真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「奴隷性愛 私のおもちや」(2003/製作:杉の子プロダクション/提供:オーピー映画/監督・脚本・音楽:杉浦昭嘉/撮影:小山田勝治/照明:奥村誠/編集:酒井正次/助監督:小川隆史/監督助手:茂木孝幸/撮影助手:村田千夏、他一名/現場応援:広瀬寛巳/出演:松葉まどか・葉月螢・加藤由香・石川雄也・幸野賀一・井上淳一)。撮影助手もう一名と、照明助手に力尽きる。
 折角の休日だといふのに、増本庄司(石川)は勤め先のワンマン社長・門脇利夫(幸野)の家に引越しの片付けの手伝ひに来させられる。人が好い、といへば聞こえもいいが、詰まるところは意志の弱い庄司は人から頼まれると断れない性分で、これまでも度々泥酔した門脇を家まで送り届けさせられたりしてゐた。会社は休みの筈なのに営業なのか、水谷リコ(加藤)が仕事上の粗相をしたといふので、門脇は急遽取引先の森岡源氏(井上)の下へと向かふ。残された、門脇の妻・京香(松葉)と二人作業を続ける庄司は、京香の腕につけられた青痣を見付ける。荷物の中から星座早見表が出て来たことから、二人は庄司の趣味である星の話に花を咲かせる。庄司は門脇家からの帰り、つい疲れてウトウトし当たり屋の石野佳子(葉月)を車で撥ねてしまふ。楊貴妃が清少納言に贈つたとかいふ一千万する香炉が割れたと因縁をつけられ、あれよあれよといふ間に庄司は佳子の性奴隷に。ところで、楊貴妃と清少納言の生存時期はといふと、大まかに二百年の開きがあるのだが。
 かつて最終的には家族を捨てた父親の暴力から、母親を守れなかつた過去を持つ主人公が、同じやうに現在夫のDVに苦しむ女を今度は救ふ為になけなしの勇気を振り絞らうとする。といふ主題は明確かつ全く順当でもあるのだが、残念ながら最終的な出来上がりとしては大いに不発である。
 ピンク映画の劇中世界といふものは清々しく狭く、京香と佳子は友人関係にあつた。佳子は京香に新しく捕まへたおもちやを紹介、といふか自慢すると称して、二人でワインを飲んでゐた昼下がりに庄司を呼びつける。緊張して下を向いたままの京香を、先にその人と知つた庄司は激しく狼狽し、恥づかしいといふ方便で京香の前にはプロレス風のマスクを被り登場する。ひとまづ楽しんだ後、佳子は庄司を京香に残し、一旦外出する形で退場。とはいへ何も出来ずに、何もするつもりはない京香に対し、実は何気に満更でもなかつたりする庄司は、マスク姿のまま佳子に首に繋がれた鎖を、無言で京香に差し出す。このカットは杉浦昭嘉一撃必殺の自らの手による劇伴の力も活かし、恐らく狙つた通りのエモーションをモノにし得てゐる。体を重ねる途中で庄司は正体を京香に明かし、幼い弟は立ち向かつたのに、自分は母に暴力を振るふ父に対して何も出来なかつた云々といふ過去を語る。後日京香は庄司の苦境を救ふ為に、佳子が当たり屋であること暴露。そのことに逆上した佳子は、京香は若い間男と関係を持つてゐると門脇に密告する。激昂した門脇が殺してしまふのではないかといふ勢ひで京香を激しく殴打する現場に、今しがた門脇を送り届けさせられたばかりの庄司が、今度こそなけなしの勇気を振り絞つて飛び込む。も、結局非力な庄司はまんまと撃退され、門脇は後ろからフライパンで強打した京香に仕留められる。門脇は少なくとも未だ死に至つてはゐなかつたが、京香と庄司はひとまづ後先のことなど顧みず、“ペルセウス流星群が見えるところにまで”と逃げる。とここまでの展開に、一切の遜色はない、といふか素晴らしく正しく磐石である。ところが、そこから先が壊滅的に呆気ない。とりあへず車を走らせたものの、即座に四周を蛍光管に囲まれた黒布の上で、二人が締めの濡れ場を短くこなしただけでエンド・ロールといふ有様には、逆の意味で吃驚させられた。一歩手前までは極めて十全に積み重ねておきながら、肝心要の詰めの一手が、なつてゐない以前に殆ど成立すらしてゐない。ロー・バジェットを斜め上だか下だかに通り越したピンク映画であるからして、雨のやうに降りしきる流星群の中愉悦に浸る京香と庄司、の画を押さへて呉れとまではいはぬ。それにしても満天の星空、ですらなくともよいからせめて夜空の下での絡みくらゐは用意して欲しい。といふかそもそも、京香と庄司が二人して逃げ出してからが直ぐに、しかも極めて短くセックスして終り、といふのでは兎にも角にも尺が詰まり過ぎてゐる。かつての自分は父親の暴力から母親を救へなかつた。今度こそは、京香を救ふんだ、と庄司が飛び込んで行つたところで最高潮に達した、筈の物語はそのまま無体に投げ放される。更によくよく考へてみるならば、斯様に消化不全どころか食事の最中に戻してしまつたかのやうなメイン・プロットに対し、サブ・プロットは変に、あるいは直截には無駄に充実してゐる。庄司が佳子に性奴隷として虐げられる件は、タイトルにもその旨ある時点で、会社からの要請として不可避であるやも知れぬことくらゐは、素人の想像にも難くはない。とはいへ御丁寧に幾つもの場面を跨いで、伏線まで設けて描かれる門脇がリカを森岡に差し出す肉接待などは、欠いたとて何ら問題はなかつたとしか思へない。おとなしく加藤由香の扱ひに関しては濡れ場要員に徹して、空いた尺と残した勢力とを、二人手と手を取り飛び出した後の、京香と庄司の物語乃至は姿に注ぎ込めなかつたものか。釣り逃がした魚が大き過ぎる、極めて残念な一作である。
 正直不要に思へるリカ肉接待の一幕、机の下では門脇が裸足の足の指でリカの女陰を愛撫してゐるところへ、スタッフの何れかか見積もりを持つて来る男性社員が一名登場。ここでの、周到に首から上を抜かないカメラ・ワークは、地味に流石である。

 ところで、まるで今作の内容とは無関係の話ではあるが。解せない、といふか世の中何がどうなつてゐるのかと驚かされたのは、あの―どのだ―清水大敬が、「双子姉妹 淫芯突きまくり」(2002)以来六年ぶりともなる新作を発表してゐること。別の意味で、あるいは怖いもの見たさ以外には食指も積極的に動きはしないが、さうなると「ラブホテル 朝まで生だし」(2005)以降新作の途絶えてゐるのが一ファンとしては気懸りな、杉浦昭嘉にもまだまだ芽があると変に期待してしまつてもいいのであらうか。


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