メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

アガサ・クリスティー「ナイルに死す」

2022-02-26 14:18:13 | 本と雑誌
ナイルに死す( DEATH ON THE NILE )
アガサ・クリスティー   黒原敏行 訳  ハヤカワ文庫
ポアロシリーズの中でも有名で評価も高い数編の一つで、「オリエント急行殺人事件」と並ぶ中東旅行を舞台にしたもの、これは客船内で起こる事件を題材にしている。
 
親の膨大な財産を受け継いだ20歳の美貌の娘が結婚、新婚旅行にエジプトのナイル川クルーズに出かける。ポアロはこれに遭遇、同乗者にはヴァラエティーに富んだ人たちがいて、何人かはどうも全くの他人とは言えないらしい。
 
主人公の娘に恋人を紹介したら取られてしまった女性がしつこく追いかけてきて乗船していて、そこから騒ぎが起こっていくが、多くの登場人物が丁寧に描かれている。彼らの性格は、他の作品でも同様だが、私からすると嫌いなもので、犯罪を犯してしまうのもわかってしまえばなるほどという人たちである。後味からするとちょっとというところなのだが、これが作者の観察眼、人間観なのだろうか。
 
クリスティー作品の中でも一番の長編らしく、読み始めるときはどうかなと思ったのだが、それが杞憂であったのは今回の優れた新訳による。ミステリの翻訳でこれほどのものはないような気がする。新訳ということもありフォントが大きいのもありがたい。
 
これは1970年代に映画化され評価が高かったようだが、最近再度映画化されたようだ。オリエント急行殺人事件の再映画化と同様にケネス・プラナーがポアロらしく、私からするとちょっと心配。
 
しばらく前にTVドラマのシリーズで本作が取り上げられ、シリーズ後期の映画とほぼ同じ時間をかけた丁寧な作りで見たところだから、結末は知っていたのだが、今回はむしろそれまでの経緯を落ち着いて読むことができた。


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海からの贈物 ( アン・モロウ・リンドバーグ)

2022-02-03 14:28:30 | 本と雑誌
海からの贈物( GIFT FROM THE SEA ) :アン・モロウ・リンドバーグ 著
                     吉田健一 訳  新潮文庫
 
こういうタイトルの本があるということは知っていた。著者(1906-2001)の夫は史上初の大西洋単独横断飛行に成功した飛行家で、自身飛行家でもある。
 
1955年に出版されたこの小冊子は一見変わった内容である。ある一夏、夫と子供たちからしばし離れ、小さな島の家ですごし、浜辺で手に入れたいくつかの貝殻を観察し、そこに自身の立ち位置、生き方をかさね、思索し、発見したことがらからなっている。
 
他人との一致、ちがい、しばし一人になることの重要性、つまり世間の、家庭の雑事にかこまれそれらを真摯にこなしていくことは大事であるが、それだけでいいかというところから始まっている。
 
今なら女性としての生活基盤についてはちがう見方、書き方もあるだろうが、当時もうかなり進んだアメリカにおいて、身の回りそして社会に対して、きわめて地に足がついた思索がここにはあって、それが読み応えあるものになっている。
 
言葉のつらなり、進め方は必ずしもわかりやすいとは言えないが、ロングセラーになっているのもなるほどである。
 
存在を知っているだけだった本書を読んでみようと思ったのは、このところ再びいくつか読んでいる須賀敦子が「遠い朝の本たち」で取り上げていたからである。ちょっと意外な感じがしたが。
 
そして訳がなんと吉田健一である。どういう経緯でこの人が訳することになったのか、不思議なのだが、考えてみると、著者はアメリカ人でそうラディカルではないにしろプロテスタントらしいが、頭の中で考えたことをすぐにストレートに主張するいう感じではない。
英国的かどうかわからないが、おそらく足が地についた経験主義的なトーンはあるようだ。文化や思想というより文明ということであれば、あいまいな言い方だが吉田健一のイメージに合いそうな気がする。
 
ついでにもうひとつ。リンドバーグ一家の子供の一人は誘拐殺害されるという悲劇に見舞われた。アガサ・クリスティーの「オリエント急行殺人事件」はこの事件が話の始まりになっており、このところ原作、二度にわたる映画化、TVドラマと続いたあとで、この人の一家だったかと感慨があった。
 


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