真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「川奈まり子 桜貝の甘い水」(2002/製作:小林プロダクション/提供:オーピー映画/監督・脚本:小林悟/撮影:小山田勝治/照明:岩崎智之/編集:田中治/録音:中村幸雄/助監督:竹洞哲也/スチール:佐藤初太郎/音楽:竹村次郎/録音助手:梅沢身知子・織本道雄/タイトル:ハセガワタイトル/現像:東映化学《株》/出演:川奈まり子・斎藤ゆりこ・牧村耕二・薩摩剣八郎・坂入正三)。
 生涯に四百本強の監督作を残し、前年十一月の今作―公開は明けて三月初頭―撮影二日目に倒れ、そのまゝ三日後に死去。正に文字通りの壮絶な戦死を遂げた、“御大”小林悟の遺作である。残りの仕上げは、小山田勝治と竹洞哲也で行つたとされてゐる。

 開巻、歌子(川奈)は電車で痴漢に遭ふ、痴漢氏は坂入正三。走行中の実車輌内での撮影につき、頗る見るに堪へないキネコ画面が、更によくいへば粘着質を以て、直截にいふと延々続いてのけるのはどうにも心苦しい。この期に瑣末なリアリティ如き、最早どうでもよかつたではないか。映画としての潔さに、徹してゐて欲しかつた感は強い。そこそこの洋邸に帰宅した歌子は早速床に就くと、そゝくさと眠つたまゝ自慰に耽り始める。同居する妹夫婦・聖子(斎藤)と村山(牧村)が姉の帰宅した様子に寝室を覗き、絶頂に達し大量の潮を噴き始めた歌子を慌てて世話する。
 明確に説明が足りないゆゑ最初に粗筋を整理すると、元々聖子と交際してゐた資産家―全く登場しない―は、姉の歌子に乗り換へるものの、歌子は結婚後奇病に罹患。処置に困つた資産家は歌子を聖子夫婦に預け別居。聖子と村山は、資産家から金を引き出しながら歌子の世話を続けてゐるとかいふ次第。そこでその問題の歌子の奇病とは、性ホルモンに異常を来たし、性的興奮に伴ひ体内に溜まつた水を、絶頂とともに大量に放出するだなどといふもの。うん、確かに奇病だね。晩年小林悟と親交の深く、今作にも登場する薩摩剣八郎氏の公式サイト内特設頁によると、既に膀胱癌を患つてゐた小林悟が、自らのX線写真から想を得たとのこと。今村昌平の「赤い橋の下のぬるい水」(2001)の翻案であるともいはれるが、勿論小生ドロップアウトそちらの方は未見につき、その点に関しては潔く通り過ぎる。歌子の奇病に関して加へると、万が一絶頂に達し損ねた場合、そのまゝ悶絶死してしまふらしい。最期の作品にしてなほ、清々しいまでの御大ビートである。
 伝へ聞くところによれば小林悟といふ人は、自脚本による撮影に挑む場合、事前にはザックリとしたプロットだけを用意して、残りは撮影しながら適宜詰めて行く手法を採るとのこと。よつて撮影中途で退場した今作に於いては、ただでさへ薄い脚本が満足に補完されるでなくといふかそもそも補完しやうがなく、一応そこだけ掻い摘めば成程充実してもゐる、全盛期川奈まり子の自慰シークエンスで尺をひたすらに繋ぎつつ、説明不足の始終が右から明後日もしくは一昨日へと流れて、行く更に途中でプッツリと幕を閉ぢる。聖子夫婦が買ひ物に出た隙に、痴漢氏が洋邸に忍び込み歌子を犯す。帰宅後姉の異変に気付いた妹夫婦は主治医(薩摩)を呼び、翌日主治医の指示で捜し出した痴漢氏に再び歌子を抱かせ、歌子が絶頂に達したところで生命の危機を脱する、といふのが一応のラストではある。かうして纏めてみると、それなりに物語の体を為してゐるやうに聞こえかねないかも知れないが、実際の映画はといへば、省略されるにもほどがある起承転結が転で投げ出される、といふよりは寧ろ、力尽きでもしたかにすら見える。さう考へると、撮影半ばにして終に帰らぬ人となつた小林悟の姿を、ダイレクトに反映したといへるのかも知れない。ポスターには、通説によるとピンク映画第一号とされる「肉体の市場」(昭和37/製作:協立映画/配給:大蔵映画/監督:小林悟)より四十周年となる旨が謳はれる。ピンク四十周年を自ら飾るべく、既に癌を発症した病躯に鞭打ち正しく決死の覚悟で今作に挑んだことも想像に難くはないが、そこが小林悟のいいところなのか悪いところなのかは兎も角、さういふ鬼気迫る必死といつたものは、出来上がりからは微塵も窺へない。何時もの御大映画を何時ものやうにいふならば撮り流しながら、小林悟は死んだのである。小林悟といふそれはそれとして偉大な筈の映画監督の全貌を未だ掴みかねる今は、たださう記しておくに止(とど)める。

 他に仕事をしてゐる形跡の見当たらない斎藤ゆりこ、寝ても形の崩れぬオッパイは絶妙な大きさの割には張り物臭いが、鼻筋の通つた容姿は演出に因つては冷たくも見える反面、表情を崩すと途端に女性的な温かさも零れ、演技力は些かならず伴はないにせよ、なかなか綺麗な女優さんではある。村山との初登場カット、そこそこの洋邸に住んでゐるのに、居間でコンビニから買つて来たまゝの菓子パンと缶ジュースを、モソモソ袋食ひしてゐる画は、再見してみても矢張り奇異に映る。ついでに村山との一度きりの濡れ場で、カーテンに影を映してしまつたオッチョコチョイはあれは一体誰だ。歌子主治医役の薩摩剣八郎、甚だ悪い滑舌と普段からゴジラの着ぐるみを着用してゐるかのやうな大仰な身振りで、聖子夫婦を叱責する様は御愛嬌である。


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