メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

P.D.ジェイムズ「女には向かない職業」

2016-07-28 16:15:31 | 本と雑誌
女には向かない職業(An Unsuitable Job For A Woman) (1972)
P.D.ジェイムズ(Phyllis Drothy James) 小泉喜美子 訳  ハヤカワ文庫
 
題名の職業とは探偵のことである。
主人公は22歳の女性、数奇な運命と育ち方の末、母国イギリスで探偵事務所の秘書になる。雇い主は彼女を探偵助手として仕込み始めたが、不治の病を苦に自殺してしまう。小説では彼が生きているところの描写は彼女の回想にしか出てこない。
 
彼女は事務所を継いでいくことを決心、そこへある金持ちで科学研究所を持っている男から、自殺したらしい息子について、何か背景にあるのか調べてほしいと依頼がある。そして調査の顛末が描かれる。随分細かい調査のようだし、いろいろ事件が起こるのだが、わずか4、5日のことである。
 
訳文は400頁弱だが、節の区切りがあまりなく、作者についてよく言われていることだが段落が少なく、必ずしも読みやすいとは言えない、ともいえる。こういう言い方をしたのは、私にとってはそう苦痛でもなかったからで、途中で本を置くのももどかしいというほど夢中になるわけではないが、もともと読むのは遅いほうだから、気にはならない。
 
出てくる人間の構図は、イギリスの少し上の社会だからか、なじむのに少し苦労するけれど、細かい描写はむしろ小説として心地よい。おそらく私が歳をとってからイギリスの女流作家、ブロンテ姉妹、ジェーン・オースティンなどになじんでいるからだろう。特にオースティンのような感覚はある。(後で知ったことだが、あの「高慢と偏見」の続編を書いた人がいるときいたが、それがこのジェイムズだそうだ)
ところで主人公の名前はコーデリア・グレイ、そうあの「リア王」の末娘である。この名前が読者に与えるイメージを作者はうまく使っていると思う。22歳の新人探偵がさてどうやって事件を解決していくか、応援したくなるのが自然である。
 
最後はあっといわせる。そしてそこに出てくるダルグリッシュ警視は相当な人だが、この人を主人公にしたものがこの作者の主なシリーズだそうだ。コーデリアが出てくるあと一作とともにこれから読んでみようかと思っている。
 
この作者、作品を知ったのは、このところ日経の日曜版に推理作家有栖川有栖が「ミステリー国の人々」という探偵紹介のシリーズにとりあげられていて、興味をひかれたからである。
 
ずいぶん長いあいだミステリーにはごぶさただが、このところ観念的な小説、小説のための小説を読む気が無くなってきて、考えてみればシェイクスピア(これは戯曲だが)、ドストエフスキー、そのほか、古今(特に少し昔)の名作はかなり娯楽性が強いわけで、そう考えると優れたミステリは、もう一度小説の分野として考えていいな、と思っている。名作といわれているもので読んでないものはたくさんあるし。

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桑原あい ピアノソロ コンサート

2016-07-13 17:44:35 | 音楽一般
桑原あい 響楽 クラシックホールの陣 2016 夏の陣
7月12日(火)東京オペラシティ リサイタルホール
 
ライヴを聴くのは3回目、12月の弦楽器奏者たちとの興味深い組み合わせ(サントリー小ホール)、2月のトリオ(新宿ピットイン)
に続く今回はソロである。
 
今回もなかなか楽しかったトークによれば、14歳でエレクトーンからピアノに替えて以来、ソロでやることへの志向は強かったようだ。
 
先ず第一曲の瑞々しい始まり、あたかもドビュッシーのようで、音がきれいなのに驚く。そしてその後にスケールの大きな音響や激しいパッセージが入ってきても、響き全体のバランスが取れていて、ポリフォニックな面がよく聴き取れる。
 
以下のセットリスト(休憩なし)も興味が途絶えないもの。
Take the "A"train とMy funny valentine のこれまでほかでは聴いたことのないスケール感、見事。
そしてその中で、ウェストサイドメドレーというのか Somewhere/Tonightがなかなかいい。世代を超えてというか、、、
The Back、彼女の思い入れに応じて、練れてきたというか、ますます進んできたというか、、、
 
途中でピアノに替えたエレクトーン、彼女が言っているように一人オーケストラにもなるのだが、今回こうして聴くと、ソロですべてやればやるほど、おそらくエレクトーンで培われた作曲能力が効いているのではないだろうか。
 
あれだけ行ったクラシックのピアノリサイタルも多分ここ20年くらい御無沙汰で、こういう形でピアノの良さ、楽しさが味わえるとは思ってもみなかった。感謝!
 
セットリスト
How my hear sings(Earl Zindars)
Somewhere/Tonight(Leonard Bernstein)
Loro(Egbert Gismonti)
Loveletters(Ai Kuwabara)
Take the"A"train(Duke Ellington)
Home(Michel Petrucciani)
My funny valentine(Richard Rodgers)
The Back(Ai Kuwabara)
即興1
enc.
Billies's bounce(Chrlie Parker)
Here there and everywhere(John Lennon/Paul McCartney)



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吉増剛造展

2016-07-02 08:55:55 | 美術
全身詩人、吉増剛造展 声ノマ
東京国立近代美術館 2016年6月7日(火)~8月7日(日)
 
美術館で詩人吉増剛造(1939~)の展覧会というのは、思いも及ばなかった。朗読などパフォーマンスの場としてミュージアムをということはありうるだろうが。米国などではこういうものあるんだろうか。
 
今春に「我が詩的自伝」が刊行され、その中でこの催しのことは予告されていたから、自伝の次は?ということで先ずは行ってみることにした。
 
この人はとにかく事前に想像していたこととはまるでちがう、という人で、この展示もなにか激烈な熱というかやかましさがあるかというとそうではない。
 
自伝の中で語られていた多くの音声それもオーラルのカセットが並べられ、その中身を聴けるかというより、並んだケースの背表紙・メモを一覧し、この人の世界の一部を想像するということになる。
 
また若いころからの原稿、多くが大学ノートに書きつけられたものだが、詩のイメージとは関係なくまめである。
そして「怪物君」という吉本隆明の文章など長期にわたりひたすら筆写したもの、これは先の本でも語られていたが、なんともすごいもので、「声に出ていく」ような試作のスタイルに対して、これはエクリテュール? 精神的にバランスを取っているのかという野暮な詮索はやめておく。
 
また詩人が収集したのか、中上健次と吉本隆明の自筆原稿が展示されていたが、この密で細かいものには驚かされた。特に中上のもの、編集者はどう扱ったのだろうか。
 
こうしてこのたぐいまれな現代詩人の世界を一通り垣間見ればいいか、と思って最後のコラボレーションというエリアに入ったら、そこで舞踏家大野一雄(1906-2010)との創作映像が上映されていた。釧路湿原で二人が短い打ち合わせみたいなものをやった後、詩人が最初は書いたものを少し読んでいたが、そのあとは何も見ず、二人のインプロヴィゼーションが延々と続き、思わず長時間見入ってしまった。

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