生まれて1日から数日の子馬が、元気がなくなり、口の粘膜を見ると白っぽく貧血していて、また黄色味がかって黄疸もある。
母馬の初乳の中に、子馬の赤血球に対する抗体が含まれていて、初乳の免疫成分を吸収したので、子馬の赤血球が壊れ始めたのだ。
母馬がどうして子馬の赤血球に対する抗体を持っているのか? その母馬は多くの馬が持っている赤血球の抗原を持っていない血液型で、そういう母馬が妊娠中に胎盤で子馬の赤血球に触れると、自分にはない蛋白質に対する抗体を作る免疫システムが働いてしまう。
ここで肝心なのは、その赤血球抗原はほとんどの馬が持っているということだ。すなわち、その辺の馬の血液を輸血しても、すでに子馬の体に吸収されている抗体のために、輸血した赤血球は壊れてしまう。
手っ取り早く手に入る壊れない赤血球は、母馬自身の赤血球だ。しかし、母馬の血液には病気の原因になっている抗体が含まれている。
そこで、母馬から採血し、血漿成分を洗い流して、赤血球だけを生理食塩水に浮かべた液を作る。
といっても、この作業がなかなか大変。馬の血液は採血してしばらくすると、赤血球が下に沈むので、上の血漿を吸引して捨てる。生理食塩水を入れて混ぜて赤血球を「洗う」。が、もう赤血球はほとんど沈まない。それで、遠心しなければならない。
遠心機で遠心し、また上澄みを吸引して捨てる。これを2-3回繰り返す。子馬に2-3リットルはこの洗浄赤血球浮遊液を輸血したいので、一度にたくさん遠心できる遠心機がないと、作業に半日以上かかってしまう。
私のところには一度に2リットル遠心できる遠心機を2台おいてもらっている。この作業のために。
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左は溶血性黄疸で死亡した子馬の臓器。貧血もあるが、ビリルビンと言う色素で著しく黄色い。腎臓や肝臓は黄色いのを通り越して緑色に見える。
ビリルビンは毒性がある。健康な成馬だと血清中で2mg/dl以下、子馬でもせいぜい5mg/dl以下だが、溶血性黄疸では10以上になる。重症だと20を越えてしまう。
そうなると、貧血はなくても黄疸、ビリルビンの毒性で死んでしまう。
だから、赤血球をたくさん入れてやれば良いというものではない。壊れない赤血球を、必要最低限だけ輸血し、ビリルビンがあがり過ぎないように、また少しでもビリルビンが下がるように補助的な治療もする必要がある。
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母馬の洗浄赤血球液を作る以外にも方法がある。母馬と同じく赤血球表面に抗原を持っていない血液型の馬、しかも母馬と違ってその抗原に対する抗体をもっていない馬をさがしておくのだ。そういう馬の血液なら、面倒なことをしないでも、全血を輸血できる。
溶血性黄疸を起こす血液型の不適合はほとんどが知られている。それら全部の血液型の抗原も抗体も持っていない馬が30-40頭に1頭存在するのだ。
そのような馬はユニバーサルドナーと呼ばれ、溶血性黄疸の子馬にも、喉嚢炎や外傷で大量出血した馬にも、血液型不適合を心配せずに輸血することができる。
ユニバーサルドナーをどこかに飼っておいてもらえないかと考えているが、経費がかかることなのでなかなか難しい。
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ただ、子馬の溶血性黄疸の発症率は、0.1~0.2%と考えられている。1000頭に1頭か2頭だ。今の生産頭数からいくと、せいぜい10頭あまりだ。
もちろん、輸血などが必要のない軽症の子馬もいる。
そういう点では、あまり溶血性黄疸を心配して、子馬に初乳を飲ませないのは間違っている。子馬にとって初乳は非常に大事な物で、とくに免疫成分を獲得できないと、自分で抗体を作れるようになるまでの1-3ヶ月の間感染症の危険にさらされる。
溶血性黄疸で死ぬ馬より、感染症で死ぬ馬のほうが何倍も多いのだ。
しかも、溶血性黄疸を起こすかどうか、分娩前に検査することは難しい。検査すると実際には発症させない母馬の初乳まで捨てることになる。
危ないとわかっているのは、一度溶血性黄疸を発症した子馬の母馬だ。ほとんどの馬の赤血球に対する抗体を持ってしまっているので、種馬を替えても次の年は初乳を子馬に飲ませない方が良い。別の馬の初乳を集めておくべきだ。
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溶血性黄疸が発症しても、24時間以内に発症するような劇症でなければ、また発見が遅れなければ、洗浄赤血球液の輸血と補助療法でほとんどの子馬が助かっている。
早期発見、早期診断、早期治療が大事なのはどの病気でも同じだ。立てなくなってから見つけるのでは遅すぎる。
子馬は毎日、顔色(口の色、目の色、尿の色)を見てやる必要がある。お母さん達がそうしているように。
伝貧検査の時についでにユニバーサルドナーのサーベイとかはできないんでしょうか。