真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「性愛婦人 淫夢にまみれて」(2010/制作:セメントマッチ/提供:オーピー映画/監督:池島ゆたか/脚本:後藤大輔/撮影:清水正二/編集:酒井正次/音楽:大場一魅/助監督:中川大資/監督助手:新居あゆみ/撮影助手:海津真也/照明応援:佐藤吏/編集助手:鷹野朋子/タイミング:安斎公一/協力:関根プロダクション/出演:竹下なな・なかみつせいじ・里見瑤子・琥珀うた・野村貴浩)。
 オーピーのカンパニー・ロゴから開巻即タイトル、断崖と海のショットを噛ませて、劇中営業してゐる風情は特に窺はせないが、伊豆ピンクといへば御馴染みペンション花宴。管理人夫婦の、森崎一馬(なかみつ)と着付けのルーズな和服姿―柄的にも、殆ど浴衣に見える―の妻・鈴子(竹下)が、二人きりで朝食を摂る。毎朝のやうに、味噌汁はお替りし御飯はやめておいた一馬が食事を終へると、鈴子は衝撃的な一言を淡々と叩き込む「ところであなたはどなたなの?」。愕然としながらも、一馬は一旦そのことは後回しにし朝から夫婦の夜の営み。お玉で尻を打たれながら後背位で激しく突かれた鈴子は、景気づけの如く潮を噴く。出掛ける身支度を整へる一馬の、決まつて左前のベルトループに通し損ねた帯革を鈴子は甲斐甲斐しく直す。検査の結果、器質的な異常は認められなかつたが記憶障害の状態にある鈴子の為に、高校地学教師の職も辞した一馬は、森で新第三紀の示準化石であるレピドシクリナの完全体を探すことを日課としてゐた。私服を持たないのか、外を出歩く際も終始白衣の看護士・美咲(琥珀)が軽く顔見せ。実家かはたまた寮暮らしなのか、美咲を羨ましがらせるアパート生活を始めたこちらは普段着の先輩は、新居あゆみ。そして鈴子が掃除する室内には、鈴子と同じ着物を着た、里見瑤子の遺影が遺骨と並べて置かれてあつた。一面の黄色い花をバックに里見瑤子が微笑む写真の、コラージュしたことが丸判りな安普請は、繰り返し抜かれるアイテムだけに結構重く頂けない。翌朝、午後の紅茶、のペットボトルに入れた茶色い飲料を呑み呑み歩いてゐた美咲は、ここは少々粗雑に薮蛇だが何時もの森に向かふ一馬と擦れ違ふや、道にうづくまり嘔吐する。と、そこに、誰か家族の納骨の件と、芳しくない商売の為の金の無心とに花宴を目指す一馬の弟・聡(野村)が、車で通りがかる。然程緊迫した状況にも見えなかつたが、単に運転が下手糞なのか路上で吐く美咲に矢鱈と慌てた聡は、ポップにクラッシュ。意識を失ふほどのそこそこの怪我を負ひ、美咲が勤務する病院に担ぎ込まれる。その夜、シャックリにしか聞こえない女の啜り泣きに目覚めた聡は、医師に体よく遊ばれ傷心の美咲と一戦交へつつ、更に翌朝漸く兄宅に辿り着く。出迎へた鈴子を、聡は鈴子の妹の名前・春香で呼んだ。一方、弟とは行き違ひになつた格好の一馬は、追ひ駆けて来た美咲と、森の中にて対峙する。
 内田利雄ではない方の、ミスター・ピンクこと池島ゆたか2010年も順調に第四作は、PG誌主催、一般投票により選出されるピンク映画ベストテンの2010年度に於いて、作品賞・監督賞・男優賞(なかみつせいじ)・技術賞(音楽/大場一魅)の四賞を舐め、そこかしこで傑作傑作と無闇に誉れの高い注目作。尤も、そこにおとなしく乗つかれないのが、苦しいところといふか、より直截には小生の臍の曲がりを拗らせた辺りとでもいふか。ネタをバラさずには掻い摘めないので一応字を伏せるが、端的には<ミイラの伴侶気取りが実はミイラであつた>、といつた趣向の一作。中盤で話を割つてしまふのが早過ぎはしないか、との疑問は、夢から醒めてなほ、改めて新しい夢の世界に生きることを選ぶ男と女の濃密なドラマを前に、一旦引つ込めぬではない。正確には濃密さを、狙つたと思しき。間違つても詰まらないといふことはないのだが、それにしても、今作が2010年のピンク映画ナンバーワンといふには、些かならず遠いやうにしか思へない。あちらこちらに結構バラ撒かれた瑕瑾に関しては、前段に於いて既にそれなりに触れた。そのほかにも、一馬が無造作な契機を経て痛ましく哀しい真実に辿り着く件に際しては、その場に居合はせた筈の美咲が、頭を割つた男を前に職業的倫理もさて措き綺麗に消失してみせる作為を欠いたイリュージョンにも、激しく躓かずにはをれない。撮影期間の短いどころでは済まない僅かさも鑑みると、驚異的な大量人員を投入した場合不思議と抜群に冴える池島ゆたかの演出も、初期設定の六人タッグマッチを更に刈り込んだ布陣の前では平素の非感動的な甘さを発揮し、漫然と力無く間延びした印象は兎にも角にも強い。鈴子あるいは春香×聡、本丸たる一馬×美咲といふ、両面から秘められた真相に迫る構図自体は十全ではありつつ、竹下なな×野村貴浩に、なかみつせいじ×琥珀うたといふキャスティングはドラマの本格を射止めるには如何せん厳しい。最終的には心許なさを拭ひきれない、竹下ななを牽引するだけの馬力は野村貴浩には望めず、琥珀うたも濡れ場のフットワークの軽快さは光るが、総じては正直単なる小娘要員とでもしかいひやうがない。元々は、深町章に渡される予定の脚本であつた、とする噂を真に受けるならば、なかみつせいじと里見瑤子は生かした上で、ここは思ひきり素直に、春香もしくは鈴子に水原香菜恵改め奈月かなえ、美咲には亜紗美で、聡役は西岡秀記。藪から棒に寄り道してみると、協力に関根プロダクションとあることから関根和美監督版も夢想してみると、なかみつせいじはそのままで里見瑤子が春香役にスライドして、酒井あずさが鈴子、聡に天川真澄で、美咲は最早特段拘りもせずに鈴木ミント。十分に実現可能で、結果のよりよいこともある程度容易に予想される配役にあれこれ思ひを馳せるのは、意外と楽しい。とまれ話を戻すと、確かにネタ自体は魅力的ではあるものの、直截に全体的な完成度は然程高くはない。ギャースカギャースカ騒ぐほどの一本か?といふのが、最も率直なところである。

 個人的な嗜好を堂々と大上段から振り回すが、そもそも、ピンク映画ベストテン自体が相変らず偏向してはゐまいか。簡単にいふと、製作すらされてゐない国映系―いまおかしんじの河童ミュージカルも、何時の間にか単館映画になつてしまつた―や、三上紗恵子との心中路線が敬遠されてか荒木太郎色は大分薄まつて来たとはいへ、代りにといふか何といふか、五十音順に池島ゆたかや加藤義一や竹洞哲也が妙に持て囃される反面、2006年以降の、渡邊元嗣の軽快に見せて怒涛の充実が、まるで無視されて通り過ぎられる不遇は激しく腑に落ちない。ついでに深町章はそれなりに拾ひ上げられる傍らで、現在は事実上沈黙する新田栄は兎も角としても、小川欽也や関根和美も、何をどう撮らうとも端から存在すらしないといはんばかりの扱ひである。狭い、本当に狭い狭い仲間内で話を合はせる分には便利なのかも知れないが、いい加減この期に及んで、名前で映画を観る悪弊はそろそろ終ひにしないか。自身がズブズブのピンクスの分際で欠片の説得力も持ち得ないが、それは決して世間の傍目からは、開けてもゐなければ何処かへと通じるものではないのではなからうかと、明後日から一昨日に向かつて訴へたい。

 以下は再見時の付記< へべれけな着付けに加へ鈴子の和服は振袖だ。


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