豪華キャストで、脚本にはピーター・ブルック、音楽はなんとヘンツェである。1960年代、ベルリン・ドイツ・オペラの来日で、出し物の一つがヘンツェだったこともあり、わが国では現代音楽のスターというイメージがあった。もっともこの映画では、誰かがピアノを弾く時を除くと、音楽が流れるところは多くない。
 
スワンのジェレミー・アイアンズはまだそんなにキャリアはないころだが、スノッブさ、ちょっと弱そうなインテリの感じ、細かいしぐさなどは、ピタリで、最後までよく持続した。
 
オデットのオルネラ・ムーティ、最初は彼女?と思ったが、オデットの背景がわかってくるにつれ、またそれでも恋になるということで、この多面性を持つ役を演じ切った。
 
アラン・ドロンはこの中に入るとスノッブなところが不足で、むしろいい人の面が出ていた。ファニー・アルダンは適役だと思うが、この私が好きな女優、もう少し見たかったのだが、出番は多くなかった。

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シャルル・アズナブール

2018-10-02 17:24:50 | 音楽
シャルル・アズナブールが亡くなった。94歳。
この歳になると、若いころヒットしていた記憶がある人が亡くなっていくのはやむをえないことだが、この人は先ごろも来日公演をしたというから驚きである。
 
先ほどこの人のベストヒット版30cmLPを聴いた。「イザベル」、「ラ・マンマ」、「想い出の瞳」(ET POURTANT)、「帰り来ぬ青春」、「ラ・ボエーム」、「忘れじのおもかげ」などなど、シャンソン歌手としてはフランス以外でもヒットしポピュラーとして親しまれたものが多い。なお上記LPの解説が野口久光であるのが、当時の高い評価を示している。
 
またこれらの多くの作詞や作曲が自身によるもので、それも驚異的なのだが、いわゆるシンガー・ソングライターという感じでないのは、シンガーとしてライターとしてそれぞれ独立に評価される人であり、シンガー・ソングライターと呼ばれる人にありがちな押し付けがましさがないからだろう。
 
英語の歌詞でヒットした「忘れじのおもかげ」は後に映画「ノッティングヒルの恋人」(1999)で使われ(歌唱はエルヴィス・コステロ)、再びヒットした。
 
若いころエディット・ピアフに認められツ一緒にツアーをしたという。一方、マレーネ・ディートリッヒの晩年、伴奏・指揮などのサポートをしたバート・バカラックは今年90歳を迎えた。偉大なディーヴァは何か強いエネルギーを与えるのだろうか。
 
いい時間を贈ってくれた人だと想う。

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