真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「ヨコハマメリー」(2005/企画・製作:人人フィルム/監督・構成:中村高寛/出演:永登元次郎・五大路子、他)。
 顔は白粉で文字通り真つ白に厚塗りし、身に纏ふのはヒラヒラの沢山付いたお人形さんのやうなドレス。年齢も本名も初めから定かではないが、腰の折れた老婆にしてなほ、現役の街娼として横浜の街に立つ伝説の娼婦“ハマのメリーさん”。戦後五十年、横浜の街に立ち続けた一人の女は、1995年冬、不意に姿を消す。
 もう一度、メリーさんの前で歌ひたい。末期癌に侵されつつ、執念にも似た特別な感情でメリーさんの姿を捜し求めるシャンソン歌手・永登元次郎(2004年逝去)。今作は永登を始めとする、メリーさんゆかりの人々へのインタビューによつて綴られたドキュメンタリーである。単に一人の街娼であることを超え、ひとつの喪はれた風景を、ひとつの通り過ぎられた歴史すらをも体現するに至つた女の物語である。
 世間が未知なる、そして無知なるAIDSウイルスに過剰に反応してゐた頃。既に老婆ではありながら、街娼であるメリーさんは勝手にAIDS患者のレッテルを貼られ、出入りするカフェーや美容院では、他の客からの排斥の対象となつてゐた。カフェーはメリーさん専用のコーヒーカップを用意することで対応したが、メリーさんが通つてゐた美容院は、終にメリーさんに来店を拒否した。
 メリーさんが常時も白粉を買つてゐた化粧品店の女主人は、メリーさんとのその頃の思ひ出を語つた。ある日デパートでメリーさんを見掛けたのでお茶にでも誘つてみたところ、シッシッとあつちに行けとでも言はんばかりに冷たくあしらはれた。帰宅後、店では普通に会話もするのに今日はどうしてあんなに邪険にされなくてはならないのだらう、と夫に愚痴をこぼしたところ、夫からはお前は世間を知らない、と怒られたといふ。他の人目もあるところで自分と仲良くしてゐては、女主人も街娼の仲間かと世間からは思はれてしまふ。だからこそその場では邪険にしたのだ、といふのである。ストレートに泣ける。はみ出し者の、やさぐれた心遣ひに胸が打たれる。この件を観るだけでも、今作は絶対に必見である、と言ひたいところではあつたのだが。

 フィルムで撮れ。

 キネコの安さが一目瞭然の、呆ける焦点。滲む色合。少し強い光は無様に白トビする。品の無い画面に、正確にいふと品の無い画質に、伝説の偽りのない美しさに素直に浸ることを最後まで妨げられた。
 伝説の娼婦とはいふものの、メリーさんは要は<年老いたホームレス>に過ぎないこと等も語られつつ、ヨコハマメリーの伝説は今作を以て完結する。といつてメリーさんの死が語られるといつた訳では決してないが、ヨコハマメリーの伝説は完全に終了する。かつて時空を超えて飛翔した伝説はロマンの翼を失ひ、現実の地べたの上に着地する。ただそれは、決して悲しいことではない。その着地は暖かく穏やかで、一人の人間の人生としてはこれで全く良かつたらう、と思はれるものであつたからである。

 ラストシーン。現実に着地してなほ、伝説は美しさを放つ、ところだつたのに。何が人人フィルムだ。人人テープに改名しろ。伝説への敬意が足りぬ。


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