メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

殯(もがり)の森

2007-05-30 21:43:47 | 映画
「殯(もがり)の森」(2007年、日・仏、97分)
監督・脚本:河瀬直美、撮影:中野英世、音楽:茂野雅道
うだしげき、尾野真千子、渡辺真起子、ますだかなこ
 
カンヌ映画祭審査員特別グランプリ「殯(もがり)の森」、5月28日(日本時間)に受賞が知らされ、29日午後8時からNHKハイビジョンで放送された。NHKグループが製作にかんでいるらしく、おそらく何かあったら急遽放映ということになっていたのだろう。
カンヌは未公開作品が原則だから、本邦初公開、こういうのも珍しい。
 
奈良の郊外、30年ほど前に妻を亡くし認知症になっている男と、彼をケアしているこれも子供を亡くした若い女性の介護士が、その過程で森に迷い込み、いろいろな葛藤と自然の中でそれぞれの近親の死を受け入れるという物語である。
 
こういう話だから、ドラマとしての大きな展開というほどのものはないが、森の中の場面などは男の監督だったらもっとおどろおどろしくなるところだろう。
そのあたり河瀬直美の、進行としては淡々とした、ある意味ではしつこい演出が効いたかもしれない。テーマを決め、場面をある程度決めると、観察しながら、ドキュメンタリー風にとるのだろうか。見かけとしては。
  
うだしげきと尾野真千子は、その中にしっかり浸っていて、見ていてこちらも彼らの中に引き込まれた。
 
そして評判になったように、とにかく奈良の茶畑と森が美しい。森は「蟲師」(監督 大友克洋)の(確か)滋賀県の森ほど神秘的ではないが、人間との交感という面も含めればこっちがよりふさわしいといえるだろう。

東京ではこれから1館のみの上映らしい。全国でも10館はないので、おそらくそれほどフィルムは作ってないのだろう。
こういうときの対処はデジタルシネマになるとうまく出来るだが、一方今回ハイビジョンで見た限りでも、この映像のラティテュード(露光のふところの広さとでもいうか)は、まだデジタルではちょっとという感じがした。
 
こういう話だから、せりふの音量が小さくききとりにくいところもあるため、劇場で見るか、DVDが出たら(持っていないが)5.1サラウンドを使うと一層よく味わえるはずである。

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キンキーブーツ

2007-05-27 18:09:44 | 映画
「キンキーブーツ」(Kinky Boots、2005年、英・米、107分)
監督:ジュリアン・ジャロルド、脚本:ジェフ・ディーン、ティム・ファース、音楽:エイドリアン・ジョンストン
ジョエル・エドガートン、キウェテル・イジョフォー、サラ=ジェーン・ポッツ、ジェミマ・ルーパー
 
イギリスのノーザンプトンの靴工場の息子チャーリー、家業は継がずにロンドンで婚約者と結婚の準備を進めていると、突然父親が死んで、後を何とかしなければならなくなる、倒産寸前と判明した工場を、偶然出あった女装のドラッグ・クイーン ローラの悩み兼アイデアで男の体重に耐えるハイヒール・セクシー・ブーツを作り始め、様々な誤解の中で、自分達も考えを変えながら、成功するまでのストーリー。
 
似た話はよくあるから、展開のいくつかは想像がついてしまうところがある。細かいところでも、例えば腕相撲の場面でも結末はなんとなく想像できた。
とはいえ、その中でのやり取りはあと一息でべたべたにならず、動きが止まらないまま次に展開していく。最後まで飽きずに気持ちよく見ることが出来る。それは脚本とともに、ローラ役キウェテル・イジョフォーの演技に負うところが大きい。
体、動きの迫力、対照的なやさしさ、そしてなんといってもこの種のショーにおける動きと歌、これが見せる。
 
この人、調べてみたらあの「ラブ・アクチュアリー」(2003)の中で、特に困難には見舞われない役(キーラ・ナイトレイの結婚相手)を演じており、風貌が全然違うため、同じ人とは気づかなかった。あんな穏やかな出過ぎない演技から、いい意味で想像しがたい。
 
「ドラッグ・クイーン」という言葉から麻薬を連想したが、このストーリーではおかしい、と思って調べたら、ドラッグはドレスを引きずる(drag)ということらしい。このように女装まではわかるが、性的に本当はどうなのかというとは、この映画の中でも疑問、悩みとして何回か出てくるものの、はっきり理解は出来なかった。もっともそれがこの映画の理解に必須ということでもないだろう。
 
これも実質イギリス映画、こういう舞台、その丁度いい大きさは、このところこの国の映画に顕著である。
 
なおこれは実話をもとにしているとのこと、kinkyとは「ねじれた、変わり者の」を意味する。

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むずかしい愛(イタロ・カルヴィーノ)

2007-05-26 19:15:17 | 本と雑誌
「むずかしい愛」(イタロ・カルヴィーノ、和田忠彦 訳)(岩波文庫)
ここに収められている12の短編はほとんど1958年に発表されている。
題名はみな「あるXXの冒険」でXXは兵士、悪党、海水浴客、写真家、詩人、スキーヤーなど多岐にわたる。
冒険というにふさわしい緊迫した状況設定は確かにあるのだが、その結末に特にひねった落ちがあるわけではなく、それを読もうとすると肩透かしを食う。もっとも3編目あたりからはそれは承知の上でということになるのだが。
 
こういう設定のなかで、主人公は相手とする人間の言葉、仕草、背景などについてあらゆる方向で可能性を考え、考えているうちに局面は変ってしまう、といったプロセスが多くあらわれる。
 
要するにこれは、主人公の側の、つまり作者の側のひとり相撲なのである。頭のなかに多くの想像がつまって膨らんで、行き場所がなくなる。それは作者の意図したものであり、おそらくそうやって言葉を連ねて書くということの困難、不可能というものを提示したのだ。
 
しかし、それでも物語と作者の策略はあやういところで、いつか読者を夢中にさせ、人と人とのコミュニケーションの難しさを感心する手管で味あわせてくれる。
 
中で、表現論というよりは、生きるということについて、行動するということについて、見事に描かれ好きなところは、作品としてはあとから追加された「あるスキーヤーの冒険」で、スキーのうまい若い娘を追いかけて、捉えることが出来ない、そして最後の文章。
 
 すると人生という無形の混乱のなかにも秘密の線分が、あの空色の娘だけが追跡できる調和が隠されていて、そして想定される何千もの動作の混沌のなかから一瞬一瞬、あんなふうに正確で明晰で容易で必要なものはひとつだけ、彼女がえらびとる、それこそが奇蹟なのではないだろうか、だとすれば、失われた幾千もの仕草のなかからえらばれたそのたったひとつの仕草、それだけが大切なのだ、そんな気がしてくるのだった。
 
カルヴィーノについては、難しい議論はいろいろあるらしいが、30年ほど前に「まっぷたつの子爵」、「木のぼり男爵」で、メルヘンを超えたつらい話でありながら、どこか慰められる読後感、という記憶がある。20世紀のなかで、やはり傑出した一人なのだろう。
 
なお、岩波文庫が創刊80周年記念でやったことのなかで、多くの有名人にその人の三冊を選んでもらった。そのいくつかを詩人の荒川洋治がラジオで紹介していて、最後にそれには参加していなかった彼が選んだ三冊の中に、この本が入っていた。あと二つは確か中勘助「銀の匙」、(多分)永井荷風「墨東綺譚」(墨にはサンズイがつく)だったと思う。
この本は10年近く前に買ってそのままになったいたのだが、この放送を聴いて思い出し、読んでみた。

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ホテル・ニューハンプシャー

2007-05-19 20:51:41 | 映画
「ホテル・ニューハンプシャー」(The Hotel New Hampshire 、1984年、米、109分)
監督・脚本:トニー・リチャードソン、原作:ジョン・アーヴィング
ジョディ・フォスター、ロブ・ロウ、ポール・マクレーン、ボー・ブリッジス、リサ・ベインズ、セス・グリーン、ジェニファー・ダンダス、ナスターシャ・キンスキー
 
,大家族のそれぞれに、突然事件や不幸が舞い降り、それが時にはまた別の偶然とも思えることによって何とかなったりする。その大きな模様で何かを言う、という作品といったらいいだろうか。
 
「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」と比べると、こちらの方がもう少し一つ一つの人生に意味を付けたいように見える。
第二次世界大戦の前の米国、一家でホテルを経営し始める父、ウィーンに帰っていた元従業員からそのホテルを手伝ってくれと便りが来て、一家は渡欧、しかしそのホテルには過激派がいついており、熊になってしまった(?)女性がいたりする。その中での子供達の災難、成長、その中にはかなり過激な体験も含まれ、また天賦の才が示されたりする。
 
こうして、ドラマとして万華鏡、タペストリーは出来て行き、その中で、人生は偶然、儚いものさ、だけどそれを嘆き続けていなくてもいいのではないか。というのが結論だろうか。
 
もちろん、面白さと、エキセントリックなところは細部にある。
たとえば、ジョディ・フォスター演ずる長女の前半の不幸と、後半の跳躍、これは対称形になっており、後半はある意味でその代償、再生と取られることを想定しているだろう。かなり激烈で、なかなか他の作品ではないものだが。
 
彼女が「タクシードライバー」で注目された後、それで熱狂的なファンになった男がレーガン大統領を襲撃、それにショックを受けしばらく仕事が出来なかったが、何とか復帰したのがこの作品とか。
そう思ってみると、何か逆療法とも見え、考えさせられる。また彼女はこのとき、160cmくらいの身長とのバランスでいく、まだ随分太めである。
 
他の俳優達、皆リチャードソンの演出によく応えているが、ナスターシャ・キンスキーの熊女などは、むしろやりやすいかもしれない。その中では、どこか静かな雰囲気を保っている父親役ボー・ブリッジスがうまく中心の位置を保っている。
 
もう一人、成長がとまってしまっていることになっている末娘で天才作家役のジェニファー・ダンダス(Dundas)、ただの子役にしては大人びた静謐な表情と、落ち着いた語りが印象に残った。
調べてみたら、その後あまり映画には出ていないものの、舞台では相当のキャリアを積んでいるらしい。

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ザ・ロイヤル・テネンバウムズ

2007-05-12 22:46:23 | 映画
「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(The Royal Tenenbaums、2001年、米、110分)
監督:ウェス・アンダーソン、脚本:ウェス・アンダーソン、オーウェン・ウイルソン、音楽:マーク・マザースボウ、エリック・サティ、ナレーション:アレック・ボールドウィン
ジーン・ハックマン、アンジェリカ・ヒューストン、ベン・スティラー、グウィネス・パルトロー、ルーク・ウイルソン、オーウェン・ウイルソン、ダニー・グローヴァー、ビル・マーレイ
 
家長ロイヤルのテネンバウム一家の物語。夫婦に子供三人、男、女(養女)、男の順である。
よく家族の絆ははかなくちょっとしたことでほころびてしまうと言われ、文学、映画の素材になることもあるけれど、そうだったら逆に考えれば、ちょっとしたことで元に戻せるのではないか、という映画、それは半分真実で、その試みのおかしさを見せてみようというのだ。
 
三人の子供は、小さいときからそれぞれ金儲け、文学、テニスの天才、演ずるのは、ベン・スティラー、グウィネス・パルトロー、ルーク・ウイルソン。その父はジーン・ハックマン、母はアンジェリカ・ヒューストン、子供達の幼なじみはオーウェン・ウイルソン(ルークの兄)である。
 
二十歳過ぎればただの人ではないが、それぞれ挫折があり、その過程で父は家族から追い出されたような状態になっていて、母は同業のダニー・グローバーと結婚することになるが、それを知った父は、胃がんになって余命いくばくないと嘘を言って家に入り込む。それは入り込む口実で、目的は結婚の阻止と、次第にわかってきた崩壊した家族をもう一度つなぐこと。
 
みんな変な人たちなので、そのプロセスはおかしくないわけはないが、そんなにテンションは高くなく、どこかとぼけた、いい加減さが横溢している。この2人の脚本の特徴だろうか。
本当に悪い人はいない、そして、細かい道具、風俗で、にやりと笑わせるところを沢山作っている。
 
パルトローが14歳から隠れてすっていたタバコを、連れ合い(ビル・マーレイ)も他の家族も誰もしらないとか、自己で妻を亡くしたベン・スティラーと二人の息子が何故か常に赤いアディダスのジャージーを着ているとか。
 
二人の小さい子に、街の中でのいたずらをジーン・ハックマンが教えながら駆け回っているシーン、音楽はポール・サイモンがガーファンクルとのコンビ解消後最初のアルバムに入れた「ぼくとフリオと校庭で」(Me And Julio By The Schoolyard) 、この組み合わせがとてもいい。
 
養女マーゴ(グウィネス・パルトロー)と弟(ルーク・ウイルソン)との関係は描ききれていないが、意図的かもしれない。
 
グウィネス・パルトローは何時になく強く気難しい役で、これまでになくセクシーである。横じまのニットのシャツ・ドレスがそれを引き立てている。
 
末弟のテニス、ファッションはまさにボルグのフィラ、プレースタイルはどこかマッケンロー。
 
脚本はアカデミーでノミネートされた。それほどかと思うけれど、おそらく脚本家の新星は待ち望まれているだろうから、期待をこめてかもしれない。それにしてもオーウェン・ウイルソンが物書き志向とは知らなかった。ベン・スティラーとは仲がよくて一緒に出ることは多く、この二人を中心にした映画マフィアともいうべきものの活躍が目立つのも、こういう背景があるのだろう。
 
この映画の最後の始末のつけ方には、もう一工夫必要と思うけれど。

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