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渡辺信二 「花の精」ほか

渡辺信二
「花の精」ほか

2018年2月9日、フェリスにおける渡辺信二さんの最終講義にて、
信二さんの詩5篇に曲をつけて朗読するというパフォーマンスをした。
詩を選び、読んだのは学生たちで、曲と演奏は私と音楽学部の
川本聡胤さんが担当した。演奏には文学部事務のMTさん
(フェリス音楽学部卒)にも一部参加していただいた。
https://tinyurl.com/yce76qgz

後日、川本さんからの提案で、同じ5篇の朗読・演奏を
スタジオであらためて録音した。朗読は、上の最終講義全体の
企画者であった文学部の由井哲哉さん(専門はイギリス演劇)
とMTさんが担当。 中年・老年男性の詩を由井さんが、
女性的・中性的な詩をMTさんが読んだ。ギター2本は
一発録りで、その上に朗読とピアノを重ねた。
「今日この頃」のみ、クラシック・ギターと朗読を
一発録り、そのうえに歌とエレキ・ギターを重ねている。

以下、信二さんご許可の下、これらの詩と曲をご紹介。

曲つきの詩の朗読、歪んだエレキ・ギターとクラシック・
ギターのスタジオ・ライヴ、などというあまり例のない形式
について、また時系列的・物語的に偶然--本当に偶然--
まとまった内容について、曲・演奏担当一同、とても
誇らしく思っている。

また、上記最終講義当日のパフォーマンスのために、
作品によって数日から10日程度の時間で朗読を
完璧に仕上げてくれた信二さんのゼミの学生たちに
心からの感謝を捧げたい。みなとても頼もしく、
教員として幸せに感じたひと時であった。

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https://drive.google.com/drive/folders/1IFiG2ci28OZbDm1rrmWTzIvlE1BCMpyY?usp=sharing

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1. 家出未遂

小学校3年生のとき 家出した
母の叱り方が理不尽だったから
明日から学校に行かなくても平気
3か月くらい本を読まなくても平気
3年くらい人と話さなくても平気
暗くなっても平気だった
何でも平気だった
ラーメン屋の屋台の匂いだって
平気だったけど
歩き疲れるとお菓子屋の裸電球がゆらゆら揺れて
商品棚のアンパンが美味そうに見える
遠くから味噌汁が匂ってくると
知らない家でも上がり込みたいと思う
由美ちゃんちの玄関で
かがんでカギ穴を覗くと
ちょうどあの階段で 由美ちゃんが
お休みなさいと言っていた
暗い神社の境内 手水で喉を潤す
ここではよく 隠れん坊をした
いっそずうっと隠れて姿を現さなきゃよかった
だから おれが帰ったんじゃない
空腹がおれを連れ帰ったんだ
うちの晩ご飯が済んだかどうか
知りたかっただけだ
うちは 平屋建ての市場につながる
狭い6畳の部屋 家族5人の家だった
家? 確かに 家だったのか?
背伸びして窓から中を覗くと
父が遅い晩飯だった
母が正座して お櫃から茶碗に
ご飯をついでいた
膝の上には縫い物が見えた
弟たちは 既に蒲団で寝ている
自然な家族の夜の姿
おれがいなくても 自然なのだ
けっきょく おれは
窓ガラスをこつこつと叩いた
父を迎えに 遠くの駅まで歩いて行ったので
こんなに遅くなったのだと嘘をついた
それから がむしゃらに空腹を満たす
味など分からなかった昭和33年の夏だった

だが今考えるなら
あれは 未遂ではなかった
あの時から 誰を 何を
迎えに行くのか 知り始めたのだから

- 詩誌『立彩』10号

曲:川本聡胤
朗読:由井哲哉
ギター:川本聡胤、冨樫剛

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2. シャボン玉から 

わたしは シャボン玉
悲しみが ゆっくり膨らむように
だいじに空に浮かびましょう
表面張力と風の微妙なバランス
たゆたう5秒間

そして 弾ける

でも 弾けるのは わたしではない
青い空 白い雲 あなたがたの夢
もしも弾けるのが 
あなたがたの胸の中なら
そこに穴を開けましょう

だけど わたしは シャボン玉
わたしが弾ける時は 何もない空の下
探しても探しても 誰の胸も見つかりません

- 詩誌『立彩』11号

曲:冨樫剛
朗読:MT
ギター:川本聡胤、冨樫剛

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3. 今日この頃は  

今日この頃は やけに霧が多い
通勤の朝 歩道を歩いていても
目的を見失って彷徨っているようで
どの樹も孤独 どの家も寂しい
不意に 歩行者とぶつかりそうになる

去年までは すれ違うたびに
「おはよう」と明るかったのに
今はみな 不思議な笑いようをして
姿を消してゆく 言葉も消えてゆく

先の見えない不安 
先の読めない不安
それでも 先人の歩みを知る限り
覚悟はできる と呟く

- 詩誌『立彩』12号

曲:冨樫剛
朗読:由井哲哉
歌:MT
ギター:川本聡胤、冨樫剛

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4. わがひとに与える挽歌

もしもおれたち 余命2年と言われたなら
18階建てマンション最上階の
南東角部屋に引越して
朝日を毎日 2人で迎えよう

見張らせば 遠くに 
凹凸の地平線が広がり
親と暮らした年月よりも
おれたち 一緒に暮らした年月が
すでに もう 17年も長いから

部屋の壁には おまえとおれの写真を
たくさん鋲で飾ろう
楽しいだけじゃない
辛くて苦しい思い出がずうっと多いが

それも おれたちの生きてきた
懐かしい大事な1コマひとコマだから
陽光をリビングいっぱいに広げ
ひがな1日 写真を眺めていよう

そして 定めの時が来れば
2人 手を繋ぎ このヴェランダから
番いの小鳥のように
潔く 晴れた空へと飛び立とう

悔いはない と言えば 嘘だ
来世で会おう も 実現できるかどうか
今はただ 手を繋ぐ この世のかたさをよすがに
晴れた空 遍く太陽に 魂を委ねる

- 詩誌『立彩』11号

曲:川本聡胤
朗読:由井哲哉
ギター:川本聡胤、冨樫剛

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5. 花の精

おれは二度 
花の精を見た  
「あと6ヶ月」と診断された病院からの帰り道
おまえを正視できずに 
メトロの窓ガラスに映る姿を盗み見た

そのとき おまえは ほの暗いガラスを背景にして 
まるで 古代ローマ女性のテュニカ姿で 
ぼんやり白く青く ふわりと浮かぶ妖精だった  
首元がぽつんと赤かった

二度目は 花に埋まった死化粧のおまえに
白くて青い姿が 重なるように
ふわりと浮かんでいた
赤い口紅を差した唇は 今にも花開きそうだった

おれは もう一度 
あのメトロに乗って時間をさかのぼりたい
あれは花の精を乗せたまま
今でもごうごうと 暗闇を突き進んでいるのだろうか

- 渡辺信二『アシャーの湖』(松柏社、2015)
http://www.shohakusha.com/detail.php?id=a9784775402276

曲:冨樫剛
朗読:由井哲哉
ピアノ:MT
ギター:川本聡胤、冨樫剛

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録音協力:ミュージックスクール M-Bank
エンジニア:寺内克久

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このような機会を与えてくれた信二さんと
信二さんの作品にあらためて心からの感謝を。

いろいろなめぐりあわせに驚きと感謝を。

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更新
20190401
20190829

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著作権はそれぞれ作者・出版社が保持。
盗用・商用・悪用禁止。


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