メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

絵本読み聞かせ(2024年3月)

2024-03-28 14:35:31 | 本と雑誌
絵本読み聞かせ 2024年3月

年少
ごぶごぶごぼごぼ(駒形克己)
にんじん(せな けいこ)
ぼうしかぶって(三浦太郎)
年中
おんなじおんなじ(多田ひろし)
ぼうしかぶって
はらぺこあおむし(エリック=カール、もり ひさし訳)
年長
スイミー(レオ=レオニ、谷川俊太郎訳)
はらぺこあおむし
ぞうがいます(五味太郎)
 
まず年少組は反応がきわめてよくうけた。ごぶごぶごぼごぼはいつも何でこんなに受けるのか大人にはわからないのだが、この色、かたち、リズムが抜群なのだろう。にんじんとぼうしかぶっては両方ともやさい果物、前者は動物が加わっているが、日常認識しはじめた興味があるところにうまくフォーカス出来ているのだろう。この組が明るく盛り上がったのには驚いた。
 
おんなじおんなじはこういう概念の理解をしはじめたかというところで描かれたのだろうが、それほど反応はなかった。
はらぺこあおむしはとにかく有名、あらためてゆっくり絵の魅力に気づくというところはあるかもしれないが、そろそろどうするか。
 
スイミーも絵の魅力については子供たちも受け取っているが、話の中身はちょっと教訓的すぎるてあまり感じてくいれないのかなと思う。私もこの絵本については今一つ自信がない。
ぞうがいますは少し前に五味太郎を取材した番組で知り今回初めて使ってみた。大人にとっても何か自身を感じる意識するということにフォーカスして気づかせる意味があると思うが、この年齢の子供たちにとってどうなのか、刺激するのはわるくないと思う。

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メシアン「世の終わりのための四重奏曲」

2024-03-27 15:22:40 | 音楽一般
メシアン:世の終わりのための四重奏曲
ヨーロッパ教育文化センター(ポーランド ズゴジュレツ)
2020年8月28、29日
ヴァイオリン:イザベル・ファウスト、クラリネット:イェルク・ヴィトマン、チェロ:ジャン・ギアン・ケラス、ピアノ:ピエール・ロラン・エマール
 
これは再放送で初回に続き今回も観た。オリヴィエ・メシアン(1908-1992)が捕虜として抑留されていた時代に構想され書き上げられた作品で、1941年1月15日スタラッグの第8捕虜収容所で初演された。今回演奏されたセンターの所在地はこの収容所があったところだそうである。
 
メシアン特有の宗教的であり現代音楽的であり、というのが適当かどうかであるが、わかりやすいとは言えないけれど、四人の奏者(エマール以外は初めて知る人たち)の自信をもって入り込んでいく演奏で、最後まで聴くことが出来た。メシアンは宗教的というより私にとっては官能的であり色彩も鮮やかで、表面的には難しい現代音楽という感じはしない。ブーレーズ、シュトックハウゼン、クセナキスなどの育ての親といわれているけれどもちょっとちがうかなと思う。
 
ところで思い出したのがメシアン本人がピアノを弾いているLPで、探したらまだ持っていた。日本コロンビアから50年ほど前に廉価盤(1000円)で出たものでおそらく戦後数年の録音、メシアン本人のピアノ、ヴァイオリン:ジャン・パスキエ、チェロ:エティエンヌ・パスキエ、クラリネット:アンドレ・ヴァスイエというメンバーである。
やはりメシアンはうまいというほかないが、他の4人も前記の人たち同様、優れた演奏である。メシアンの記述によると1941年収容所での初演ではピアノとチェロがこの録音と同じだったそうである。
こうして聴くと、収容所で弾いた4人は捕虜だったのだろうが、こういう曲を弾けたということには驚く。特に弦楽器はともかくクラリネットでこんな演奏ができる人がよくいたなと思う。ひょっとしたらこの奏者がいたからクラリネットを使ったのかもしれない。メシアン特有の鳥を演じることも得意だったから。
 
それにしてもそういう境遇でよくこの曲を創り演奏した。
メシアン、特にピアノ曲は50年前あたりにはコンサートや録音でよく聴いた。これを機会にまた聴いてみよう。


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マーラー「交響曲第8番(千人の交響曲)」(N響2000回定期公演)

2024-03-20 15:46:51 | 音楽一般
マーラー「交響曲第8番(千人の交響曲)」
指揮:ファビオ・ルイージ、NHK交響楽団
2000回定期公演 2023年12月16日 NHKホール
 
先に書いたレーガーの次、2000回定期公演のプログラムである。2000回、さて何をと意見を募ったらこの曲が一番だったらしい。人気があるマーラーの交響曲だが、多くの歌手、少年を含む合唱団など、千人とは言わないがおそらく500人弱の動員で、やるならこれ一曲、記念にふさわしいといえばいえる。
今回TV放送で聴いてみた。この演奏がどうという前にはてこの曲はという思いもあり少し書いてみる。
 
マーラーがクラシック音楽ファンにある程度親しまれるようになったのはかなりおそく、1960年代後半あたりからではないだろうか。多くの人にとってきっかけはワルターが指揮する交響曲第1番(巨人)だろう。これはなにか賞をもらいレコードとしてよく売れた。世紀末の空気はあるが甘く美しい雰囲気に浸れるところもあった。その後さて第4番、歌曲の楽章があるものだが、これもロマンティックな美しいもの。一方第2番は独唱、合唱が入って大規模で長尺、「復活」という名前にふさわしく、変ないい方だが感動したいという聴き手に応えるものだった。私も同様で、今でもたまにそれを求めることがある。
 
一方で、1960年代後半、指揮者ジョン・バルビローリによる第5番、第9番が評判となり特に後者はなんとベルリン・フィルのメンバーからぜひ録音をと熱烈に乞われたというもので、これではじめて第9が理解できたというひと(評論家も含めて)が多かった。わたしもその一人で、大阪万博にフィルハーモニアを率いて来日のはずだったが直前に急逝してしまった。

その少し後映画「ベニスに死す」(監督ヴィスコンティ)で第5番のアダージェットが効果的に使われ、映画音楽としても大ヒットとなった。このあたりからマーラーの人気はそのベースが出来たといっていいだろう。
 
私も他の曲も含めいろんな指揮者で聴いていたが、この第8番、これはかなり他と趣きがちがうし、規模も大きくそうそうひたれるというものではなかった。
なにしろ、1時間半弱で、第一部は賛歌「来たれ創造の主なる聖霊よ」、第二部はゲーテの「ファウスト」の大詰めという、聴き手の内面で立ち向かうには戸惑ってしまう。
第5番からあの悲劇的ともいえる強烈な第6番、その世界を音楽的に洗練させた(?)とでもいったらいいかの第7番、そしてあのとてつもなく深い暗さと諦念から救済へいくかなという第9番の間に入ってこれはなに?という感はぬぐえない。
 
もっとも立派と言えばそうで、こういう曲は演奏している人たちが一番その恩恵にあずかれるというものだろう。
N響もベストメンバだったし、複数のキーボード、ハープは4台!、そしてもちろんパイプオルガン、NHKホールの舞台ってこんなに大きかったなと思った。普段の演奏ステージよりかなり奥まであったが、これおそらく紅白歌合戦をやるのに十分な広さということかもしれない。
ルイージの指揮も破綻なく効果を出していた。
 
もう少ししたら今持っていいる唯一の録音、ショルティ指揮シカゴ交響楽団のLPレコードをまた聴いてみようと思っている。TV放送の音声をオーディオ装置につないで聴くよりこの英デッカ録音はすごい音響(特にダイナミック)だろう。
 
シカゴが最初に渡欧した1972年、録音されたのはこの第8番、おそらくデッカとしてもヨーロッパのメンバよりシカゴの方がと判断したのだろう。なにしろ歌手は当時の超一流、合唱はウィーンの歌劇場、楽友協会、少年を総動員、まとめたのはかのウィルヘルム・ピッツ(バイロイトの合唱担当)、このころまだウィーンフィルのマーラー録音があまりなかったとはいえ、なんともすごい組み合わせである。
 
こう考えて思ったのだが、今回のN響の演奏、2000回であれば録音でなく生放送という話にならなかったのは残念。これ昔NHKのある人にきいたのだが、あまり大きな声ではいえないが生放送の時はリミッタを外すことがあったそうだ。どこまでの音が出るかわからないから無用な制限はしないといえば道理かもしれない。


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モーツアルトの主題による変奏曲とフーガ(レーガー)

2024-03-18 13:42:21 | 音楽一般
モーツアルトの主題による変奏曲とフーガ  作曲:マックス・レーガー
指揮:ファビオ・ルイージ NHK交響楽団 2023年12月6日
 
このところNHKでこの楽団が出来てから2000回の定期公演までの3回を3週にわたってTV放送している。
2回目1999回ではめずらしい曲が取り上げられた。モーツアルトのピアノソナタK.331、あのトルコ行進曲が第三楽章にあるよく知られた曲の第一楽章、これは主題と変奏であるが、その主題を使ったオーケストラによる変奏曲とフーガである。
 
ソナタの第一楽章にはトライしたことがあって、いくつめだったかで挫折してしまったが、よくなじんでいたから今回楽しみにして聴いた。
 
しかし予想とちがってこれはかなり凝ったもので、古典派の主題を使ったベートーヴェン、ブラームスや、ラフマニノフのものなどに比べると、演奏家、聴衆のためというより作曲家自身のためという性格が強い。それでもなかなか聴き甲斐はあって、ルイージも言っていたようにもっと演奏されてもいいかと思う。レーガー(1873-1916)の名前は知っているが特になにか聴いた記憶はない。何度か繰り返し聴くともっといいかもしれない。しかし調べてみてもCDの発売はほとんどなく、過去に演奏会はあってもレコード、CDはほとんどなかったようだ。
 
この曲の存在をはじめてしったのはN響をよく振っているブロムシュテット(指揮者)のインタビューだった記憶がある。ドイツで仕事をしようかと出てきたとき、ラジオだったかでカラヤンが指揮するこの曲を聴いたと言っていたような気がする。カラヤンの話のメインはブロムシュテットが後に職を得るドレスデン・シュターツカペレに関して、カラヤンが指揮録音したあの奇跡的な「マイスタージンガー」に関するものだったが。
 
そうこのレーガーの曲はいまのように予算の事情からからかスタジオ録音でなくライヴですますということでなく、スタジオで練りに練って完成させる録音が残っていれば、そう考えるとまさにカラヤンが残してくれていればと思うのだ。
 
晩年、どういう執念かモーツアルトのデイヴェルティメントやリヒャルト・シュトラウスの「変容(メタモルフォーゼン)」を繰り返し録音したのであれば、この曲一回くらいなんとかならなかったか。ニールセン「不滅」なんていう意外なものを録れるくらいなら。
 
脱線したがN響の演奏は最後まで注意をそらさず聴くことが出来た。

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ケルビーニ「メデア」

2024-03-09 16:43:07 | 音楽一般
ケルビーニ:歌劇「メデア」
指揮:カルロ・リッツィ、演出:デイヴィッド・マクヴィカー
ソンドラ・ラトヴァノフスキー(メデア)、マシュー・ポレンザーニ(ジャゾーネ)、ミケーレペルトゥージ(クレオンテ)、ジャナイ・ブルーガー(グラウチェ)、エカテリーナ・グバノヴァ(ネリス)
2022年10月22日 ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場
2024年2月 WOWOW

聴くのも観るのもはじめてである。マリア・カラスの代表的なレパートリーということは知っていたが。
メトロポリタンとしてもはじめだがなぜかというと歌える人がいなかったということらしい。
 
古代ギリシャ劇の世界、コリントの国王クレオンテの娘グラウチェは英雄ジャゾーネとの結婚をひかえているが、ジャゾーネは離縁した前妻メデアとの間に二人の子供を設けている。
恨んだメデアはコリントに乗り込んでいって、ジャゾーネに迫る。メデアは退く代償として二人の子供に一日会うことを約束させるが、その結果の悲劇がメデアの復讐となる。
 
とにかく全編メデアの怒り、激情のようなもので、見ていてこのオペラにひたれるという具合にはいかないが、ともかくメデアの歌唱、それを支えるオーケストラはたいへんなものである。
この作品は18世紀末のものということはモーツアルトとロッシーニの間くらいということになるが、もうヴェルディからワーグナーと同時代といってもおかしくない。
 
そうわりきった上では、ラトヴァノフスキー(メデア)の歌唱、演技は激しさ特に力強さは大変なものだし、主人公に感情移入できなくても動かされるものがある。
マクヴィカーの演出は装置、照明含め見事なものだったし、リッツィの指揮もドラマを見事に語っていた。

とにかく一度観ておいてよかったとは思う。カラスにはさぞフィットしただろう。





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