メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

山本周五郎 「さぶ」

2019-09-26 15:14:13 | 本と雑誌
さぶ 山本周五郎 著  新潮文庫
 
先の「青べか物語」は東京の湾岸地域の人たちの生態をいくつかの短い話に切り取ったものだったが、これは雑誌連載の長編小説で、物語の展開、文章の流れ、すべて読みごたえがある。
 
江戸時代の後半だろうか、下町の経師、表具師の店で修業していた若者の栄二とさぶ、さぶがへまをしてやめようというところを、同じ歳で腕がたつ栄二が必死になってとめようとする。一見できないさぶだが、このしごとに必須の糊の仕込みについて栄二はさぶの腕を知っており、いずれは二人で独立して、と考えていた。
 
ところが、何年か続けて得意にしてもらっているある上客のしごとの最中、栄二は盗みの疑いをかけられ外されてしまう。心当たりのない栄二は客にどなり込むが、地回りみたいな男たちとけんかになり、与力の手で人足寄場に入れられてしまう。ここは刑に服すというよりはしばらくの期間閉じ込められるばかりでなく、人足として仕事をさせ、また仕事を覚えさせて更生、復帰させるという施設、制度である。ただ、そこはやはり人間社会の縮図で、生きていくにはなかなか困難なところが多い。
 
栄二は体力、頭、胆力もあるのだが、なかなか人付き合いはうまくできない。というより、人の親切、思いやりをうけつけない。ここで次第にできてきた仲間たち、所在を探り当てたさぶとそれまでかかわりのあった二人の女性にも、いわば心をひらかない。
 
そんな中で、嵐の時の九死に一生の事件、またあとから入ってきた所内で博奕で勢力を広げる連中との衝突を経て、ようやく、ひとりで生きていくのではない、という単純ことを骨身にすえていく。
そして寄場を出てから、また栄二とさぶ、二人の女性、の苦労話はしばらく続く。
 
読んでしばらくしてから、題名は「さぶ」だが、これは本来「栄二」ではないか、一人でも強く生き抜いていく栄二が、それでもやはり支えてくれる他人の存在なしにはいられないのだ、ということを理解するまでの話しではないか、と誰しも思うだろう。それを続けて考えさせ、最後にまた二転三転させるところがこの小説の醍醐味である。
 
不遇の若者の教養小説ともいえるが、これにくらべるをヘルマン・ヘッセなどは軽いかもしれない。
そして最初から最後まで、飽きずに楽しみ味わえるのが文章である。うまい語り部の話し方、登場人物の台詞、どれも自然に入ってくる。そしてスピード感も見事である。幸田露伴「五重塔」、樋口一葉「たけくらべ」あたりを読んで以来だろうか。

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