真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「痴漢バス バックが大好き」(昭和62『痴漢バス バックもオーライ』の2010年旧作改題版/製作:Stone River/配給:新東宝映画/監督:石川欣/脚本:アーサーシモン/撮影:富田伸二/照明:佐藤才輔/編集:菊池純一/助監督:岩永敏明/撮影助手:佐久間栄一・池田恭二・林誠/照明助手:金子高士/監督助手:遠藤聖一/音楽:池田淳一/スチール:田中欣一/録音:ニューメグロスタジオ/現像:東映化学/出演:後藤康史・菊次朗・石部金吉・源関加州・石上ひさ子・浅川れい子・長谷川かおり)。出演者中、源関加州―誰かの変名でないかとは思へるのだが、アーサーシモンも―は本篇クレジットのみ、菊次朗がポスターには本多菊次朗。
 「ナンシー」、「23歳.風俗嬢」、「住所.不定」etcetc・・・・。今で判り易く譬へるとプロダクションI.Gのカンパニー・ロゴに似た字体によるキャプションが、クレジット含め全篇を通して折々を彩る。スタイリッシュであるのは確かにさうなのだが、正直クレジットとして字数が増えると些か読み辛い。ナンシー(長谷川)とキャシー(石上)は、田代まさしと平賀勘一を足して二で割つたやうなヴィジュアルの店長兼運転手・沢田(源関)が回す、“新宿名物”痴漢バスの風俗嬢。因みに実際の車輌はマイクロバスである痴漢バスのシステムは、まづ三千円で乗車券を購入。走行中の車内で女に痴漢のレベルを軽やかに超えたダイナミックなプレイを楽しみ、その先まで致したければ、更に五千円を支払ひ特別乗車券。後に収益を改善する目的で、二万円でいはゆる店外デートの特別寝台券が導入される。特別乗車券込みで八千円までの安さで、何故に客が集まらないのか。因みに降車時には、申し出れば任意の場所で降りられる。ある日仕事を終へたナンシーとキャシーは、二人でホストクラブに遊びに行き、ヒロシ(菊次朗)を持ち帰る。ホストの名前がヒロシかよといふツッコミは、現在の視点で過去を裁断するものだ。出演者クレジットは一切ないものの、痴漢バス乗客とその他ホスト要員とで、そこそこの人数が見切れもする。どちらがその夜ヒロシと寝るかジャンケンで決する格好になるが、ナンシーは後出しでわざと負ける。ヒロシは女と二人きりになると、映画監督志望を騙る手口のスケコマシだつた。因みに口から出任せのプロットは、マッド・マックス風の主人公が、歌舞伎町で風俗嬢を皆殺しにするだなどといふもの。確かに、金が嵩みさうではある。翌日、平素から遅刻がちのキャシーは未だ現れない痴漢バスにナンシーが乗ると、一人の男が勝手に入り込んでゐた。トレンチ姿の生真面目さうな男はフライング客ではなく、刑事の藤原(後藤)。藤原はナンシーに衝撃的な事件を伝へる、キャシーが、自宅で何者かに惨殺されたといふのだ。遺体の状況から犯人は昨晩痴漢バスに乗車―この点に関しては、ホストクラブに繰り出す前に伏線が落とされる―した、無闇な指輪を嵌めた無作法な客に違ひないと踏んだナンシーの言を受け、藤原は客を装ひ痴漢バスに潜入し張り込みを開始する。
 浅川れい子は、欠員を補充すべく痴漢バスに加はる新しい女。源氏名を欠片の頓着もなくキャシーと名づける沢田の無神経さに、ナンシーは静かに心を冷えさせる。単なる濡れ場三番手に止(とど)まらず、ヒロシに入れ揚げるそこそこのドラマも用意される。
 当時Zoom up映画祭の監督賞・作品賞・主演女優賞・助演男優賞―これは後藤康史が獲つたのか、それとも石部金吉なのか―などを舐めたとの評判は伊達ではない、ソリッドかつメランコリックな都会映画の秀作。痴漢プレイに興ずるでもなく、見るから不自然な藤原は痴漢バスに乗り続けるが、ナンシーは知つてゐた。キャシー殺害事件の捜査は、早々に打ち切られてゐたことを。自分達のやうな人間が殺されたところで、世の中は何とも思つちやゐない。ナンシーは藤原に、包み隠さない苛立ちをぶつける。ナンシーに北海道の実家と、夫から捜索願が出てゐるところまでは掴んでゐたが、藤原は知らなかつた。親に殴られ家出したナンシーが、ノーパン喫茶の客と結婚したはいいものの、浮気が発覚し殴られて再び家出。新たに暮らし始めた次の男には、次の男にも浮気された挙句またしても暴力を受け、今はシティホテル暮らしをしながら痴漢バスに乗つてゐる仕方のない来し方を。深夜の公園、藤原と二人のナンシーは、急に嘔吐する。父親は誰だか判らないまゝに、ナンシーは妊娠してゐた。子供は始末し自分と一緒になるやう申し出る藤原に対し、ナンシーは激しく反発する、随分と冷たいことをいふぢやないか。自分は受け容れられても、お腹の子供は受け容れられないのかと。予め人の優しさも幸せも拒むかのやうに、世間の片隅に顧みられるでなく生きる痩せ我慢がいぢらしいヒロインの姿を、だけれども精一杯粋に、気障に描いてみせるダンディズム溢れる一作。ナンシーの他方、女に冷たく裏切られ、心歪めた異常者を熱演する、石部金吉こと清水大敬も激しく意外にも猛烈に素晴らしい。ダンス教室の惨劇を独白する件は、ためにする誇張ではなく涙なくして観てゐられない、ダメ人間の琴線を直撃する名シークエンス。最終的には無体にブチ殺される去就込みで、清水大敬のベスト・アクト候補に推したい。刑事がその存在に気づく、サスペンスとしての煌きを経て、キャシー殺害犯に捕獲・拉致されたナンシーは、藤原の追跡を儚く望み「ヘンゼルとグレーテル」よろしく、特別寝台券を道々に落として行く。そこに被せられるキャプション、「小さな紙きれが ナンシーの命」、ロマンティックすぎるぜ!痴漢バス自体は、純粋に殺人者と被害者の女が偶さか交錯するいはば点に過ぎず、その限りに於いては、たとへば起承転結を磐石に痴漢電車の車中で完結させる難事に成功した類の、頑丈かつ麗しいピンク映画には、一段劣るといへば劣らなくもない。然れども苦さとキレの際立つ、成人指定を差し引いても矢張り“大人の映画”といへよう。襟を正すとよくいふが、観終つた後、思はず襟を立ててみたくなる、背は少し屈めて。
 ところで今作、「痴漢バス ラブホテル直行便」との新題で、1991年に一度旧作改題済みでもある。ではあるが瑣末な野暮をいふと、ラブホテルに入るのは、ヒロシを伴つた初代二代目ともの、何れも仕事終りのキャシーと、藤原と喧嘩別れした後に、衝動的に男―もしかすると、こちらが源関加州?―を拾つたナンシーのみ。即ち劇中にあつて、痴漢バスとラブホテルとが直結してゐる訳では必ずしもない。それならば、原題と今新題に花咲く“バック”はどうなのかといふ話になると、これが案外と、まるで適当につけられた訳でもない。本筋には清々しく影響しない繋ぎの絡みではあれ、疣痔を押し込んで治してやつたところ、快感を覚えた二代目キャシーにナンシーが困惑する件に、恐らく焦点を当ててのタイトルであらう。

 一箇所穴が目立つのが、ナンシーは二代目キャシーともヒロシの店に遊びに行き、矢張り店外三人デート後、あつさりとヒロシを二代目に渡す。そのまゝ二人と別れたナンシーと、ナンシーに惚れ始めた藤原が再会する件。この場合、若干の齟齬も感じさせるが初代キャシー殺しの目星をヒロシにつけ、二代目を大胆に囮としたと捉へるのが、素直な娯楽映画の文法でもあるまいか。未だ四人ともフレームに納まるカットで藤原が捜し求めたナンシーと遭遇する偶然は、あまりにも無造作に思へる。


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